132.マナリの街
シシリアドを出て七日ほどで、少し大きめの街に着いた。シシリアドと同じようにぐるりと高い塀で囲われている。
ここはシシリアド領と接しているメイナラファ領のマナリという街だそうだ。この塀がある規模になると、ギルドや神殿もある。
神官たちは神殿で一泊するそうだ。他領の神官と話す貴重な機会となるらしい。
シーナたちはアルバートが事前に手配しておいた宿へと向かう。
が、
「キャンセルってどういうことですか?」
この街までなら大して予定が狂うこともないだろうと、宿屋を先に予約しておいたはずなのだが、それが取り消されていたという話だ。
今夜泊まる場所がないという事態に焦っているシーナとは別に、四人はなんとも言えない表情で宿の前に立っている。
「まあ、想定内ですね」
アルバートが苦笑しながら言うと、フェナが鼻を鳴らす。
「食事とベッドのランクが上がるのは問題ないが、私は相手はしないよ。お前の役目だ」
「仕方ありませんね」
そんなやり取りをしていると、宿の前に馬車が二台止まり、中から身なりの良い男性が降りてきた。かなり年配で、髪の毛に白いものがまじり始めている。
「長旅お疲れ様です。アルバート様、フェナ様。今宵はぜひ我が屋敷へお泊りください。マナリを任せられている、ヴァッサベーラと申します」
「シシリアドで領主の秘書官をしております、アルバートです。一応宿屋を取ってはいたのですが…」
「差し出がましいとは思いましたが、ぜひ屋敷に来ていただきたく……」
勝手に取り消しておいたということだ。
「どうしましょう、フェナ様はよろしいですか?」
「長い道中だ、たまには湯に使ってゆっくり休むのもいいのではないか?」
フェナからの肯定の言葉に嬉しそうに頷くヴァッサベーラ。それではと馬車の扉が開かれる。
前の馬車へヴァッサベーラとアルバートとフェナが。後ろへシーナとバル、ヤハトの三人が乗る。荷馬車も全部任せてしまって良いそうだ。
シシリアドと違って平坦な場所にあるマナリの道は、荷馬車もたくさん行き交っていた。道も石畳にはなっていないが、精霊使いによってか、きれいにならされていて、馬車の乗り心地も悪くはなかった。
「アルバートさん、秘書官なんですか? 私てっきり護衛だと思って、ずっとそう言ってました」
失礼だったかな? と不安になる。
「護衛の腕もあるようだが、シーナの家関係を任されていたりと文官仕事もこなしているし、どちらかと言うと次期領主の右腕となれるよう勉強させられているんだろう。護衛もできる文官は貴重だし、有能なんだろうな」
「アルが護衛だって言ってたならそれでいいじゃん?」
「……アルて? え、ヤハト、アルバートさんのことそんな風に呼んでるの!?」
「え、アルがそう呼べって……」
「ずるっ!! 愛称呼びとか、いつの間にそんな仲良くなってるの! ずるっ!!」
「別に仲良くてわけじゃなくて……」
隣に座るヤハトに食って掛かるシーナを、バルが笑って止める。
「戦闘になったとき、いちいちアルバート様、は長いからね。護衛の任に就く者たちの間では呼び捨てにするのはよくあることだよ」
「シーナも呼びたいなら呼べばいいじゃん」
「勝手に呼んでいいものでもないもん!」
そんなやり取りをしていると、馬車が止まる。扉が開かれ、降りようとすると先に降りたバルが手を差し伸べてくれた。
「気を付けて」
「もらった守り石ここで砕くなよー」
ならば一番先に降りたヤハトが優雅に手を差し伸べるべきだ。などと揉めるには場合が場合なので控え、ギロリと睨むに留める。
マナリのお屋敷はシシリアドと違ってレンガのような石積みのお屋敷だった。大きさは少し小さめ。それでも十分広い。
それぞれ個室を用意してくれたようで、荷物を置いたら順番に風呂はどうかと勧められた。もちろんぜひいただきたい。
「順番とか面倒だ。シーナ、行くよ」
どこへ? と聞き返すまでもない。
「えええ、フェナ様とお風呂ですかぁ!?」
「どうせ広いんだろうし、いいじゃないか。その方が夕食が早く始まる」
案内してくれたメイドさんを見ると、ニコリと微笑んでいる。
「そっちもまとめてとっとと入ってこい。風呂に入り、食事をしたら、今夜は見張りもなしで私はゆっくりたっぷり寝る」
「ぐっ……わかりました」
毎晩野営の時は見張りをしてくれているフェナにそう言われれば従うしかない。
荷物を部屋へ置き、着換えを持つと浴場へ案内してもらう。二着分しかないので脱いだらまたそれを洗浄して着てもいいのだが、気分の問題だ。
「私は自分のことは自分でできるので……あ! 少しだけお酢をもらえますか?」
「お酢ですか?」
「はい、これくらいのコップにこれくらいの量でいいんです」
不思議そうにされたが、かしこまりましたとメイドは浴場を出ていった。
フェナには誰か付くのかと思ったが、入って体を洗っていると、フェナがコップを片手に一人でやってきた。
「はい、メイドが持ってきてくれたよ」
コップになみなみと入っているお酢。
「多すぎる……よし、フェナ様の髪の毛にもやってあげます。体洗うのとかメイドにさせないんですか?」
「んー、普段から自分でやってるし、必要ないだろ?」
まあ確かに、ソニアにやらせていたりはしなかった。
「じゃあ髪の毛は洗ってあげますねー」
「任せよう」
フェナの銀髪はかなり長い。屋敷にいるときや、市場に買い物に出かけたりするときはそのまま垂らしていることも多い。もちろんまとめていることもある。キラキラと光を反射する銀髪はいつ見てもきれいだ。
領主の屋敷にもあった、長椅子のようなものにフェナが腰掛け背を預けると、ちょうど頭が飛び出すようになっているので、髪の毛に桶でたっぷり湯をかける。頭皮は念入りに。石鹸をしっかり泡立てて、まずは髪の毛を。次は、頭皮を傷つけないようよく洗った。
再びお湯をかけて石鹸を流すとキシキシして指通りが悪くなる。
そこで、桶にお湯を入れ、さらにお酢を入れる。湯の中に長い髪の毛をつけて、梳くように全体になじませる。
アルカリ性の石鹸と、酸性のお酢で、中和するのだ。髪の毛の柔らかさが全然違う。
頭皮もしっかりお酢入り湯でマッサージしたあと、残ったお酢を丁寧に洗い流す。
「お酢、すごいねこれ」
「ふふ、これが科学です。故郷で培った技術ですよ!」
技術でもなんでもないがちょっと偉そうに、フェナよりもナイ胸を張った。
美人で身長も高くてスタイルもいいとか、たしかに性格に難がないと早死する。
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