139.王女との晩餐会

 クリストファは馬に乗ってすぐ横を進んでいた。反対側にも黒衣の騎士たちがいる。

 やはりアップダウンが少ないと徒歩だけじゃなく荷馬や馬車と移動に幅が増える。

 馬車はとにかくずっと真っすぐ進んだ。

 王都は、政務の中心となるセルべローネ宮殿があり、その周囲に、来賓などを招く宮殿や王や王族の住まう宮殿がいくつもある。王宮騎士たち軍が在中する場所も設けられている。さらにその周囲を貴族たちのタウンハウスがぐるりと囲う。ディーラベル領のタウンハウスもあるらしいし、その近くにフェナの親のタウンハウスもきちんとあるが、行ったことはないという。そしてさらに周りに城下町として平民たちが住んでいる。

 中心から王族、貴族、平民と円を描くような住み分けができているそうだ。士官学校は南東の貴族区域にある。とにかく大きく、土地も人口もシシリアドの何倍もあるそうだ。

「さらに王都から北西に行った場所に第二校舎もあるんだ。行軍の訓練などはあちらで行っていたね」

 士官学校というからには厳しいものなのだろうが、アルバートの口調から懐かしさのような感情がうかがえる。

 大きな門を潜るとそれまで並んでいた屋敷とは違ったさらに大きなお屋敷がそれぞれ庭園を周囲にめぐらして現れる。

「あちらがセルベローネ宮殿だ。王都の、セルベール王国の中心になる」

 そのセルベローネ宮殿を左手に眺めながら、シーナたちの馬車は道を進んだ。

 やがて人工の池があり、その向こうに大きな屋敷が見えた。先ほどのセルベローネ宮殿よりは規模が小さいが、十分大きく、屋敷というよりもこちらも宮殿だった。

 ぐるりと池を回って、宮殿の正面に止まる。

 馬車の扉が開かれると、アルバートが先に降りてシーナへ手を差し伸べてくれた。クリストファたちも馬から降りて、すすすと寄ってきた使用人に手綱を任せている。

「さあこちらへ」

 クリストファに先導されエントランスへ向かう。両側にはお仕着せを着た使用人たちがずらりと並んでいた。アルバートが持ってきたクッキーの瓶をその一人に渡している。

 宮殿の中には絶対に経験できなかったであろう、とてつもなくキラキラ輝くシャンデリアと、左右から伸びる二階への階段。そこには赤い絨毯が敷かれて、内装がもうとんでもなかった。

「すごーい」

 思わず漏らしたシーナのつぶやきにそうだねと優しく答えてくれるアルバート。

「色々とお屋敷は見てきたけれど、規模が違うね」

 やはりここは王宮の一部。宮殿なのだ。

「こちらの宮殿は第二王妃殿下が住まわれておられて、一緒に第三王女殿下や第四王子殿下もいらっしゃいます」

 セルベール王国の次期王はすでに決まっており、第一王妃の息子である第一王子殿下だった。彼らはセルベローネ宮殿に部屋を持っているという。第二妃にはこの少し離れた宮殿が、第三妃はさらに離れた場所に宮殿があった。それぞれの子どもたちも同じ宮殿で過ごすという。望めばセルベローネ宮殿に部屋を持つことはできるが、それは完全に次期王座を狙うという敵対行為になるのでまずありえないそうだ。表立って敵対してもいいことはない。

 シーナにこの話を聞かせてくれたのは、王都へ向かう道中のフェナだった。

 第一王妃の他の子どもたちは、直ぐそばの離れに住んているという。

 第三王女は結婚適齢期であり、侯爵への降嫁の話が持ち上がっているそうだ。

 皇太子が王となるときには、宮殿に住まう者たちは、領地を与えられたりして一度全部宮殿を出ることになる。残されるのは王太子の兄弟と母のみ。権力に固執するなら、息子を王にしたくてたまらないだろう、巻き込まれるなよ、と色々教えてくれたフェナが締めていた。

 そんなものには絶対に巻き込まれたくはない。

 シーナの家の幅より広い廊下を進み、一つの扉の前で止まった。タイミングを見計らったように扉が左右へ開かれる。

 すでに王女が席についていた。気を使わない、身分を気にしないでもらうためにと、円卓での晩餐会だ。実際気にしないでいるわけにはいかないのだが、そういった意図があるというのは十分にわかるし配慮に感謝しかない。

 が、その姫の両隣にいる男女は?

 明らかに身なりがよくて品の良い王女の親世代の男女。困ったように微笑んでいるアウェイルーラ。

 アルバートも完全に固まっている。

「ごめんなさい、気軽な晩餐会にしたかったのだけれど……」

「あらあら、娘の命を救った髪飾りの制作者には直接お礼を言いたいじゃない?」

「あくまで娘の両親だよ」

 ニコニコニコニコと全力で笑っているのはこの国の王と第二王妃。

 なんとか自分を取り戻したのか、跪こうとするアルバートは、クリストファに止められた。

「親が二人来ているだけという話だから、そこまでの礼はいらないそうだ」

 クリストファも知っていたな、これは。

「お父様とお母様がいるだけだと思ってちょうだい?」

 無理な相談過ぎて困る。

「さあ、座って。お腹も空いたでしょう? 夕食を始めましょう」

 王妃の言葉に使用人がさささと椅子の背を持った。構えてるから早く座れと言うことだ。

 アルバートが短くフッと息を吐きシーナを椅子へ誘導した。位置的にシーナは王の隣である。

「酒は飲むかね? ……飲めるかね?」

 シーナの顔を見て疑問符の意味が変わる王に、アウェイルーラが言う。

「シーナはかなり飲むらしいですよ」

 その情報はどこから得たものだろう。クリストファに飲み比べを吹っ掛けたからか?

「それはいい」

 王の言葉を皮切りに、使用人たちが動き出す。

 緊張して飲んだらとんでもない失態をしたというような羽目にはならないだろうか? いやしかし、飲まずにはやっていられない状況でもある。

 シーナがじっと注がれるグラスを睨みつけていたからか、王妃がふふふと笑いながら言う。

「今日この部屋の中で起きることに、不敬だ何だという人はいないから、存分に楽しんでね」

 アルバートが、完全に貴族対応完璧な営業スマイルの仮面を被った。まったく隙のない完璧な笑顔だ。

「それでは乾杯」

 緊張の晩餐会の火蓋が切って落とされたのだ。


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