141.クッキーのレシピ

 王や王妃がいることでピリッとしていた空気が少し落ち着いて和やかなものになった。

 今日の料理の話と、王女がシシリアドで食べた肉のソースの話になるとアルバートへ意識が向けられシーナはその間にやっと味のする料理を食べられた。

「ずいぶんと姫が褒めていた」

「ありがとうございます。料理人の研鑽の賜物です」

「一度エドワールとは話し合わねばならないな。今日この場に来るものと思っていたのだが?」

 この旅程で何度も繰り返された問いだ。今まではのらりくらりと来たが、王にもそんな風にごまかすのだろうか。

 ちらりと彼の方を見ると、薄っすらと笑みを浮かべて目を伏せる。

「実は、ご内密に願いますが、マリーアンヌ様がこの度懐妊なされまして。我々が戻る頃には……」

 ちょうど口の中に肉を頬張っていたときでよかった。間抜けな声を上げずに済んだ。

「それは、たしかに巡礼の旅で二ヶ月以上領地を開けるわけにはいくまい。仕方ないな」

「妊娠出産時の恨みは男性には計り知れぬものです。エドワールの判断は間違ってはいませんね」

「うむ。アルバート、そなたも覚えておけ。本当に恐ろしいものなのだ」

 何かあったのだろう。王妃の笑顔がかなり怖くてきれいだ。

「出産祝いを考えねばならぬな」

「私にお任せください」

 王女が名乗りを上げると、王が頷く。

「アウェイルーラが贈れば、先日の出来事にとやかく言う者もさらにぐっと減るであろう」

「代わりにこちらを預かっております」

 アルバートが後ろに控えていた使用人を見ると、彼は保存の陣を描いた布に包まれた瓶を、王の元へ届ける。すでにチェックはされているのだろう。

 瓶の中身は今まで領主などに渡したものとは段違いの、様々な形のクッキーが入っていた。

 それにしても赤いジャム乗せクッキーが鮮やかで目を引く。

「ほう……もしやこれが姫が褒めていたクッキーとやらか?」

「確かにクッキーですが、私がいただいたものとはまた違いますね。この赤いものは始めて見ました」

 瓶の外から珍しいものを見るようにまじまじと眺めている。

「王女殿下……それがあの、ジャムを乗せたクッキーですよ」

 王女がハッとしたように顔を上げる。

 王女の後ろに控えていたクリストファも思い出したようでクッキーに目を向けた。

 審判の業火でフェナに白状させられた、ジャム乗せのクッキーだ。

「せっかくだ、食事の途中だが一つ食べてみてもいいかな?」

「もちろんでございます。よろしければ毒見もいたします」

 イレギュラーな事態にも、慌てることなく使用人たちは小皿を用意した。

「じゃあ私が初めに食べれば問題なしですね!」

 わーい、ジャムのクッキーだ〜と喜んでいただく。

 クッキー生地はサクサクだし、ジャムの部分はねっとりとしていて美味しい。

「わぁすごい。前にいただいたものより美味しくなってます」

「よし、私も、いただくとしよう」

 王女は予想はしていたが更に美味しくなっているといった表情に。王と王妃は初めての食感に目を大きく見開く。

「なんて、不思議な食感なのでしょう!!」

 王妃の言葉に王も頷く。頷きまくっている。

 二つ目を要求しないだけの自制心はあるようだ。

「上品な甘さで、お茶にも合うでしょう?」

「本当に。お茶会に相応しい物ですね」

「ここにエドワールがいないのが惜しまれる。レシピの交渉が出来ぬ」

「それなのですが、こちらを預かってきております」

 アルバートが書状を取り出し召使いに渡す。それが王に渡った。

「……うむ、この条件飲もう」

 そう言って書状を王妃へ見せる。表情がパッと明るくなった。

「お母様、なんと書いてあるのですか?」

「クッキーの基本のレシピをあなたに譲る準備があるとのことです」

「まあ!」

「こちらには不利益は基本ない」

 第三王女へ基本の作り方を譲ること。レシピを他の貴族へ渡す時は大金貨三十枚。それを王女とシシリアド半々で分けること。それ以外は王宮より外へレシピを漏らさぬこと。

 大金貨三十枚なんて、法外な値段なので基本他所へ漏らす気がないということだ。

 ただし、王女が降嫁し、王宮を離れる場合は王家へ権利は移り、レシピを他へ渡す際の取り分の分配を王家十枚、シシリアド二十枚に変更する。

 つまり、王宮の厨房以外でクッキーが作られることを禁止し、情報漏洩を防ぐのだ。

「これは、クッキーを作る厨房を新設したほうが早いな。良いか? アウェイルーラよ」

「そうですね。私もやがては他所へ嫁ぎますので、初めからその方がよろしいと思いますわ。その代わり、嫁ぎ先に定期的にクッキーを届けてくださいませ」

「もちろんだ」

 クッキー一つでウキウキしてる親子はなんだか微笑ましかった。

「して、いつ料理人を送ってくれるのだ?」

 王の威厳が消え失せている。

「準備ができるのなら明日にでも」

「明日!?」

「料理人に基本を叩き込まれてきました」

 胸に手を当てニコリと微笑むアルバート。

「えっ! アルバートさんとうとうお菓子作りまでマスターしたんですか!」

 イケメンが加速する。

「そなたが!?」

 王よ、慌て過ぎだ。

「基本のレシピはとても簡単なものなのです。が、お持ちしたクッキーのレベルにするには料理人がその後試行錯誤を繰り返す必要があります」

 材料の分量や混ぜ方、焼き加減。その日の湿度でも変わってくる。

「陛下、私の厨房からクッキー作りに転向したい者を募り、そのものだけに、アルバートに明日作り方を教えてもらうというのはいかがでしょう? クッキーの素晴らしさを教えるために、多少彼らにもこのクッキーを食べさせねばなりませんが」

「ふむ。そうだな。早急にレシピを伝授してもらうことが大切だからな。別にこの先クッキーだけを作り続けるわけではない。クッキーを作るときだけ、新設した厨房へ移動して作ればいいのだから」

 砂糖って中毒性があると知っている。

 大の大人が真剣にクッキークッキーと唱えているのはなかなかにシュールな絵面だった。

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