131.魔物と糸

 いくつかの村を通過し、野営にも慣れてきた頃。

 昼間の疲れもあって、外とは思えない簡易土壁ハウスの中で爆睡していたシーナは、突然強く肩を搖すられた。

「ん゛っ!?」

「静かに……セサパラも起こして。魔物だ」

 夜の見張りはフェナ、ヤハト、バルが交代でしている。アルバートも志願したが、三人での交代に慣れているし、荷馬車で寝ていけると断られていた。

「お前の仕事は街や王都に着いたときだ。貴族の相手を私はする気がない」

 フェナ様に言い切られて、アルバートも夜しっかり眠っていた。今日は前半がバル、後半がフェナだったはずた。

 魔物避けで逃げ出さない程度の魔物だということだ。

「入口を閉ざして行くから静かにしていればいい。そんなに時間はかからない。完全に真っ暗がいいか? それとも外が見える方が安心か?」

「見える方でお願いします」

 全く何もわからず音だけは反対に怖い。

「覗くにしてもあまりピッタリくっついて覗かないように」

「わかりました」

 出入り口が地面からせり上がる土によって消える。その代わり四方の壁に数か所ずつ手のひらくらいの穴が開いた。

 月明かりに照らされ、ちょうどフェナの背が見える。今日の月は緑と青の二つだった。青は暗めだが、この緑はわりと明るい。あたりの様子が薄ぼんやりと見える。

 魔物の姿はよくわからない。ただ、赤い光がチラチラといくつも見える。少し遠くにあった焚火の火はいつの間にか消えていた。

 馬は、夜は荷馬車から開放され、彼らも囲いをしてある。この先も必要になる重要な馬なので手厚く保護されていた。それが、この異常事態に興奮し低く啼いている声が聞こえた。

 と、シャワシャワというなんとも気味の悪い音がしたかと思うと、紫色をした細いものが闇の中から飛んで、フェナのいた場所に張り付く。

 フェナの姿はいつの間にか消えていた。

 そして闇の中から、ギャワと、何やら鳴き声がしたと思ったら、よく見えていた赤い光が消えた。

 月明かりで見えるはずのフェナたちの姿が見えない。ところどころ闇が深く、また、ギャワッと鳴き声がして赤い光が消える。

 窓を開けてもらったが、全く状況が把握できないまま、おそらく魔物の目であろう赤い光が数を減らしていく。

「ヒィッ」

 後ろで同じように覗いていたセサパラが短い悲鳴をあげた。

 振り向くと、彼女の前にある窓に紫色の何かが張り付き、セサパラの腕にも同じように張り付いている。

 もう片方の手で取ろうとするが、その手のひらにまた張り付き剥がれない。そして、彼女はジリジリと窓の方に引き寄せられていた。

「セサパラさん!」

 シーナが飛びついて彼女の腰を掴む。だが、引き寄せる力は恐ろしく強い。少しでも気を抜くと一気に引き寄せられそうだ。

「フェナ様!」

 助けを呼ぶと、こちらの異変に気づいたフェナの声がした。

 風がブワッと吹いたかと思うと、シュッと音がして引っ張っていた力が途切れる。反動で二人は後ろに転んだ。

 その後は、ヤハトから声をかけられるまで、二人で部屋の中央で震えていた。


「おおう、グロテスク……」

 足が十本ある、糸を吐く黒い魔物だった。蜘蛛に似ている。それが半分になったり頭を落とされていたりと二十近く転がっていた。

「場所を移動した方が良いですか?」

 アルバートがフェナに尋ねるが、いいやと首を振る。

「お前たちが気にならないなら明るくなってからでいい。もう少ししたら夜が明ける。ここら一帯で一番強い魔物だ。しばらくはなにも寄ってこないだろう」

 それに、と、そばに落ちていた薄紫の魔物の吐いた糸を持ち上げる。

「これは良い組み紐トゥトゥガの糸になるよ?」

「そう言えば、ユユスの糸?」

「そそ。あの魔物の名前がユユス。次の街で売ったら上手いもん買えるぞ」

 色気より食い気のヤハトらしい。

「フェナ様たちが退治したから、フェナ様たちのものではないんですか?」

「道中の食料になるなら私はそれでも別にいいよ」

 とのことなので、朝になったら糸を集めて持っていくことにして、短いがもう一度寝ることになった。

 が、アドレナリンのせいかまったく眠くない。隣のセサパラも同じようで、先程から寝返りを繰り返している。見張りはフェナが継続中だ。

 街の中の神殿で暮らしている彼女にとって、衝撃的だっただろう。手に張り付いた糸は、時間が経つと自然と剥がれた。粘着性が時間とともに落ちるタイプのものだった。手にあとが残ったりもせず、今のところ特に異変はなさそうだ。

「大丈夫ですか?」

「え! あ、はい」

 こちらが起きていると思っていなかったのか、驚いて振り返るセサパラ。ちなみに、女性陣のベッドもどきはキングサイズ。男性陣からは不満が出たのでシングルが人数分だ。魔物が来たときにベッドは消されたが、再びフェナがベッドを作ってくれた。

「やっぱり初めて魔物に遭遇したら――」

「フェナ様のお姿がカッコ良すぎてドキドキして眠れなくて〜」

 ん?

「今回の巡礼に志願してほんとうに良かったです〜!! シーナさんが行くというお話を聞いてから、これは付き添ってくれる冒険者はフェナ様になる確率が高いと、女子の間で話題だったんですよぉー! シーナさんが参加するから女性も最低一人は行ってほしいと、ローディアス様から通達があって、普段は女性の志願者なんてゼロなんですよ。行き帰りで二ヶ月以上なんて、大変なのは目に見えてるじゃないですかぁ。だけど今回は三十歳以下の女性神官がみーんな志願したんです! もうみんなライバル! 最後は体力がある方がいいと年齢制限が設けられ、熾烈な争いの末、私がこの座を勝ち取ったんです」

 ものすごい早口で捲し立てられた。

 フェナ様ファンクラブの熱烈会員だったようだ。

 心配する必要はなさそうなので、適当な相槌を打って、疲れを取るためにも目を閉じた。


 






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