134.牛乳の木と採取方法
メイナラファ領は軽くかすっただけで、すぐに次の領地になった。世界樹までは合計十の領地を通っていくそうで、荷馬車には同じような黒い布に包んだクッキーの瓶が積まれていた。
「領主様から改めてクッキーを使う許可お願いされたのはこのせいだったんですね」
「クッキーの美味しさはかなり衝撃的だからね」
「胃袋掴めばこっちのものってやつですね!」
今日はアルバートが御者で手綱を握り、その隣にシーナがお邪魔している。もう一つの荷馬車は神官が操っていた。あちらの荷台には昨晩見張りだったフェナが眠っている。こちらの荷台に乗りたがったが、断固拒否した。マナリを出て以来、フェナがクッキーを狙っている。何度も丁寧にフェナにお断りしているアルバートは偉いと思った。三歳児に言い聞かせるように、同じことを繰り返し説明している。シーナなら出してきた手を叩いて終わらせるレベルにしつこい。
「確かに、胃袋を掴むのは大切だね。……私もすっかり掴まれたし」
そう言ってこちらを見てはにかむアルバート。
「え、わりと、普通に自炊していたらある程度のものは作れるようになるところだったんです……」
レシピを検索できるのがとても便利だった。
アルバートの笑顔に動悸が止まらない。
同じきれいな顔でもフェナにここまでドキドキするようなことはない。美人は三日で飽きるとはよく言ったものだ。飽きたわけではないが、慣れた。美人が側に居て眼福とは思うが、それまでだ。
たぶん、アルバートの顔面が本当にどストライクなのだろう。
ああ、スマホよ。なぜ死んで(電池が切れて)しまったのか。
「家に戻ったら、またうちに遊びに来てください……」
シーナの言葉にパッと笑顔の花を咲かせる。
「いいのかな? すごく楽しみだ」
可愛いワンコ系騎士の笑顔の破壊力よ。
ハッキリとは聞いていないが、アルバートはシーナより年下だ。士官学校は十歳から十六歳の六年間。その後すぐシシリアドにやってきて、五年は働いているという話を前にした。たぶん、三つ下。
だが、ここの人々の精神年齢はシーナよりも高いと言うか、学生気分の間が少ない。平民なんて、八歳から仕事をするのだ。
その分早く結婚するし、病気になれば死ぬ確率が高い。抗生剤がないので、ちょっとした感染症でもコロッと死んでしまう。
つまり、歳はアルバートの方が若いが、頭の中はアルバートの方がずっと大人だ。
肉体年齢が止まっているシーナからすると、アルバートの方がずっと大人なのだ。そんな彼の可愛い反応に心臓を撃ち抜かれる。
「お家にお邪魔するなら手土産が必要だなぁ。シーナが好きなものって何かある?」
「ええ、別に手土産なんて……」
それに、好きなものと言われてもこれだ! と言うものは特にないのだ。だが、手ぶらは気になると言うので絞り出す。
「んー、じゃあ季節のフルーツとかで」
それをまたデザートに加工して食べてもらえば良いかなと思う。
「シーナが好きなのは酒だな!」
「ヤハト!?」
いつの間にか荷馬車の横を歩いていたヤハトが話に入ってくる。
「お酒か……」
「フルーツで! フルーツでお願いします」
「果実酒ということか」
「ア、アルバートさん!?」
いたずらっ子の顔でニコリとしていて、からかわれているのがわかるが、怒ることなんでできない。
「シーナの料理、酒のつまみにサイコーだから、アルも作ってもらえばいいよ」
「それは、心惹かれるな」
「ぐぬっ……作ります」
アルバートが喜ぶならば、作りましょう。唐揚げでも、餃子でも春巻きでもハンバーグは精霊使いいないときついな。
そんな話をしていると、バルがヤハトを呼んだ。
「牛乳の木だ!」
「お、了解。採ってくる! シーナ、夜シチューよろしく」
「木、とは?」
頭の中にクエスチョンマークの花が咲く。
「牛乳の木だよ? ほら、あそこにある背の高い木……そうか、シーナは見たことないんだね。あれは背が高くて魔物にも荒らされにくいから、街から少し行った場所に意図的に群生するように植えてあるんだ。街の牛乳はそこで採取されて運ばれてくるんだ」
それ以前の問題だ。やはり翻訳機は便利だが不便だ。牛乳そっくりだったので、どこかで乳牛でも飼っているのだと思っていた。まさか植物性だとは。ココナッツミルクのようなものか。
「かなり高いから、風使いがいいね。まあ、精霊使いじゃなくても採取可能だよ。摂り方が面白いんだ」
風とともに駆けていったヤハトは、屈んで何かを拾ったかと思うと、振りかぶって投げた。
「ああやって、牛乳の実をいじめるんだ」
「いじめる?」
「石を投げてぶつけるんだやりすぎると早々に落ちてしまうから、加減が難しいが、うまくいじめてやると量も甘みも増す。良い牛乳が摂れる。士官学校時代、誰が一番甘い牛乳を採れるか競争した」
トマトかよ! と心の中でツッコミを入れる。実をつけたあたりで悪条件下で育てると甘くなるらしい。やったことはなかったが、それと同じようなものなのか?
何度か石を投げていると、やがて実が落下してきた。それを上手にキャッチしている。
荷馬車はヤハトが実を採っている間も少しずつ前進していた。風を使い、追いついたヤハトの手には人の頭の二倍もありそうな大きな緑色の実が三つも抱えられていた。
「後ろに入れとくよ」
ゴトンゴトンと後ろから音がする。
「シチューがいいなら一角ウサギも狩らないとな」
バルがあたりを見回す。
「うまい具合にいればいいけど……」
「コベルナなら、あの丘の向こうに反応があるぞ」
プロになると、索敵の
「お、シーナ! 鳥系の肉でもシチューってできる?」
「もちろん。むしろ鶏肉が一般的だったよ」
「よーし、いっちょやるかぁ!!」
「一人で大丈夫か?」
隣のアルバートが少し心配そうに言う。
「平気!」
元気に答えると、ヤハトは駆け出す。人の足では到底無理なスピードだ。
「さすがに荷馬車は止めるか……解体もあるし」
そうつぶやいたバルは前の馬車に駆けて行く。アルバートも手綱を軽く引いて馬を停めた。
「コベルナを一人で仕留められるのは、さすがだな……」
「そんなに強いんですか?」
「私には無理だなぁ」
ヤハトの走り去った方向を見つめる横顔には、一つだけではない複雑な感情が映っていた。
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