97.組み紐の髪飾り

 食事を終え、食器を厨房へ持って行こうかと話しているところへ、再びヤハトがやってきた。

「フェナ様が呼んでる……目が赤い」

「いやぁ、ご飯もらったらホッとしちゃって」

 途端に目の周りを水が覆う。

「なになななぁ!?」

 すぐに終わったがなんだか気持ち悪い。

「少しマシになったか? フェナ様がまた、怒るか、心配するか。たぶん、怒る」

 目の充血を解消してくれたようだが、鏡がないのでわからない。

「普通は泣きわめいてるだろ。領主の嫁さんといい、シーナといい、普通じゃない。お姫様の方が普通の反応」

 それは確かだ。

 まあ原因はわかっている。

「ここは現実味が薄いからね」

 限りなくリアルで、でもどこかで自分の現実と乖離していることを認識している。

「それはどういった?」

 アルバートが怪訝な顔をする。

 手触りも匂いも、寒さ暑さも何もかも、体中の感覚はこれが現実だと訴えている。その一方で、ここはシーナの今なのか? と訴え続ける。本当にそこにあるのか、と。

「全てのとは言わないけど、ある程度の数の落とし子ドゥーモは同じことを考えていると思うよ」

 詳しく説明してもこればかりはわかってもらえるとは思っていない。

 まだ言い募ろうとしているアルバートだったが、呼ばれた場所についてしまったので、口を閉じることを選んだ。


 その場はたくさんの人で埋め尽くされていた。王女も青い顔をしながら座っている。

「ああシーナ。辛いところを悪いね」

 なんと答えていいかわからず首を振る。辛いのは間違いなく領主の方なのだから。

「君からも確認を取りたくてね。ガガゼの角がなぜわかった?」

 思い出してみれば、会場に似つかわない大きな声でシーナの発した言葉から始まっている。

 シーナはちらりと床に身を投げうち震えている男を見た。

 右腕の衣類は破れてなくなっており、さらにその右手はズタズタに引き裂かれている。痛々しいが、フェナは治す気がない。

「春先、お店で使うお香を買いに行ったところ、懐かしい香りに出会いました。私の故郷のワンシーンの香りです。それがガガゼの角の香りだということ、教えていただきました」

「ふむ、なぜそれでフェナ様に警告を?」

「そのとき、取り扱いに許可が必要で、火に近づけると爆発すると聞きました」

 さらに言えば彼が要警戒の人物だったからとは、ここでは言いにくい。

「エドワール様! そのような平民のメイドの話を信じるというのですか? いや、それこそガガゼの角の危険性を知っていたならそのメイドが何らかの方法で爆発させたのでしょう」

「黙りなさい、ワイガナード」

 エドワールがピシャリと言い捨てる。

「彼女は会場の準備などしていないのだよ。テーブルの上のフォーク一つすら触っていない」

 会場に貴族が揃ってからひょっこり現れたのメイドに子爵たちは気づいていた。わざわざをつけているので結婚式を見たいと言った高貴な位の子どもが我が儘を言って潜り込んでいるのだろうと思われていたらしい。

 貴族が勢揃いしている前で口を尖らせないように耐えて耐えてしているのを見て、フェナが声を抑えて笑ってる。

 シーナの葛藤に気づいてるアルバートが、気遣わしげに見ている。

「ありがとうシーナ。君のその警告が、フェナ様の対応を一瞬早めた。フェナ様クラスの精霊使いの一瞬は、多くの命を救う一瞬だ。君のその警告で、たくさんの、危機に対抗できない命が助かった」

 頭を下げることのない領主がシーナへ真っ直ぐと礼をした。

「いえ、あの、やめてください、領主様。頭を上げてください!」

 シーナの言葉にエドワールはゆっくりと顔を上げ、鋭い視線とともに言葉を発した。


「さてシーナ、君はマリーアンヌの髪飾りに何をした?」


 ん????? と頭の中が疑問符で一杯になる。

 マリーアンヌはニコニコと微笑んで先程からエドワールの横に立っている。ずっと笑っているから何かいいことでもあったのかなと気になってはいた。

「何? 髪飾りですか? 糸をたくさんもらったので可愛くしようかと……」

「可愛く?」

「はい。あ、ちょうどお団子のあたりのあみあみになってるところは、私の故郷の亀という長寿を象徴する生き物の名前から、亀の子結びとか、亀甲結びって言ったりもします。お目出度いかなぁと」

「め、目出度いのはシーナの頭だから」

 我慢できなくなったフェナが大笑いを初めて、エドワールは困ったようにそちらを見ている。

「シーナ、糸は本当に私の渡した糸を使っただけ?」

 マリーアンヌがくるりと後ろを向いてシーナへ髪飾りが見えるようにする。

 ああ……キラッキラしている……。

 一瞬見せてしまった、うわぁ~という顔がみんなにどうとられたのかわからないが、慌てて顔を引き締めた。

「えー、石も何もつけていないので、せめて光に反射してほしいなと思って光の精霊用の糸をところどころ編み込みました」

 髪飾りに精霊がもりもりついている。なんかしたぞこいつ。

「それ以外の組み紐トゥトゥガ用の糸は使っていないのか?」

「はい。光の糸だけです」

 答えて、答えを導き出した。

「ああああ……あの白い光……」

 呟きをエドワールが拾う。

「そう、それしか考えられないのだ。副団長の凶刃から、王女殿下をかばったマリーアンヌを守り、魔物の召喚陣を消し、侵入者の自爆の魔導具を破壊したあの白い光の出どころ」

 とんでもないことをやらかしている……。

 これは、まずい。

「まあとにかく、みんな無事で良かったです」

 にっこり笑って誤魔化して、誤魔化されて、くれるわけがない。

 笑顔で凄んでくる基本顔面偏差値の高い貴族たちに囲まれて、再び冷や汗が出てきた。


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