122.解体職人

 フェナが到着すると、青空の下に大きな台が設えてあった。

「フェナ様おかえりなさいませ」

「これは、素晴らしいホェイワーズですね」

「なんと、毛皮に傷一つないとは」

 支度をしていた三人の男達が口々に褒めそやす。

 ただ異常なのはそういいながら彼らが刃物をガキンガキンと打ち鳴らしていることだ。

 見たことがある。

 セラミックシャープナーとかいうやつと似ていた。ようは、刃物研ぎなんだろうが、三人のおっさんがニッコニコで刃物研いでる姿は怖い。

「丸々と太ったいいホェイワーズだろう?」

 フェナも笑顔全開だが、丸々とがなんとも違和感である。

「それじゃあオメェ等ちゃちゃっと剥いでやってくれ!」

「おう!!」

 台に降ろされたものを改めてみると、これは、とんでもなくでかい羊だ。それが、毛皮を刈らずに育ちまくってここまで育ってしまった、といった感じである。毛玉の塊。

細くて黒い足が四本、白い毛からにゅっと伸びている。

 しかしこの大きな毛玉のどこから刈るのだろう? バリカンはないだろう。というかまあ、今研いでいるマグロの解体ショーとかで見るような長い刃物を使うんだろうが、それでもシーナから見たらどこから刃を入れるのか皆目見当がつかなかった。

「シーナ、少し下がろう」

 バルに言われて危ないのかと下がったところで、一人が動いた。思いっ切り振りかぶった刃物を下まで一気に振り下ろす。

 首が飛んだ。

「ぇぇぇぇぇええ!!」

 しかし、その後血が吹き出すことはなかった。

「ええ?」

 恐る恐る覗き込むが、断面はなかなかになかなかな様子だ。

「ああ。ホェイワーズは毛皮と魔石以外ほぼ廃棄だからな。フェナ様は内側を凍らせてくださってるんだよ」

 ビェルスクがそう説明する。

「そしてこう、切り口が見えたなら毛皮を最優先で刈り取れる」

 長い刃物を首元からずっっと入れ込んで何やら細かく手首を動かしている。そして一箇所に切れ込みが入ると、そこから三人は手分けをしてどんどん毛皮を剥いでいった。やがて

一枚の大きな大きな毛皮となる。身の部分は一般的な牛サイズだ。フワッフワの犬や猫を洗おうとしたらガリガリになったときのような痩せっぷりだった。

「あの毛皮は加工すると倍に膨れ上がる。しかも弾力が増す。この量だと、ベッド四つは流石に無理か。ベッド三つと二人掛けソファかな。一枚ものが最高級だ」

 切り落とした顔の部分の毛皮も利用されるらしい。寄せ集めのものや、一人掛けソファなんかに使われるそうだ。

 ダブルベッドやキングサイズなどの需要ももちろんあるので、すぐに切り分けたりせずに、注文があるまで加工は控えるのだそうだ。洗浄の組み紐トゥトゥガで虫対策するくらいとか。

「イェルムが全部買い取るだろ。高値で売ってやれ」

「基本的な値段がわかりませんね……」

「ベッド二つ分とソファだろ? 顔周りはどうしても一枚にはならんし、そうだなぁ……この解体費用を除いても、大金貨四十五から、五十は……いかないかなぁ」

「えっ!? フェナ様への依頼分返ってくる!!」

「そりゃあなぁ。じゃないと依頼したシーナが損だろ。きちんと物が得られているのに。依頼主のリスクは、前金払って依頼された冒険者が死亡したときくらいだぞ? あとは、著しく毛皮が損傷して一枚に刈り取れないときだ。討伐目的ならまた違うけどな。素材採集系はこんなもんだ」

 こんなもんの最高峰か……きっとまだまだ色々恐ろしい金額の依頼があるんだろう。

「フェナ様! もう一匹はどうする?」

 皮を剥ぎ取られ濡れた猫のようにほっそりとしたホェイワーズは、魔石を取り出そうとぶつ切りにされ、後ろにいつの間にか掘られていた穴に放り込まれていた。

「ベッドひとつ分だけはこちらのもの。残りはギルドに卸す」

「フェナ様……あちらの街に卸してこなかったんですか? 恨まれません?」

 二匹とも持ち帰りではシシリアドばかりが潤う。荷車だけ出せとは、嫌がられていそうだ。

「あっちにも卸してきたよ」

「……三体やったのか。スゲェなぁ」

 ビェルスクが驚いたような、呆れたような言葉を漏らす。

「ヤハトがよく働いてくれたからね」

「俺は今回ほんっっっとに頑張った!」

 とても誇らしげなのが微笑ましい。

 そこへ、イェルムがやってきた。

「無事のご帰還喜ばしい限りでございます。しかも二体もお持ち帰りとは、いやはや」

「イェルム、お前のところに卸すから、シーナのベッドと同じものを一つ頼む」

「同じもの、ですか?」

「シーナの家の客間の分だ」

「いやいやいやいや! ダメです! ダメですからねっ! うちの客間をフェナ様の部屋にするつもりでしょう!!」

「新居祝だよ?」

「ぜーったい違う! 絶対違うでしょ!」

「人をそんなふうに疑うものじゃないよ」

 言い募ってもどこ吹く風だ。

「ヤハト、絶対にこれ、フェナ様の部屋になるやつだよね!?」

「俺ソファで寝る」

 後ろから撃たれた。

「イェルム、ソファも追加だ。ホェイワーズで」

「二人掛けですね。了解いたしました。部屋に合う良い色のものを選別いたしましょう。緑系ですね。フェナ様、すべて卸していただけるなら、一体の方からベッドとソファの毛皮をとってもよろしいでしょうか? 一枚毛皮で残しておきたいもので」

「構わない」

 バルに救いを求めようと思ったが、虚しい努力だ。

 バルもフェナ一味の人間なのだから。

 ニコニコとこちらのやり取りを眺めている。

「毛皮の代金などは、神殿で済ませましょうか。シーナさんが現金を持ってウロウロするのはあまり好ましくはありませんから」

「それならシーナからの依頼費もあるから、明日三の鐘に神殿だ」

「承知いたしました。ビェルスクさん、支払い後、毛皮を受け取りに参りますね」

「わかった。準備しておく。フェナ様、シーナ、魔石の買い取りはこちらでいいか? シーナは依頼完了のサインも貰うからイェルムと一緒に支払い後は冒険者ギルドへ来てくれ。魔石の代金もそのときだ」

 大人たちがシーナの訴えを無視して話を進めていく。

 客間はいらないかもなんて思っていたが、もはや客間はなくなった。

「お屋敷すぐ近くのくせにぃ!」

「キャスリーンなんかがきたときの逃げ場はいくつあってもいい。私がいないときは誰か泊めてもいいよ」

 バッティングしたら先客が追い出される未来しか見えなかった。

 







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