253.【若葉】の来訪

 ハンバーグ希望者がいて、どうなっても必ずミンチは必要なので、慌ててヤハトにお願いしようとしたら、もう出て行った後だった。

 ジェラルドに約束したのにマズい。

 あの圧で、作ってない? とかやられたら見上げたまま後ろに倒れるやつだ。

 どうしようと思っていたら、フェナが現れた。

「フェナ様〜ミンチ作ってください!」

「ん? ああ。いいよ」

 神官にお願いして準備してもらった牛系と豚系肉だ。牛八の豚二でいこう。

 大量のキリツアもみじん切りにしてくれる大盤振る舞いだ。

「もー、フェナ様はハンバーグの形にしますけど、ほかの人は、ミートボールピーネスープにするから、ハンバーグ内緒ですよ?」

「新しい食べ物の名前だ」

「あー、えっと、ピーネソース、よくハンバーグにかけるソース味のスープに、ハンバーグをもっと小さく丸くコロコロにしたのを入れて、具沢山のスープにするんです。ハンバーグ、それぞれ焼くの大変なので。スープにして作ってもらってるパンと出せばいいかなと」

「そっちも食べる」

「まあ、フェナ様はそれでいいと思いますよ」

 無心に大量の野菜を切っていると余計なことは考えなくて済む。ピーネの皮だけはちゃんと剥かないと食感が悪いので丁寧にするが、あとは全部ブッコミ。ムルルも皮付きでいけると市場のおっちゃんが言っていた。

 食料も大切だろうから、皮ごといく!

 ピーネの皮だけはダメ。

 あとは人気の、卵ハムサンドを大量生産して、やることがなくなった。


 行き交う神官の数はぐっと減っている。

 今食堂の中には二人ほどが掃除をしていた。エセルバートの食堂はそれほど広くない。それでも、以前は常に十人くらいは神官服を着た者がいたと思う。

 タムルは精霊使いとしては今一歩らしく、聖地内で仕事をしているようだ。神官として仕事をしていた者が、精霊使いとして魔物と対峙するようになり、人手不足は深刻なようだった。

 これは、動いていい場所として言われているこの食堂くらいは掃除を買って出るべきか。

 だが実は、掃除が苦手……いや、嫌いである。家は仕方なしにやっているのだ。

 二人がせっせと動いている横で、どうしようかとテーブルでお茶をいただいていると、【若葉】がやってきた。

「やあ、久しぶりだね、シーナ」

「お久しぶりです、【若葉】様」

 彼もまた、白い神官服でなく、黒い魔物退治のときに着る服を着ていた。

「【若葉】様も出陣なされているんですね」

「そうだよ。私もまた優秀な精霊使いさ。で、ここに来れば美味しいものがご褒美に食べられるって聞いたんだけど?」

 どこからどう話が回っているのだろう。

「先ほど【万緑】様と【常緑】様の食堂に運んだそうですけど……」

「うん、食べたよ。私はパテラが挟んであったものが好きだなぁ……でも、そうじゃなくて秘密のメニューがあるって小耳に挟んだんだ」

「……秘密ってわけじゃないですけど、みんながこっちに来たら困りますね」

 席を立ち厨房に向かうと、【若葉】がついてくる。

「すごく、初めてだけどワクワクする香りだ!」

 キリッとした顔をしているが、言動がなんだか軽いというか、興味を持ったことにしがみつくタイプだ。

 火を付けて、ミートボールピーネスープを温めなおす。

「シーナはアルバートと結婚したって聞いたよ。おめでとう」

 結婚はまだ、と否定したくなったが、それならばという話がまた上がりかねないのでやめておく。

「えへへ、ありがとうございます。照れる、というかみんな知っててちょっとひく……」

「みんな、ってわけじゃないけど。五葉には私が言いふらしておいたよ」

「言いふらしてって!?」

「その方が都合がいいだろ?」

 まあ確かにそうなのだ。

「いつから知っているんですか?」

「そうだな……昨年の、春?」

「え……割とすぐじゃないですか……」

「私の情報網を舐めないで」

 ものすごく自慢げだが、怖いだけである。

「こんな国の外れにいてシシリアドなんて遠い場所の情報を……」

「シシリアドだけじゃないけどね! 北の方の闇の精霊信仰知ってる?」

「あー……」

「シシリアドで捕まった奴らのことだよ。シーナに聞いてもらった」

「本当に色々知ってらっしゃるんですね」

 スープを皿へ入れ、サンドウィッチとともにトレーで運ぶ。

「わー、美味しそうだ! で、そうそう、今回の進行は、その彼らの仕業だって話になっててね。国内でも例のシシリアド領主の結婚式でのこと以外に何件か怪しい動きがあってのこれだ」

 いつの間にか掃除をしていた二人が消えている。

 なんだかソワソワして辺りを見渡していると、腕を掴まれた。

「シーナは気をつけて。特に言葉だ」

「えっ?」

「君は言葉が通じてしまうだろ? もし、何か不穏な会話を聞いたとしても反応しないよう心がけて」

 青い瞳を真っ直ぐ向けてくる。いつものどこか飄々とした雰囲気を持つ【若葉】が、真剣な表情で言う。

「聖地にも奴らは潜り込んでいる」

 息を飲む。

「大体特定は済んでいるんだけど、驚くほど多い。なるべくこの食堂か、自室にいて。フェナ様や【緑陰】の側に。高位の精霊使いをそばに置きなさい。いないときは自室で鍵をかけて」

「はい」

「フェナ様の土塀がなければすでに聖地は陥落していた。フェナ様の力がとても重要なんだ。九の雫が。つまり、九の雫に押し上げた君の組み紐トゥトゥガが。組み紐トゥトゥガ師がいなければ精霊使いは力を発揮できないのだから」

 【若葉】はごちそうさまと席を立った。

「部屋に送ろう。鍵を閉めて待ちなさい」

 食堂から部屋まではすぐだ。

「部屋で待ってるのはいいんですけど、とってもとっても暇なんですよね……何か私にできる仕事ありません?」

「……それで食事を作っていたのか」

「何もしてないのも、外のことが気になってしまって」

「ふむ……ああ、いいことを思いついた。私がまた行くから、鍵をかけて待っていて」

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