140.王女との晩餐会だったはず
お酒は、今までの中で一番美味しいものだった。
料理もたぶん美味しい。出されたものをとりあえず食べてはいるが、テーブルマナーがわからない。真似してぎりぎりしのいでいる感じだ。
「髪飾りの店は覗いてみた? 今王都で一番忙しいお店と言われているのよ」
「まだ時間がなくて行っておりませんが、一度は必ず覗いてみようと思っています」
イェルムは、シシリアドで大量に作った髪飾りを携えて、この春、満を持して王都に乗り込んだそうだ。その際、王都での商売の許可をもたないイェルムは、懇意にしている商会を通して貴族たちに売ることにした。さらに言えば、その商会は第二王妃御用達の店だった。
「新作ができたら必ずまず私たちに声をかけてくれるのよ。まだ新しく始まったばかりの事業でしょう? 職人も次々とアイデアが湧くみたいで、私たちに見本だと持ってきてくれるの」
最新作を常に持っている第二王妃に羨望の眼差しが集まる。ファッション関係で注目を集めるのは派閥にとても有利に働くらしい。
髪飾りが派閥戦争に足を踏み入れてしまっている。
「シーナが贈ってくれたこの髪飾り。このデザインは私とマリーアンヌのものだけだということになって、かなり注目されているわ。ありがとう」
このデザインは王女だけのものと周知されているらしく、すでに何軒もの宝飾品店が組み紐の髪飾りに手を出しているが、このデザインだけは手を出されないらしい。
「平民用のリボンだけの物や、簪だけのものもかなり売れているらしいわよ。元になる組み紐が足りないという話だわ」
イェルムは、冬の間にシーナがドン引きするほど丸打紐を
しかし、王都で組み紐の髪飾りを真似して店で出し始めた店は、丸打紐を持っていない。
「今年、思い切り売ると聞いています」
新しく髪飾りの店を立ち上げた商会もあるらしいが、イェルムたちはそこまでしなかった。
独占できるのは今年だけと見据え、名前を売ることと第二王妃の派閥をガッチリ掴むことに終始したそうだ。
「販売に関してはイェルムさんに任せているので」
「今貴方が指している簪も素敵ね」
王妃は目聡い。頭の後ろ側にあって、前からはちらりと見えるだけなのだが。
「平民が付けられるギリギリを狙っているようです」
「たしかにそのくらいの物なら平民も手を出せるのかしら? 貴族のご令嬢におすすめするには少しさみしいわね」
シーナの言葉に王妃が頷く。やはりある程度の華やかさは必要らしい。
「まあ、寂しかったら本数を増やせば……」
言って、しまったと思う。
王妃と王女の目がギラリと光った。
「組み合わせ……そうね、組み合わせ方にもまたセンスが試されるのね」
「後ろのまとめ髪に、右左……いえ、左右非対称の方が素敵かしら。右に二本左に一本。さらに髪に組紐を編み込んでおくというのはどうでしょう、お母様」
「バーバラに明日にでも来てもらいましょう」
母娘が大変仲良さそうに燃えている。
そんな二人を見て王は苦笑していた。
「最近宮廷内は組み紐の話題で連日大賑わいだ。高い宝石をふんだんに使ったものを要求されるよりはずっとマシだがね」
新しい果実酒が注がれる。どれも美味しいし、話すたびに喉が渇いたような気がして飲むペースも早くなっている。これはとても危険だ。
お料理も美味しいのだが味わって食べる余裕がない。
「そうそう、気になっているだろう、あの髪飾りがどうなっているか」
途端に母娘もピタリと口を閉ざす。シーナとアルバートも背筋をピンと伸ばした。
「魔導具の開発部門と、
たいへん大事になっているようだ。ズシェは未だにシシリアドで、今回留守を彼女に任せようとしたところ、バルに止められた。ズシェの不健康生活を増長するという理由で。なのでパスだけ渡して、たまに空気の入れ替えをお願いしておいた。
「マリーアンヌにプレゼントしたものを取り上げる形になってしまい申し訳ないが、最終的にはこれは国宝となるだろう」
「んっ!?」
気管に危うくアルコールを流し込むところだった。
「そなたは国宝を作り上げた者になるわけだが……」
「もうこれ以上は何も、何も入りません。静かに平和に暮らせるのが一番です……」
これ以上、貴族と関わる生活はごめんだ。シシリアドの貴族はわりとフレンドリーというか、フェナのおもちゃのシーナは庇護対象として見ていてくれるが、他の場所ではわからない。ぽっと出の平民風情がと思う者がいても仕方ないだろう。
たまにおもしろイベントは欲しいが、お仕事して、多少人と触れ合い、美味しいものを食べ、ホェイワーズのベッドでぬくぬく眠る生活を手放す気はない。風呂も手に入れたのだ。
「どうか、私に平穏な生活をください」
あまりに真剣なシーナのセリフに、アルバートが笑いを堪えられずに口元を押さえる。
王や王妃、第三王女はもちろん、周囲の使用人たちの空気も緩んだ。
「落とし子の生は長い。もしこの先何か手助けが必要になった時は遠慮なく王家を頼るといい。代々そのことを申し送りしておく」
「ありがとうございます」
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