252.ラコの祝福

 爆睡してしまった。

 ヤバイ。人肌効果てきめんだった。これはもう、アルバートの睡眠時間によるが、落ち着くまで一緒に寝てもらいたいやつ。

 ちなみに、起きたときにはもうアルバートはいなかった。暗くて時間がよくわからない。

 身支度を整えて寝室を出る。フェナの寝室の扉は閉まっていた。中にいるのかわからないが、寝ているなら起こしたら悪いのでそっと部屋を出た。

 食堂には食事をしているエセルバートがいた。

「やあ、シーナ。よく眠れたようだね」

 手でエセルバートの、前の席を示す。大人しく座ると、タムルがお茶を淹れてくれた。

「今ってどのくらいの時間ですか?」

「二の鐘少し前、かな」

「えっ!?」

 寝たのはたぶん、四の鐘の後くらいだった。つまり、昼の十二時から朝の七時前まで。

「寝すぎだぁ……」

「ずっと眠れていなかったんだろ? 良かったじゃないか」

 正面のエセルバートの、笑顔に凄みが増す。

「私が、フェアリーナとの仲に悩んでいる横で、君たちはいつの間にか公認の仲になっているし!」

「いや、え? 関係ないですよね?」

「ちょっとは遠慮というものはないのかい!?」

「え、エセルバート様に遠慮してたら誰も結婚できなくなりますよ?」

「!?」

 ひどい! みたいな顔をしてるが、おかしいだろう。

 タムルは頷いてるぞ。

 なぜだろう、フェナ様関連ではいじめたくなってくるのがエセルバートだ。

「ちなみにこれ、アルにプレゼントしてもらいました」

 左手薬指の指輪を見せる。

「私の故郷では左手の薬指に同じ意匠の指輪をすることが多いです。結婚指輪っていいます……やだ、なんか言ってて照れてきた」

 ニヤニヤが止められない。反対にエセルバートは指輪に釘付けで何やら、いや、フェナとどうやったらおそろいの指輪をできるか、考えに考えていた。

「羨ましいでしょ」

「羨ましいっ!」

 素直でよろしい。

「エセルバート様はなんで神官になったんですか?」

「フェアリーナと結婚できないとなったら、誰かと結婚させられるだろ? それは嫌だからね」

 振り切れてるなぁ……。

「素晴らしい防御の魔導具を作ってプレゼントすればいいのかっ!」

 多分違うと思うのだが。

「神官って辞められないんですか?」

「辞められないね」

「それは、形式的に? やーめたで聖地から姿を消すこともできない?」

「そりゃ、姿を消すことはできるだろうが」

 それはしないのだ。

「たぶん、フェナ様はエセルバート様のこと嫌いじゃないですよ。本当に嫌ならいくらでも接触しないで済む方法をとるでしょ? だけど、エセルバート様は聖地から出ることはない」

 責任を負って今の地位があるのだろうし、エセルバートの行動で状況が激変する者たちがたくさんいる。

「聖地からは……出られないな」

「まあ、フェナ様がどれだけ好きでも聖地から出ることを選ばないエセルバート様を認めている、って可能性もありますね」

「ぐっ……シーナはいったい私を翻弄して何がしたいんだい?」

「え、アルと仲良し羨ましいでしょうって自慢したいです」

「シーナ……君って子は……」

 エセルバートは顔をテーブルに伏せて何かを堪えていた。

「いやー、お付き合いするって話になるまで色々悩みましたけど、良かったなぁって。だからね、みんな無事に帰りたいんですよ……ラコちゃん、エセルバート様に祝福を」

 ラコがテーブルに突っ伏す金色の頭の上で、カッカッカッと祝福を撒き散らす。

 目を見開いた驚きの表情に、シーナは右手で五を示す。小さな声で告げる。

「五割増しになるそうです。気をつけてくださいね。本当はジェラルド様にもと思っているんですが……」

「……ジェラルドもこのあと出るから、今行こう」

「はーい」

 エセルバートの後をついていくと、ちょうどアルバートたちシシリアドの面々もいた。【常緑】の食堂だ。一つのテーブルを囲んでなにやら話し込んでいる。

「ジェラルド、少し話がある。個室に……あー、アルバートも来い」

 基本無表情なジェラルドは、チラリとアルバートを見るが、そのまま付いてきた。

「シーナ、アルバートは……」

「あ、知ってますから大丈夫ですよ」

「ラコちゃん、ジェラルド様とアルに祝福を」

 今日はお仕事たくさんのラコだ。

 祝福の煌めきに、ジェラルドも目を見開いていた。

「精霊の扱いが楽になるそうです。普段の五割増しで力を使えるらしいので、最初は気をつけてください。いつもの感覚で使ったらそこら中吹き飛んだとかなりかねません。持続時間は一日くらいだそうです」

「祝福……」

「五割はすごいな。他にはしないのか? シーナの体に負担はあるのか?」

「私はなんともありませんよ。普段の自分の力以上のものが出せてしまうので、扱いの上手い人だけにしておきます。エセルバート様や、ジェラルド様の力が五割増すだけでも全然ちがうでしょう?」

「まあ……確かに、そうだな」

「頑張ってきてください」

 ジェラルドが奥に向かって人を回収する予定らしい。こんなに背が高くて容姿的に目立つ人がこっそりなどといったことができるのかと疑問に思う。

「ジェラルドは闇を使うのがとても上手いんだ。気配を殺して忍び寄って始末するのもね」

 え、このガタイで隠密系?

「闇の精霊ってすごいんですね」

 これだけの存在感を消すことができるのか。というか、金髪金目が、隠密行動に一番向いてなさそうで、ギャップもすごい。

 ちょっと見入ってると、ジェラルドが視線を合わせてくる。

「シーナ、次の食事に期待している」

 無表情高身長に真上から見下され、すごい圧だった。思わず見上げていたらアルバートが後ろからそっと支えてくれた。

「えと、が、頑張ります。たくさん寝たから、きっと帰ってくるまで起きてられるし。作っておきますね」

「それじゃあ美味しいご飯のために私も頑張ろうかな」

 エセルバートの言葉で解散の運びとなる。二人が先に部屋から出て、アルバートも出ようとしたところを、袖をつかんで引き留める。

「どうした?」

「あの、ものすごく、眠れたの」

「ああ。人肌効果かな。良かったね。また一緒に眠ろう」

 さらっと言いたかったことを言ってくれる。

 これだよ、と心の中でエセルバートに語りかける。

「うん。気をつけてね」

 隠密行動がし易いように、聖地側を騒がしくしなければならないらしく、アルバートもまた出るらしい。

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