129.サーブルの村

 神官について、御者席の人が変わるたびに話を聞いた。日々の生活が清貧聖職者でなかなか面白かった。

 神官も祈りのときだけ組み紐トゥトゥガを使う。五年に一度のこの大祭に、祈りの組み紐トゥトゥガを貰い受けるそうだ。

 この祈りの組み紐トゥトゥガの話は初めて聞いたもので、詳しくお願いした。


 神官は一の鐘で起きて、二の鐘から六の鐘まで交代で祈りを捧げる。だいたい朝の七時半前くらいから十八時くらいまでだ。十一時間弱。五交代で上級神官一人と下級神官五人ほどで祈りの間で祈るらしい。先日雫葬をしたあの部屋の、奥の方は神殿内部に通じる場所で、そちらに神官の祈るスペースがある。分枝ぶんしに参拝しにくる者たちとともに、世界樹へ祈りを捧げる。

 祈りは精霊を伴い分枝ぶんしに宿り、十八時の祈りの終いに世界樹のもとへと送るそうだ。

 つまり、祈りの組み紐トゥトゥガで魔力を使い、精霊を集めて世界樹へ送ると言うことだ。下級神官から上級神官になるというのも、アイス目当てに水の精霊の扱い方を訓練したヤハトと一緒だ。祈って祈って、扱い方を覚えたということではないだろうか。

 まあ、直接そんなことは聞けないが。

 あくまで祈りが通じた、のだろう。

「毎日祈るわけではないんですね」

「祈りはするよ? ただ、組み紐トゥトゥガをつけて祈るのは当番の時だけだね。朝起きたときや、夜寝る前はもちろんだけど、わりと頻繁に祈りはするかなぁ」

 今の御者はゴルド。オレンジの髪を短く刈り込んだ男性だ。

「食事の前も祈るし終わったら祈るし、精霊使いの登録のときも祈るし」

 節目ごとに祈りを捧げる生活だ。

「まあ、神官の生活は祈りに始まり祈りに終わるね。特にシシリアドは変な派閥もないし、神殿内部のゴタゴタがないからなぁ。他の街、特に北の世界樹様に近い神殿は色々大変みたいだよ。大祭に参加するのは二回目だけど、聖地に行くと他の街の神官とも交流をすることになるから、色んな話を聞くしね」

「そう言えば、大祭って何をするんですか? あ、いや、祈りに行くのはわかるんですけど」

「あー、と、村に着くからまた今度教えるよ。道のりは長いから」

 前方、道の先になにやら柵が見えてきた。

 壁ではないが、わりとしっかり隙間がないように建てられている。

「農村の入口だね。魔物にやられないようにぐるりと柵が作られているんだよ。農村は初めてだろ?」

「はい!」

 道の先に扉がつけられている。その横に物見櫓があり、アルバートが進み出た。

「シシリアドの巡礼の者だ。連絡をしてあると思う」

「……シシリアドのアルバート様、全員で十名様ですね? ようこそ、サーブルの村へ。お疲れ様です」

 泊まる予定の場所には先に連絡がいっているらしい。宿をとれる場所なら確保しておきたいからだそうだ。

 この農村は、大祭のたびにシシリアドを出て毎回宿をお願いする場所だった。

 中に通されたあともまだまだずっと畑が続いていた。

 見渡す限りの金色。小麦畑だ。収穫時期が六月から七月で、明日にでも収穫が始まるそうだ。そしてとれた小麦はシシリアドに送られる。

 この村はシシリアドの穀物庫だった。

 人の背ほどの柵でぐるりと畑を囲い、中心にさらに頑丈な壁で村人たちの住居を囲う。そうやって、魔物の侵入を防いでいる。

「小麦の収穫が終わったら、また畑の開墾にご協力いただかなくてはいけないかもしれません」

 見張りの一人が先頭に立つアルバートに、案内をしながらそんな話をしていた。

 近年シシリアドの人口自体も増えてきているが、何より冬の流れの冒険者の数が急増している。人が集まれば肉は、魔物の肉を手に入れることはできるが、穀物や野菜は急に増えない。この間の冬も他の子爵の治める領地から穀物を買ったらしい。

「領主様へ陳情書を頂いてましたね。もう少ししたらお返事があると思いますよ。領主様としても食糧不足は望んでおられませんので、前向きに検討されることでしょう。問題は、人手の方かもしれませんね」

「人手ももちろん足りないが、収穫時期は領主様の精霊使い様が手伝ってくれたりするから、なんとかなります。村の住民も少し増えてますし」

 問題は種まきと収穫量なのだと村人は言う。

「次の種まきの前にまた土壌づくりからでしょうね。そこは領主様もわかっていらっしゃると思いますよ」

 アルバートの言葉に、少しホッとしたような表情の村人は何度も頷いていた。

「村長の離れを使っていただくように言われています。こちらです」

 先程の柵よりは頑丈な壁に囲まれたむらの中心部。その中でも大きな建物の側の家に案内される。

 大きな、と言っても周りよりは、だ。シーナの家よりは大きいが、お屋敷のような規模ではなかった。

 基本全部の家が平屋だ。街と同じような、白い壁の家だ。ベッドはごくごく簡易的なもので、もともとこの離れは収穫時期の助っ人の寝泊まり用に作られているらしく、部屋の中に詰め込めるだけのベッドが詰め込んであった。

 当然のように女性が一緒の部屋で寝るわけで、神官の紅一点セサパラと、シーナとフェナで一室だ。

 明るい赤毛と茶色い瞳の彼女は今年十七歳と一番年の若い娘だった。

「フェナ様と一緒の部屋に寝るなんて……自慢しないと!!」

 フェナ信奉者の一派らしい。

 部屋はそれなりにきれいにしてあったが、洗浄の組み紐トゥトゥガを使い、部屋を、丸洗いだ。ダニ系が怖い。

 男性陣の部屋もと思ったら、ヤハトがすでに済ませていた。

「何いるかわかんねぇしな」

 本当に水の扱いが上手くなったようだ。

 夕飯は村の人たちがもてなしてくれた。ごくごく普通の料理だった。フェナからの視線が刺さるが、目をそらしておく。正直、前準備もなく作ることができない。

 村人たちにお礼を言って、自分の身体を丸洗いし、その日の夜は早々に眠りについた。


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