96.事後処理

 被害者はかなりの数に登った。下手に防御系魔導具をしていたがため、最初のフェナの引き寄せに乗ることのできなかったものが、自身の魔導具の防御回数を超えて魔物にやられていた。

 しかし一番被害の多かったのは騎士団だ。

 白い光が消え、魔物の召喚陣も消えた。突然の敵の消失にフェナですら呆然としているところに、ヤハトの声が入ってきたのだ。

「外の魔物は始末した! 騎士団が相打ちしてるけど、全部留めさす?」

 彼の言葉を理解するのに、皆、かなりの時間を要した。

 しかし、領主の護衛に己の剣を突き立てたまま死亡している騎士団員や、王女の前で剣を構えたままの姿で死亡している副団長の姿で、段々と状況を把握しだしたエドワールの号令により、生き残った護衛たちや、駆けつけた【青の疾風】と【暴君】によってとりあえず騎士団員を全員縛り上げた。虫の息だった騎士団長は面倒臭そうなフェナにより、回復させられた。

 覆面の者はそれを剥ぎ取られたが、その殆どが顔が判別できぬほど傷付けられていた。最初から決死隊だったのだろう。本来爆死するような魔導具を身に着けていたらしいが、そのどれもが破壊されていた。

 そして、シーナとアルバートは今、フェナの前に二人で冷や汗を流しながら立っている。

「大変申し訳無い」

「いや、フェナ様これは違うから!」

「いや、傷をつけたことには変わりない」

「あの白い光が溢れたとき被ってくれて服の装飾でぴって、ぴって傷つけちゃっただけだし!」

「私の命をもってして償いますので、領主様の命だけは!」

「おかしいって!!」

 フェナはどこから持ってきたのか一人掛けのソファに、気だるそうに肘をついて座っていた。

「どんな罰でも受ける覚悟です。領主様の命だけはお許しください」

「どんな罰でもねぇ」

「シーナを傷つけた責任は取ります」

「顔の傷だもんなぁ」

 これは、全然怒ってないやつだ。怒ってるときのフェナの圧は知っている。まともに立っていられくないくらい恐ろしいのだ。真面目なアルバートをからかっているやつだ!

「フェナ様! もう大丈夫ですから。この程度の顔の傷くらい、これだけの修羅場をくぐり抜けた戦友ですよ!」

「戦友って、お前は女の子だろう」

「いや、もうそーゆうの関係ない年だし」

 はぁと大きな溜息をついて、フェナは指をクイクイと動かしシーナを呼び寄せた。

 手が頬に触れると、ヒリヒリしていた痛みが消える。

「もう少し自分を大事にしなさい」

「十分すぎるほど守ってもらってると思いますが?」

 はぁ、とまた溜息をつかれた。

「フェナ様! 領主が呼んでるよ」

 三人は会場から離れた部屋にいたのだが、ヤハトが呼びに来たので、すいっと立ち上がり部屋を出ていく。

 シーナやアルバートはわりとボロボロになっているのだが、フェナは全くいつも通りで、あれだけ激しく精霊を振るっていたのに、その跡を残していない。

「シーナ、本当に……」

「ストップ! もういいですって! ほら、フェナ様が傷も直してくれました。あれ、完全にからかっていると言うか憂さ晴らしと言うか、怒ってないですよ?」

「だが……」

「アルバートさんが側にいてくれて本当に心強かったんですから、お互いの無事を喜びましょう」

 領主の護衛にも多大な被害が出ていると聞いている。本当に無事で良かった。

 と、廊下が騒がしくなり、扉がガンと開けられた。

「おう、お前がシーナを傷つけた野郎か!?」

「ダーバルクさん……なんですか突然。貴族様ですよ、言葉遣い!」

「女の一人も守れんヘナチョコ野郎を見に来たんだよ!」

 せっかく少し前向きにしていたのに、またアルバートが落ち込んでしまう。

「庇って守ってくれた上での傷ですよ! それもフェナ様がきれいに消してくれました! ほら、たくさんやることあるでしょう! もうさっさと行ってください」

 無理やりグイグイと背中を押して追い出す。

 おいこら! などと喚いていたが知らない。推しの一大事なのだ。

 やることがたくさんあるのは本当らしく、外に押し出されたらあとはぶつくさいいながら去っていく。

 モヒカンAことザーズが頭を下げる。

「すみません、兄貴の無礼をお許しください」

「いや、言われていることは本当のことで……」

「兄貴、実はシーナと同じくらいの娘がいるんです。なかなか合わせてもらえないんで、シーナと重ねてるんだと思います」

「えっ!? 結婚してたの!?」

「いや、正式にはしてない。冒険稼業が楽しくて、色々ころっと忘れたりすっぽかしたりする人で、子どもがその、いつの間にか産まれてたってやつです。母親がとんでもなく怒っちまいまして」

 たまに街に寄るが母親の目が黒いうちは合わせてもらえそうにないらしい。いつも金を置いて立ち去ることになるそうだ。それでもこっそり遠くから見ている。

「えー、二十歳越えてる娘がいるのかぁ」

「十二だよ」

「はぁ!? 私倍以上違うんだけどぉ!?」

 怒り出したシーナにごめんごめんと、ザーズも部屋から逃げ出した。

「私、そんなに子どもに見えるの……」

「若く見えるということだろう」

 今度はアルバートが、慰める側に回る。

「だからってひとまわりも違う子どもと……だいたい、その娘扱いと酒呑んでるのどーゆうことなの……」

 納得がいかない。

 と、またもや部屋の扉がノックされた。はーいと返事をすると、ザッカスが顔を覗かせた。

「よぉ、どうだ? 腹の具合は?」

 そう言われると急にお腹が空いてくる。

 彼はそのまま部屋に入ってくる。両手には盆を持っていた。

「ほら、とりあえずありあわせだがこれでも食っとけ。まだまだ開放されないだろう」

「ありがとうございます! 厨房の方は大丈夫でした?」

「おう、二匹ほど魔物が迷い込んだが、あれくらいなら身体強化でぶん殴ればあっという間よ」

 あの筋肉はやはり伊達ではないのだ。

「まあ元気そうで良かった」

 狭い部屋だ、とりあえず話せるところをと、近場の一室を勝手に借りたのだが、このまま使わせてもらう。

 テーブルに料理を並べると、ザッカスは忙しそうに出ていった。

 椅子を持ってきて、食事の前に座る。お腹がとっても空いていた。温かいスープが沁みる。

 ホロリと涙が頬を伝った。

「シーナ……」

「や、大丈夫です。ほんと……生きてて良かったなと」

「……そうだね」





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