128.神官

 朝早く出て、五時間歩く。

 途中小休止は何度かあったが、そろそろ三の鐘だなというフェナの言葉で、一旦昼食をとることになった。

 初めてこの世界に来てから、シシリアドの街を出ることが無かった。見るものすべてが新鮮で……とはならなかった。

 確かに普段と違う景色だ。

 ただ、草原が、延々と続く。

 街道として大きな道が一応作られているが、石畳などで整備されているわけではなく、土が露出した道である。

 それが荷馬車二つ分くらいの幅で、ずっと続いている。

 この主要な道の管理は領主の仕事だ。他の領地や街と街を繋ぐ道は、商人が行き来するのに大切なもの。

 定期的に魔物よけの魔導具を置く。あまりに強い魔物には効かないが、ある程度のものなら避けられる。強い魔物は闇の深いところを好むそうだ。草原のような広い場所には、強い魔物はあまりいない。西の森のような、昼間でも薄暗いところが彼らの棲み処だった。

 今日の昼は各自持ってきたものだ。神官やアルバートはパンとフルーツを出していた。対してこちらはテリヤキチキンと葉物野菜をマヨネーズを塗ってふんわり食パンに挟んだテリヤキマヨサンドと卵とハムサンド。

 しかも張り切ったソニアのお陰で三食分くらいある。

「フェナ様……」

 ちらりと向こうを見て声を掛けると、正しく意図を汲み取り首を傾げる。

「構わないがいいのか? パンとマヨネーズ」

「むぅ……」

 しかし、どちらにしろ夕飯に食べるくらいで賞味期限ギリギリ、もしかしたら傷んでしまうかもしれない。ならば、今食べてしまったほうがいいだろう。

 籠を抱えて神官とアルバートの前に差し出す。

「そちらのパンはまだまだ保つでしょうから、こちらから食べてください。ただし、美味しさはナイショで」

「よろしいのですか?」

「フェナ様のお屋敷の料理人が張り切っちゃって食べきれないくらい作ってあるんです」

 肉が挟んであるのを見て、一番年若の男性がゴクリと唾を飲み込んだ。

「さあ、どうぞ。ですがくれぐれも内密に」

 シーナの念押しに不思議そうな顔をする神官たち。

「シーナの料理は美味しいからね。いただくよ」

 アルバートが手を伸ばしたので、他の面々も次々にテリヤキチキンサンドを手に取る。

 そして、驚き目を丸くした後、それはもうすごい速さで平らげる。

「ナイショですよ? この籠の分は皆さんで全部分けてください」

 よーく念押しをして、シーナも自分の分を食べ始める。

 テリマヨは最高である。卵ハムも最高。

 みんな何か言いたげだが、こればっかりは口を割る気はない。

 幻の味として心に留めておいてもらおう。

「こんなに長く歩いてられるって、やっぱり身体強化と疲労軽減ってすごいね」

「初めてきたとき、神殿に行くだけでへばってたもんな。弱って思った」

「仕方ないじゃん〜シシリアド、アップダウン激しいんだもん。しかも前半パンプスで歩いてたし」

 体力もだいぶついた。それでも、これだけ歩き続けられるのがすごい。

「まあ、神官たちもいるし、今日はさっきの半分くらい歩いたところにある街で一泊するよ」

 聖地への道程はほぼ決まっている。休憩場所もタイミングもだいたい決まっているのだ。

 聖地に近くなればなるほど各地から人が集まり宿屋はすぐ埋まる。街の周りに野宿となるらしい。その場合フェナの土魔法で屋根くらいは作ってくれるそうだ。雨の時も、少しくらいならフードを被って進むが、ひどくなってきたら雨風をしのいで過ごすらしい。

 食事が終わり再び歩き出す、が、シーナは荷馬車に乗ることになった。神官たちも交代で御者と、その隣に座る者で、休みを取っていた。シーナは馬を操れないので、神官の隣に座る。

 馬、と言っているがシーナの知ってる馬と何かが違う。馬面というほど顔が長くない。たてがみがモサモサくるくるだったりする。きっと正しい名前があるのだろうが、馬と思ってしまったのでみんなの口からは馬と告げられている。諦めよう。

 歩いている時は疲れてしまうと黙っていたが、御者席の隣は歩いている時よりさらに暇で神官との話に花が咲く。

 彼はダールといい、二十八歳。神官になる道は、深い世界樹様への信仰、分枝ぶんしとの親和性が重要らしい。毎日祈りを捧げることにより、分枝ぶんしに祈りと精霊が集まり、分枝ぶんしから世界樹のもとへ祈りと精霊が送られる。この祈り、精霊量が多いと、枝の上級神官となれるそうだ。

 世界樹のもとで、聖地で仕える神官を葉の神官といい、ダールたち各地の神殿で仕える神官を枝の神官と言う。

「他にも、政権争いから逃げてきたりした貴族様が枝の上級神官として神殿に隠れ住むこともありますね」

 寄付という形で多額の生活費を持ってやってくるらしい。

「今回はトールナーグ様が上級神官で、我々の代表です」

 他の四人は枝の下級神官。下級神官は全部で百人ほどいるらしい。

「神殿内をきれいに保ったり、食事の支度などもすべて下級神官が順番にやります。精霊使いの色見本作り、登録なども基本下級神官のしごとですね。対してシシリアドの上級神官は二十四人です。五年に一度の大祭には必ず上級神官神官が行くことになりますが……」

 なにせ遠い。

 結局上級神官の中でも年若な者が行くことになるらしい。

「稀に祈り続けることにより、分枝ぶんしとの親和性が上がる者がいます」

 今回同行している中の、ナサルがその兆候があるらしい。グレーの髪に黒い瞳の男だった。

「彼が上級神官になれば次は彼が巡礼の上級神官を務めることになりますね」

「ローディアスさんも上級神官ですか?」

「ええ、ローディアス様は上級神官ですね。シシリアドの神官の取りまとめ役です。とても信仰心の深い方で、元貴族ですね。世界樹様を日々感じていたいと神殿に入られた方です。魔力量も多く、今のシシリアドの中では一番階級の高い方です」

 ダールはニコリと笑っているだけ。

 これは、それ以上の追求を許されないやつ……。

「上級神官にも階級があるんですね」

「そうですね。ローディアス様は枝の神官頭です。他の上級神官はみな同じ地位になります。下級神官は全員同じ扱いですが、親和度が上がってくると上級神官になる可能性が上がるので、やはり下級神官の中でも扱いが変わってきますね。つまり、上級神官には誰でもなれるわけではないが、下級なら信仰さえあればなれます。ただ、一度神官になればその身は世界樹様に捧げたものとして、神官を辞めることはできませんし、私財も持てません」

 その一生を世界樹に捧げるのだ。

 






 

 

 

 

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