138.プレゼント

 午後からは少し寝ておいたほうがいいとみんなに言われたので、風呂に入り気持ちの良いベッドで寝た。

 ホェイワーズのベッドだった。

 この部屋の値段が恐ろしい。もう、フェナのために作られた部屋なのではないかとまで思ってしまう。

 久しぶりのベッドは本当に寝心地が良くて、五の鐘が鳴ったと起こされるまで夢も見ずに眠ってしまった。

「さあ、とっとと支度をしよう」

 緑のドレスはシーナにぴったりだった。コルセットのようなものはなかったが、胸の部分は生地が少し厚くなっていたりと色々工夫はされているらしい。

「胸がない……」

「そんなわかりきったことを今更!!」

 こちらにきてわりと質素な食事になったし、街を歩けばけっこうな運動になるのでかなり痩せたと思う。ドレスも見苦しくはないくらいに着こなせている、気がする。ただ、もとからないものが増えることはないのだ。

「布でも詰める?」

師匠せんせいと同じこと言わないでくださいよぉぉ……何にもしなくていいです!」

 胸より腹がでているような事態にはなっていないのだから別にこれでいいだろう! 誤魔化して何になるというのだ。

 髪にはイェルムに持っていけと渡された、組み紐の花の簪がある。くるりと結い上げた髪に指すと、金属の飾りとその先についた石が反射して可愛い。梅結びの組み紐の花はドレスと同じ緑だった。

「これって、イェルムさんもドレスのこと知ってましたよね……」

「そりゃぁシシリアドのすべての商売を把握してる男だ。当然知っていただろうさ」

 こんな素敵なものを用意してくれているなら教えてくれれば良かったのに。

「教えるわけがないだろう。ないならないで構わない衣装だ。マリーアンヌも、あれは人の反応を見て楽しむタイプの人間だ」

 フェナと同じタイプの人間だ。

「ほら、話すな。顔を作っているんだから」

「作るってぇ……」

 そうやって出来上がると、やはり少しだけ見かけ年齢が上がった気がする。

「フェナ様、お化粧自分でされるんですね」

「たしかに基本人にやらせる立場だが、教育の一環として学ばさせられる。そういったことが嫌で私は出てきたんだ。まあ、私は優秀だから、一度聞けばだいたい把握できる」

「あー、士官学校へ入学させられそうになって途中でトンズラしたやつですね……そう言えば、女性も士官学校に入学できるんですね??」

「腕のある女は重宝される。王族にも女性が多いからな。精霊使いとしての能力も十二分にある私は、かなり王宮から期待されていた」

 それをすべてぶん投げたということだ。親や、領主夫妻は卒倒ものだったろう。

 ドレスは長く、ほとんど足元は見えない。それでも絹の靴下を履いて、靴を履くとなかなかに素敵な装いの完成だ。

「靴がピッタリはそれはそれで怖い……」

 洋服よりも融通が利かないものだと思っている。

「ガラの店の隣が靴屋だろ? どうせそこからの情報だ」

「あー!」

 チムの家だ。

 たしかに、靴は長く履くために定期的にメンテナンスをしろと、ガラに言われたので三ヶ月に一度くらいの頻度だが、お願いをしている。

 あと、今回の旅のために新しい靴を新調した。それもチムの店でだ。

 部屋の扉がノックされ、男性陣三人がやってきた。

「とても似合っていて素敵だね」

 素直に褒めてくれるのはもちろんアルバートだ。彼自身も、結婚式のときの礼装だった。またこの姿を見られるなんて、王宮へのご招待もこの礼装のためだと言うなら等価交換バッチリオッケーだ。

 カッコ良すぎる!

「確かにその緑は似合ってるね。髪飾りもセットなのか」

「顔の違うシーナだ」

 もちろん後者はヤハト。

「このドレス、本当に素敵ですね。ありがとうございます」

 露出少なめだが、袖部分がレース編みになっていたりで少し大人っぽいのも嬉しい。

 と、アルバートが懐から長細い箱を取り出した。

「シーナこれを」

 蓋をあけると、黄色の小さな石のついたネックレスだった。

「首元がさみしいかなと思って。このくらい小さな石のネックレスなら普段遣いしても問題ないだろ?」

「え、ええ」

 後ろを向いてと言われ従う。彼の手がくるりと回され、短めのチェーンを留める。

「石まで緑だと流石にしつこいかなと思ったんだ。急だったからシンプルな既成のものしかなかったけど」

 話すたびに首元にアルバートの息がかかり、脳内は大パニックである。

「既成品ってことは……もしかしてさっき買ってきたんですか?」

「ああ。気付くのが遅れた。シシリアドで気付いていたら、もう少しきちんとデザインも考えて作れたんだが」

 耳が赤くなっている自信がある。

 王宮で食事なんて面倒だと気分が低迷していたのに、突然の急上昇、V字回復の具合が激しすぎて息苦しい。

「それを普段遣いにするなら、うちの警備用の魔道具をネックレスタイプから変えなければならないな」

 フェナの言葉に、いや、うっ、と返事に詰まっていると、アルバートがお願いします、と応えた。

「鏡で見てみて、どうかな?」

 姿見に自分を映せば微笑んでいるアルバートも一緒に映る。恥ずかしさが倍増した。

「たくさんもらってしまいました……」

 嬉しいやら恥ずかしいやらで気持ちが落ち着かない。

「……来たようだぞ」

 フェナの言葉とともに、部屋の扉がノックされる。

「お迎えがいらっしゃいましたよ」

 初めに対応した男性がそう声を掛けてくる。

「では行こうか」

 すっと差し出された手に、シーナの手を乗せる。

「行ってきます」

「転けるなよ〜」

 ヤハトの軽口がありがたい。

 流れるように手がアルバートの腕に掴まる形に変えられている。

 階段を降りるとクリストファがいて破顔する。

「素敵な装いですね」

 ちらりとアルバートを見る。彼もにっこりと笑顔を返した。クリストファの方は変わらずの黒衣だ。かなり背が高いので圧が強い。

「お化粧をされると、年相応に見えますね」

 この男、懲りない。

「いくつに見えます?」

「十八でしょう?」

 二十歳の壁を超えられない。

「二十六ですね」

 クリストファがうっと言葉に詰まる。

 こちらにきて三年目。年が明ける時に年を取るとしたら二つ増えているのだ。

「シーナは成長が止まっているから、二十四かな」

 確かにそうとも言う。

「まあ、お酒の飲める外見年齢には到達したからよしとしましょうか」

「私が差し上げた化粧品を、ぜひこれからも使って」

 アルバートにエスコートされ、馬車に乗り込む。

二頭立てで、真っ白に塗られ装飾も華美な素敵な馬車だ。

「シンデレラの馬車だ……」

「シンデレラ?」

 隣に乗り込んだアルバートが首を傾げる。

「故郷の物語があって、お姫様のことですね」

「まあ、王族の紋章もついているし、お姫様の馬車で間違いないね」

 一緒に乗るアルバートは誰がなんと言おうとまごうことなき王子様だ。

「前から言おうと思ってましたけど、アルバートさんのその礼装、メチャメチャカッコいいです」

「シーナのドレス姿も素敵だよ」

 今日は心臓がいくつあっても足りない気がする。




 


 



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