126.髪飾り職人
十一月になった。ガラの店は五日開けて五日休む。最初の五日間はお休みだ。四日目にまた
兄姉弟子への丸打紐作りの内職斡旋は驚くほどスムーズにいった。イェルムとも話し合って、どうせ貴族相手の商売だから、
みんな、普段し慣れない内職よりも、紐を編む方がよっぽどいいと喜んでいた。
かなりの量を考えているらしく、あちらこちらに声をかけ、糸を支給したそうだ。そこら辺の手配の速さはさすが商売人である。段取り力が違う。
そして今日は、編んだ丸打紐を、イェルムの店の一つである服飾品、装飾品のお店の職人の前で髪飾りへ組み立てる実演をする。
しかも組み紐の髪飾りとして商品登録するらしい。守銭奴である。
ただ、とんでもない技術があるわけでもないので、新しい物としてで、売値の一割でなく五分らしい。羽毛布団も五分だったそうだ。
「商品登録はシーナさんで。索敵の耳飾りとは違ってこれは三十年ですね」
「え! 私なんですか?」
「もちろん。商業ギルドが、なんて言ったら王女殿下からお叱りを受けますよ。あとは売上をどうするかですね。髪飾りの店でも出しますか?」
「うーん……シシリアドにはお高い髪飾りを買う方ってそんなにいませんよね? お店を出すなら王都で、なんじゃないですか?」
「確かにそれはそのとおりです」
「まあ、平民にも、とは思ってるんですよ。この間のマリーアンヌ様の髪飾り覚えていますか? 横の方にちょうちょ結びがあったでしょう? あの部分だけでも可愛いと思うんですよ。二色や三色のちょうちょ結び。あれだけなら、平民でも少しおしゃれして、みたいな感じでいいと思うんだけどな」
「悪くないですね。今普通は髪を結う時はフタルのツルを使いますが、そうやって縛ったあとに丸打紐で結んでフタルのツルを隠す感じですよね?」
イェルムの理解の速さは話していて楽だ。
「結局は糸でしかありませんから、そのくらいならそう高い金額にはならないと思うんです。そのあとの髪飾りへの編みが付加価値なだけで」
「悪くはありません。貴族は確かに高いものを買ってくれますが、平民の数の方がはるかに多いのですから。明らかに手間と出来栄えが違っていれば、貴族の方々もそこまで不快には思わないでしょう」
そして、平民に売るとしても、そんなに頻繁に買うようなものでもないので、やはり従来の装飾品を売る店からの販売ということになった。
「イェルムさんと純利益を五分五分では私がとりすぎだと思うんですよ。実際私は手配などには関わっていませんから。二、八くらいですかね」
「それではこちらが取りすぎですね。四、六で」
「いやぁ……それはちょっと。じゃあこうしましょう。私はこれから髪飾りのデザインをいくつか提示しますから、それが採用されたらデザイン料を別途払ってください。これは、私以外の人にも。その上で三、七で」
「ふむ。悪く無いですね。少し変えたくらいではデザイン料は払えません。ですがガラッと変わったそして素敵なデザインにはお金を払う価値がありますからね。もちろん、本当に組み上げられるというところも大切です」
最後は期待に満ちた目で見ている職人たちへの言葉だ。
話がまとまり、シーナが夜なべをして編んだ丸打紐を何本も取り出す。あと、マリーアンヌへの髪飾りもだ。そして、五枚のデザイン画。
「紐だけのものもあるんですが、できればガラス、ビーズみたいなものがあれば途中途中や、お花の形をしたような部分の中心に縫い付けたいんです」
「ガラス加工のものはありますね。このデザイン……とても、とても素敵です」
「マリーアンヌ様に作るものと王女様に作るものは同じデザインにしようと思っているのですが、不敬にはあたりませんか? で、このデザインはお二人にしか使わない感じで」
「マリーアンヌ様が王女殿下をお守りしたのですから、大丈夫だと思います」
それからデザインを見せ、シーナが丸打紐で色々な形を作るのを、職人たちは真剣な表情で見つめていた。
途中、布で花を作る技術があると聞き、それを見せてもらって花との組み合わせも作って見せたら職人たちが大興奮だ。
女性も多いが男性の職人もいる。
花の中心に少し高めの宝石をつけたりもいいという話をして、その日は夕暮れ近くまでああでもないこうでもないと意見を交わした。
「では明日もよろしくお願いします」
六の鐘で解散となる。実り多い一日だった。商業ギルドもこのギルド広場に面した場所にあるので、家はすぐそこだ。
送り迎えの必要がないのがいい。
明日シーナはマリーアンヌと王女の髪飾りを、商業ギルドの一室で作ることになった。
職人たちはシーナが編んでおいた紐で練習するらしい。イェルムはビーズや布で作る花用の布の手配に五の鐘くらいに走っていった。
三日後くらいには、
小ぶりなものをいくつかと、大振りなものを三つ。とりあえずの商品のラインナップとして、カラーバリエーションを揃えるという話だ。
色の組み合わせはさすが本職たちで、シーナは手を出せない組み合わせを考えたりするので楽しみだ。
やはり普段から宝飾品を作成している人たちは違うなと感じた。ある程度の形を教えたら、あとは勝手に彼らがどんどん新しいものを作っていってくれそうだ。
玄関の鍵を開けて入ると、左手にある照明のスイッチに魔力を流す。
もう外は真っ暗で、玄関に証明をつけたのは正解だった。
まだ棚がないから椅子の上に置いてあるランプに火を灯した。
それを持って、奥のキッチンへ向う。ご飯を炊くと時間がかかりそうなので、リゾットにすることにした。
米を研いで、ザルに上げておき、キリツア、ピーネ、ムルルをみじん切りにし、冷蔵庫の昨日買ってきた鶏肉の一部を使う。コンソメがないので、ベーコンも入れて旨味を出させる。
リゾットと言うより鶏雑炊が出来上がったのでそれを食べて風呂だ。
キッチンの照明も節約のために、コンロと流し近くを中心に照らすものと、キッチン全体を照らすものに分けている。一人で簡単に作る時は、コンロ周りの照明とランプで、食事はテーブルに座ってランプの明かりで食べることにした。が、今日はこのまま立って食べながらコンロの残りの火を使ってクリームシチューを作ってしまう。鶏肉もいつ捌いたものかわからないので早めに使ってしまいたい。
ズシェがギリギリに完成させてくれた家庭用の小さな冷蔵庫に入れておけばしばらく保つ。
コンロの近くは温かいし一石二鳥である。
お行儀は悪いが、一人だしいいだろう。
クリームシチューができた頃には、薪もだいぶ燻ってきていた。これくらいなら閉めておけば火事の心配もない。
鍋ごと冷蔵庫に放り込み、食器類を洗う。失敗したなと思ったのは、食器を上げるカゴがないことだ。またチャムに注文しなくては。
風呂に湯を張り、ゆっくり浸かった。途中追い焚きして、体の芯まで温まった。
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