130.初めての野営

 大祭は、七月から九月一杯開催される。ようは、その間なら各地からの巡礼者たちを受け入れ、祈りを捧げるために聖地へ近づくことが許される。

 それ以外の時期は門を閉ざし、精霊樹へ不用意に近づくことを禁じられている。

 その期間の間に各地の神殿からも神官が訪れて、様々な報告書類といっしょに捧げ物を持って行く。そして組み紐トゥトゥガを貰って帰る。神官たちと一緒に巡礼者を伴うことも多いが、シシリアドくらい遠くなると、よっぽど熱心に祈りたいことがない限りなかなか巡礼に向かう者はいないそうだ。分枝ぶんしに祈れば十二分に世界樹へ届くので、街の神殿に熱心に通えばいい。

 近場の街になると、この一般の巡礼者の数がぐっと増える。街の半数近くが順番に三ヶ月の間に入れ替り立ち替り訪れることもあるらしい。

 また、聖地に住む神官たちの日用品や食料はそういった近場の街から運ばれる。

 それでも、片道五日はかかる。

 この話を聞いたとき、シーナの知っている神社の周りとは違うなぁという感想を抱いた。確かに五年に一度なら土産物屋や宿屋は営業できないかもしれないが、むしろ街はもっと近くにあってもいいのでは? と思ったのだ。

 その違和感は、聖地へたどり着いたとき明かされる。


 サブールの村を出ると、次の日の夜は野営となった。先の村へ行くには遠く、手前の村で休むには早すぎた。

 初めての野営。初めての野宿。

 シーナはワクワクを隠せなかった……が。

「違う、私の想像していた野宿じゃない!!」

 そろそろ今日のところはここらあたりで休もうという話になり、野営の準備となった。街道は火急の馬が走ることがたまにあるので、いくら平らだと言えそこを陣取るわけにはいかない。

 街道脇の、魔物避けの魔道具のそばで一夜を明かすのが一番だそうだ。

 シーナのイメージは、焚き火を囲んでそれぞれ地べたにマントにくるまって寝る、というものだったが、実際は全く違った。

 焚き火はする。少し離れた場所だ。火を魔物が避けるなどといったことは関係ない。すでに火を警戒する程度の魔物は、魔物避けで近づかない。むしろ、火が側にあり、暗闇に慣れないほうが、魔物に襲われたとき困るそうだ。

 食事などは火の側でするが、寝る時は距離を開ける。そしてその、距離を開けたところに突如として現れた四角い塊。

「こっちが女、こっち二つが男ね」

 土が盛り上がったと思ったら、腰をかがめて通らなければならない小さな入口のある簡易的な家が現れた。

「なんですかこれ!?」

「寝床だけど? 屋根ないと嫌だろ?」

「そうですけど、それはそうですけど……」

 あってテントを張ったり、荷台に寝たりだと思っていた。

 寝床と言っただけあって、中には少し土が盛り上がったベッドモドキまである。

「地べたは朝露にやられて嫌だ」

「私の想像していた野宿じゃない!」

「シーナが外で寝るなら止めないけど?」

「もちろん中で寝ますよぉ……」

 ちょっとしたドリームだったのだ。ぐぬぬ。

「そんなことより夕飯作って」

 昼は持ってきていたパンとフルーツで済ませた。夜は火を炊いてしっかり食べるらしい。

「シーナ! 一角ウサギでなんか作って」

 昼間歩きながらヤハトがふらっと隊列をそれたと思ったら、ウサギをぶら下げて帰ってきた。夕飯のためだったのだと今知る。

「え、そんなので渡されても困る。え、皮とかどうしたらいいの?」

「あー、捌くのは俺がやるから料理よろしく」

 ヤハトは手慣れた様子でうさぎの皮をずるりと剥がしていた。なかなかにグロテスクだが、これは慣れないとだめなやつだ。肉の塊どーん! とかは見てきたが、獲物丸ままどんは初めてなのでお断りだ。肉の塊となってようやく手が出せる。

「野菜とかあるんだっけ?」

「小麦粉やムルル、パテラ、キリツア。先ほどの村で牛乳は買ったが」

 バルが荷台から材料を持ってきて見せる。

「なら、ホワイトシチューかなぁ。調味料もありますよね? というか、たくさん使っちゃって大丈夫ですか?」

「できれば食べ切れる量がいい。野菜は途中の村や町で買い付けるから好きなように使ってくれ。駄目にしてしまうよりはずっといい。次はもう少し大きな町に二日後に着く。野菜がなくなっても肉なら調達できるし、干し肉なども一応持ってきている」

 ならば遠慮せずに使ってしまおう。

 フェナから今回の旅の話になったとき、シーナはご飯係と言われていて、そのための道具をいくつか準備してもらっていた。主に調理器具だ。

 そんなに贅沢に色々作る気はないけれど、最低限を揃えた。シーナの想像している野営のために、チャムにこっそり色々と作ってもらった。

 フェナがテーブル代わりに調理台を土の精霊に命じて作ってくれた。その上にまな板とをナイフを取り出す。

 皮むきから始めようとしたら、バルとアルバートまで手伝ってくれる。

「アルバートさん、皮むきするんですか!?」

「私はわりと何でもやるよ? 士官学校では野営の心得も学ぶしね。最初に根っからの貴族はその矜持を叩き折られるんだ」

 掃除洗濯、今までやらせていたことを自分で全部一通りやらされる。

「うちみたいな貧乏貴族はなにかしら家の手伝いをするのが当たり前だから、そこまで辛いものではなかったけど、子爵の中でもわりと裕福な者たちは辛そうだったね」

 皮むきも慣れれば楽しいんだが、とアルバートが言う。

 何でもやれると言うだけあって、アルバートの皮むきはとても上手だった。

 肉や野菜を炒めたあと、小麦粉を振り混ぜ、焦げ付く前に牛乳を少しずつ入れる。竈は普段はそばにある石や土の精霊で作ると聞いていたので、組み立て式のグリルスタンドを作ってもらっていた。

 荷馬車があるからできるものだ。網部分はどうしても背負っている荷物には入らないだろう。

 出来上がったシチューをこれまた作ってもらっておいた取っ手付きの深皿と、スプーンやフォークで食べる。硬いパン付きだ。

 一口食べて、これまた神官たちの頭の上にエクスクラメーションマークが飛び出している。

「本当にシーナの料理は美味しいですね」

 アルバートの笑顔に、頑張ったかいがあった。


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