142.飲み過ぎ注意

 アルバートとともに、同じ馬車に乗り込み走り出してしばらくすると、二人して大きなため息をついた。

「気疲れが半端ない……」

「陛下までいらっしゃるとは予定外だった……」

 アルバートの瞳から生気が失せている。

「クリストファ様、絶対知ってましたよね」

「だろうね。警備もどうしたって変わるから」

 どこかでこっそり先に教えてくれる機会もあったろうに。あの男、許すまじ。できるのならば、クッキーをあげないくらいの意地悪はしたい。

「シーナは大丈夫か?」

「ちょっと、気が抜けたら酔いが回ってきました……」

 緊張で喉が渇いて、飲み過ぎた。

「気分は?」

「気持ち悪くはないです」

 単に眠くなるだけだ。

 アルバートの前でと思うが、欠伸が止められない。

 すると向かい合っていたアルバートがシーナの隣に座る。

「もたれていいよ?」

 断ろうとしたが、眠気に勝てない。

 こてんと肩に頭を預ける。まぶたが重い。

「アルバートさん、クッキー作りに行くとき私も一緒に行きますね」

「また王族の方に囲まれるよ?」

「それはそうなんですけど、一人で乗り込むの、緊張するでしょう?」

 それに、アルバートのクッキー作りをしている姿を見たいという下心もある。と言うことを上手く言い繕って伝えようと考えているうちに、抗いがたい眠気に襲われてしまった。



「フェナ様ぁー!! アルバートさんは!?」

 ガバっと起き上がりざま叫ぶ。

 服も着てない。下着姿で宿屋のベッドに寝ている。

 部屋の扉がガチャリと開いた。

「酔っぱらいの小娘が。着替えておいで」

 フェナが声だけを残して扉を閉める。

 慌てて荷物の中から衣服を取り出し、洗浄の組み紐トゥトゥガで全身を洗ったあと寝室を出た。酒はすっかり抜けている。

 ソファにはフェナがぐでっと座っていた。

「おはようございます?」

「もう昼だね」

「おおう……説明をおねがいしてもいいですか?」

「……男と二人で帰ってくる途中に寝こけるとはどういう了見だ?」

「男と二人? アルバートさんとですよね? え、やだー、アルバートさんは貴族だし紳士だから何の問題もないですよ〜」

 それに馬車の外には馬に乗った騎士がいた。クリストファではなかったが。

「……私は……いや、なんでもない。酔って寝こけたお前をアルバートが連れて帰ってきた。寝かせるのにドレスがシワになると私が、この私が! 脱がせてやった。ついでに顔の洗浄だけはしておいてやった。溺れそうになりながらもお前は寝ていた。……眠ると危険だな、シーナは。野営にも向かない。いつの間にか死んでるタイプだ。冒険者は到底無理だ」

 昔から目覚ましがないと起きられない。朝いつもの時間に起きるとかはできないタイプだ。

「お前、もう酒飲むのはうちでだけにしなさい……」

「ぇー……」

「いつかとんでもない失敗をするぞ!?」

「ぐぬっ……信用できる人がいるところでしか飲まない、とか?」

「お前の信用できる人は誰と誰だ」

「えー、フェナ様たちと、師匠せんせいは、まあそんなに飲まないしなぁ。あとはダーバルクさんたち? あれは一緒に飲んでて酔う要因がないし〜領主様のとこで飲んでてもなんとかなりそうだし、あそこも酔うことがないだろうなぁ。アルバートさんはちゃんと送ってくれるし、一番やばいのはあのおばさまくらいですね」

 はぁぁと、内臓を吐き出しそうなくらい深いため息をついたフェナに、首を傾げるシーナ。

「もういい……お前は女の子だ。シシリアドの中ならまだしも、他所では控えなさい」

「はーい。ご迷惑をおかけしました。それで、アルバートさんもしかして王宮に行ってしまいましたか?」

「いや、エドワールのタウンハウスに向かった。夕方には帰るそうだ。王宮に行く用事ができたのか?」

 クッキーについて説明すると少し機嫌が治った。

「一応滞在は五日間だと説明済みだな? なら、明日か明後日には言ってくるだろう。よし、私も行こう」

「出来上がったクッキー狙ってるだけですよね!?」

「狙って何が悪い。あんなにたくさんあるのに、ずっとダメだと言われ続けているんだ!」

「もー、アルバートさんに迷惑かけないように、来た騎士様に圧かけて無理矢理ついてきてくださいよ」

「うむ、悪いのは断れなかった騎士ということにしよう」

 クリストファが来ればいい!


 昼も宿で頼めば食事が出てくる。フェナが言っていたように、とても美味しい。半分くらい食べたところでヤハトが帰ってきた。

 食堂にいるシーナとフェナを見つけて駆け寄ってくる。

「まず手を洗いなさい!」

 シーナに言われてヤハトの両手が水に包まれ消える。

 精霊使い、精霊を便利に使いがちである。

 何も言わずともヤハトの前にも料理が運ばれてきた。

「ヤハトはなにしてきたの?」

「スリの手首折る遊びしてきた」

「……弟子が物騒なんですけど?」

「五人くらいやったら、ボス出てきたから捕まえて大元のところ行ったら前にしめたやつだったから、もっかい泣かしてきた」

 最近の子の遊びがワイルドすぎて、ついていけない。

 フェナを見るとまったく意に介していない。

 師弟関係が破綻している!!

「そんなことをしても王都は何も変わらないとは注意してるよ。それよりも、午後は髪飾りの店に行こう」

 それよりもで終わらせた!!

「髪飾りかぁ、興味ないから俺はパス!」

 あとからやってきたくせに、すごい勢いで皿の中身を平らげると、ヤハトは二階の部屋へと入っていった。

「バルさんも出かけているんですよね? 待ちますか?」

「自分の得物の調整に行くと言っていたし、シーナが起きたら髪飾りを見に行くとは言ってあるからいいだろ。さっさと食べていくよ」

 髪飾りはどれくらい盛況なのか、シシリアドではよくわからない。だが、王妃の頭も組み紐の髪飾りで彩られていたので、かなり期待できる。楽しみだ。

 フェナと出かけるのはものすごく目立つのだと言うことをすっかり忘れていて後悔することになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る