125.髪飾りの許可

 アルバートは、市場でめちゃくちゃ浮いた。

 顔もさることながら、身のこなしが洗練されすぎている。

 市場には食材を買いによく来るし、店側はシーナのことを知っている。明るい時間なら人通りも多く、連れ込まれるような路地はない。比較的安全な場所だ。

 アルバートもたまに街をうろつくことがあるらしく、道や店の場所をよく知っていた。

「おやまあ、シーナちゃん、今日はずいぶんと素敵な彼氏を連れてるねぇ」

「違いますよー。もう、知ってるでしょ、領主様の護衛の方ですよ」

「別嬪さん連れて何を買いに来たんだい? シーナちゃん」

 アルバートの方が別嬪さん認定である。否定できない。

 ジャムや野菜のオイル漬け、冷暗所に置いておくパテラやキリツアはほぼ買い込んだ。今日はこのあと、キャベツや人参のようなものを千切りして、塩と砂糖でザワークラウトみたいなものが作れないか試してみたい。ダメになったら残念ということで。もったいないオバケが出そうだが、今後のためにということでチャレンジだ。

 必要な材料以外にも、申し訳ないが荷物持ちがいるこのときがチャンスと、色々買い込む。

「ごめんなさい、アルバートさん」

「いや、やっと役に立てたよ」

 風が徐々に強くなってきている。また冬がやってきた。寒がりなので、コートも手袋もマフラーも着込んでいる。部屋の中で着る物も買い足した。半纏みたいなものがあれば良いのだが、毛糸で編んだカーディガンくらいしかない。仕方ないのでしっかり内側に着込む予定だ。

 ああ、寒いのが怖い。


 家に着くとちょうど食器を運んでいる最中だった。シーナの姿を見つけると、陶器屋が笑顔を見せる。

「すみません、遅くなりました」

 シーナが一人で鍵を開けて部屋へ入り、まだ近くに棚がないので奥の食器棚の引き出しからパスを持ってくる。アルバートと食器屋二人にそれぞれ渡すと割らないように気をつけてキッチンまで運んでもらう。

「それではこれで」

 パスを返してもらい、お礼を言って分かれた。

「もうすぐお昼ですし、うちでなにか食べていきませんか?」

 その提案は予想していなかったようで、アルバートは驚いたような顔をしたあと遠慮がちに頷いた。

 ここにはパンはない。あるのは薄力粉などの粉ものと野菜だ。

 なのでガレットにすることにした。

 生地を作って広げた上に、ベーコンと卵と買ったばかりのキャベツ似の野菜を千切りにしてチーズを乗せて蓋を閉める。味付けは塩コショウだ。

 新しい皿を洗浄の組み紐トゥトゥガできれいにして、フォークとナイフを添えて出来上がりだ。お湯も沸いたので紅茶を淹れようとしたら、そちらはアルバートがやってくれた。

 こんな風に急に料理をするときは火の精霊石を使う。しっかり買い込んでおかねば。正直薪は火の後始末が怖い。一日家にいるときはいいが、そうでない今は使うのを躊躇われる。

 もう一枚作っていると、アルバートがちょうど紅茶を注いでいる。その姿が優雅で似合いすぎていて、見惚れてしまった。

「さあ、食べましょう」

 なんだか気恥ずかしくて、少し大きな声になってしまう。

 出来立ての方をアルバートの前に置く。

「うん、パンがない日はこれでいいかもなぁ」

「これは、クレープ?」

「そうですね。クレープをフライパンの上で全部作り上げてしまう感じです」

 感心したように何度も頷いて微笑んだ。

「とても美味しい」

 喜んでもらえたようでよかった。


 ちょうど昼食を終えた頃、ノックとともに玄関から呼ぶ声がした。はーいと返事をしながら出ると、イェルムだった。

「シーナさん! 王女様から髪飾り販売の許可が出ましたよ!」

「えっ!」

 アルバートがシーナと出かけてすぐに、王女からの手紙が到着したらしい。シーナはあちこちうろうろとしていたので捕まらず、イェルムに協力してもらうと事前に告げていたので、イェルムの方に連絡を入れたそうだ。

 パスを渡して部屋に誘うと、アルバートがもう一杯紅茶を入れてくれていた。

「おやこれは、お邪魔でしたね……ですが、今は髪飾りのお話です! さあ、作りましょうシーナさん!」

 やる気満々だ。しかしシーナも、ここは頑張りどころである。定期的に虫除けの陣と言うか魔導具に魔力を注いでもらうお金がけっこうかかる! この先も快適なNO虫ライフを続けるためにもお金を稼がねば。

「いくつかデザインを書き溜めております。私の方も準備万端ですよ」

「素晴らしい!」

「ただ、問題は組み紐を編む人ですよね?」

「そうなんですよ」

 丸打紐の目の美しさは本職の組み紐トゥトゥガ師には敵わない。

「ちょうどいい時期かもしれません。冬になると組み紐トゥトゥガ師って半分以上が暇なんです。兄姉弟子たちに話を聞くと、冬の間はそれまでに稼いだ金で冬の支度をしながら、たまに内職を家族の仕事場から回してもらったりするらしいです。個人でやってる組み紐トゥトゥガ師になると、内職の仕事を斡旋してもらったりも……」

「そうですね。その斡旋をまとめてもおりますよ」

組み紐トゥトゥガ師に冬の内職として、髪飾りの丸打紐作りを依頼するというのはどうでしょう? これなら普段の季節はきちんと本業をまっとうできるし、なんの魔力も使わない髪飾りの仕事をしていると、差別というか、そういったものがなくなると思うんです」

 あくまで暇な冬の仕事。普段だって組み紐トゥトゥガと関係ない仕事をしているのだから問題ないだろう。

「それは……素晴らしいアイデアですね!!」

「その後髪飾りの形に作り上げるのは宝飾品として手先の器用な髪飾りの職人を作り上げていけばいいかな、と」

「シーナさん……本当に、あっちにもこっちにも角の立たない良いアイデアです!」

「もうすぐに冬が始まってしまうから、手配は大変でしょうが。もしよかったらうちの店の兄姉弟子にも聞いてみてあげてください」

 たぶん良い稼ぎになると思うのだ。

「糸は支給して丸打紐を大量に作ってもらいましょう。とりあえずは単色で編めるだけ長く編んでもらって、長さはのちのち調整できますよね?」

「そうですね、切ってしまったあと糸の始末をすれば大丈夫です」

「シーナさんには冬のお休みの間髪飾り作りに協力していただいてよろしいですか? 春になったら王都へ出向いて一気に売りたいのです」

「そうですね、見ればすぐ真似できるものですから、最初にドカンと売るのが一番です。王都中の貴族に売りつけまくりましょう!」

 アルバートの存在も忘れ、シーナとイェルムは今後の予定を詰めまくったのだった。






 

 

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