251.顔の傷は心の傷
「ア、アルの顔に、傷が……他は!? 手とか、体に傷ついてない!? かお……怪我は? ねえヤハト! 魔物に毒とかはないの!? かおが……」
「シーナ、顔言いすぎてて笑う」
バルとヤハトにサンドウィッチを運んだら、ちょうどアルバートがヴィルヘルムやダーバルクたちとともにやってきた。シシリアドの面々は、同じ時間帯に出ていたのだろう。
「だって! ほっぺたに結構大きいし! アル、他に怪我は?」
甘ワンコ系の顔に傷がついている。今日も騎士服のアルバートに他に目立った外傷はなさそうだが、心のダメージが!!
「男の顔に、傷の一つや二つ――」
「一つも二つも許せるわけないじゃないですかぁぁぁ!!」
ダーバルクの言葉を遮って絶叫する。
「変な色になってないから毒とかはないの? 平気なの?」
「アルに、甲冑を着せなかった私の落ち度か……」
ヴィルヘルムがつぶやく。
「シーナ、あれだけの魔物を相手して、この程度の傷で済んだのはマシな方なんだよ」
「マシ……? 私の顔に傷ついても平気だけどアルが傷ついてるのはヤダ」
「ヤダって」
ヤハトが呼吸困難になりかけるほど笑っている。
困り顔のアルバートだが、傷が痛々しくてそんなことは気にしていられない。
「シーナ、食事が終わったら傷は治してやるから、早く他の奴らに食わせろ」
「フェナ様〜! 大好き! すぐ準備しますねっ!」
どんだけ顔が好きなんだよ、とか、あいつ、多分俺の顔に傷入ってても気にしてないぞ、とか何か聞こえてくるが聞こえない。シチューとサンドウィッチを運んで、フェナの食事が終わるのを待つ。
「パテラサラダサンドウィッチどうですか?」
「うめぇ~」
「シーナの菓子はもらったことあったけど、料理も美味いんだな」
「アルバートの旦那が羨ましいぜ!」
【暴君】たちが口々に褒めてくれる。
美味しかったならよかった。
アルバートはヴィルヘルムの世話をしながら、自分も食べている。
目が合うとニコリと笑った。傷が痛々しい。
「とても美味しいよ」
「アルは、いつもこれを食べているのか……」
「羨ましいだろ」
「心底、な」
ヴィルヘルムとのやりとりは、領地にいるときよりは砕けたものになっているらしい。
ただ、領主屋敷の料理の水準はかなり上がっているはずなのだ。
マヨか。
ポテサラならぬパテサラにもたっぷりマヨネーズが使われている。
「アル、来い」
アルバートを手招きし、頬に手をかざすと、はっきり線の入っていた傷が消える。
「アル! 見せて!」
しっかりじっくり色んな角度から眺めてまったく跡形もなく消えていることを確認し、胸をなでおろした。
「フェナ様最高……次は何食べたいですか?」
「私の腕を疑うな。そうだな、ハンバーグかなぁ」
「……全員分作るのすごく大変なんですけど」
「アルの傷を治した私へのご褒美だろ? 一つで良いじゃないか」
「ずるい! ミンチにするから俺も欲しい!!」
ヤハトが声をあげると、他からも熱い視線が集まる。
「うーん……ちょっと考えます。ピーネあるのかなぁ?」
厨房の奥にある食料庫を漁っているうちに、各々休むために与えられた部屋に戻っていた。
「シーナ、美味しい食事をありがとう」
「お口に合ったなら光栄です」
ヴィルヘルムからの丁寧なお礼。初めての人には衝撃的だろうな、マヨネーズ。
「ヴィルヘルム、アルバートはもう必要じゃないだろ?」
「ええ、このあとはしばらく眠りますので」
「なら借りるぞ。シーナも来なさい」
三人でフェナとシーナの部屋へ行く。ソファに促され座ると、フェナはラコを呼び寄せ撫でる。
「エセルバートとジェラルドにはラコが精霊の集まったものだと話した。ただ、彼らには光の塊として見えているようだ」
「近寄りがたく荘厳で美しい光の塊だそうです」
「ラコの姿形にも触れてはいない。つまり、がごめの耳飾りのことは話していない」
チラリとシーナを見てくる。
「その上で、シーナは二人に祝福を与えるつもりだ」
「シーナ!?」
「あのね、フェナ様も楽さがぜんぜん違うんだって。もともと十しかない人に祝福を与えても十五にしかならないけど、百ある人には百五十になるのよ。私は皆が無事に帰って欲しい」
人が、なんらかの意思を持つ者が関わっている以上、これは戦争だ。すべての人が無事になんて思わないが、近しい人には無事であってほしい。
「さて、シーナ。お前いったいいつから起きている?」
「あー、えっと、一の鐘くらいですね」
「ぜんぜん眠っていないじゃないか!」
「えー、だって、眠くても起きちゃうし……」
「アル、そういったわけだから、責任持ってシーナを眠らせろ」
フェナが腕を軽く振るう。
すると、シーナとアルバートは吹き飛ばされてシーナのベッドに転がった。
「しっかり眠れ」
そう声が聞こえてドアがバタンと閉められる。
「ええー」
強引がすぎる。
だが、アルバートはベッドから起き上がると騎士服を脱ぎだした。
「シーナ、眠ろう」
「うーん……眠れるかなぁ。もぞもぞ動いてアルを起こしそうで」
「人肌があると、よく眠れるらしいよ」
「アルまでエセルバート様と同じことを言う〜」
「フェナ様を誘っていたのか」
「そういうことです」
だが、両手を広げておいでと言われれば、その胸に飛び込むしかないわけで。
「アル、疲れた?」
「そうだね。数が多い。フェナ様の土塀がなければもう聖地は陥落していただろう」
ごろんと寝転んだシーナに、アルバートが薄手の布をかける。ここが北の方だと言えども、もう羽毛布団の季節は終わっていた。
「明日から探る班が編成される。そうすれば糸口も見えてくるさ」
「うん」
行くなとも、待っているとも言えなくて、頷くだけの返事しかできない。
回された腕を抱きしめ頬を寄せる。
「シーナは聖地で待っていて。この部屋か、エセルバート様の食堂にいて」
「うん」
「待ってるのが辛いのはわかるけど、シーナには安全な場所にいてほしい」
「うん」
アルバートの言葉に眠気が混じってくる頃、シーナも人肌の偉大さを感じ取っていた。馬車の旅後半辺りから眠れなくなっていたのが、その日は夢も見ずにぐっすり寝た。
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