95.襲撃
イーデンゴート領主の息子ワイガナードはこれが風のシンボルですか、と風車を手に取った。
「フェナ様! ガガゼの角!」
背筋がざっと沸き立つ。なぜ気付いた? だが、もう遅い。少しだけだ。ほんの少しの量。燃してしまえば証拠は残らない。
ワイガナードは袖口からころり振り出したそれを手のひらに握り、風車を取り寄せようとしながら蝋燭の火にかざす。
爆風がワイガナードを襲う。右手は治癒術を受けなければ使い物にならないだろうが、あくまで自分は被害者だ。
治癒術の使い手は少ないが、シシリアドにはフェナがいる。治癒術の使い手としてトップレベルの。
この程度の犠牲はどうということはない。
このあと王女が退出し、シシリアドの失態を責め立てるだけだ。
あくまでワイガナードは負傷した被害者だ。
列席した者たちがワイガナードに駆け寄り、無事かと言葉を投げかける。
さあ! と心の中で叫ぶがそのときは来なかった。
ドオンと、重い爆発音が出入り口に響く。
怒号と叫び声が重なる。
「魔物だ!」
シーナの声を聞き、フェナはすぐさま立ち上がった。シーナの見つめる方向で上がる爆風。テーブルに座る者が吹き飛ばされ倒れる。事態を把握するよりも早く今度は外で爆発音とその振動が起こった。
刻々と変わる状況に、本能が警報を鳴らす。
これだけでは済まないと。
「風よ!」
ならば、非戦闘員をまとめる。防御系の魔導具をしていないものは全部風で攫って近くへ手繰り寄せる。背後を気にしなくていいように、席の者たちも一緒に部屋の隅を陣取る。
「ビェルスク! 任せるぞ」
叫んだと同時に入口で声がした。
「魔物だ!」
なぜここにと迷う暇はない。人はどれが良いか悪いか区別はつかない。だが、魔物は全て悪い。
認識した瞬間首を切り落とす。
会場内に血の匂いが溢れかえる。
「王女を避難させろ!」
誰かが叫ぶ。
入口には騎士団がぞろりと揃っていたはずだ。なのに初動が遅すぎるし、魔物は次々雪崩込んでくる。片っ端から始末していくのは簡単だが、魔物の召喚陣はいったいどこに広げられているのだ。
入口にいるはずの騎士団は何をしている?
魔物を倒しながらヤハトへ便りを飛ばす。気に食わないが青いのと【暴君】にも送った。
「ビェルスク! ズシェはいるか?」
「いや、いない!」
領主と、王女、ディーラベル領主もこちらに引き寄せたいが、彼らはもちろん防御系の魔導具をしていて反発される。こちらの攻撃ともとられかねない。
他の有象無象が死んでもなんとかなるが、ここは確実に守りきらねばならぬ。手が足りない。
悪い予感しかしない。
この場に自分がいることなどわかっているだろう。つまり、さらなる脅威が現れて当然なのだ。この程度でフェナは止められない。
再び爆発。使用人の出入り口だ。
爆炎と同時に複数の人影が現れる。真っ直ぐ王女たちの元へと走るが、煙の中から現れたのは覆面をした怪しい団体だ。騎士団のそれではない。
風の刃を足元へ滑らせる。もし味方だとしても風体が悪い。奴らの責任だ。
「シーナ!」
目の端に写った情景に叫ぶ。覆面が近づいている。
だが直ぐ側にいたアルバートが対応したのでそちらは問題なさそうだ。だいたい、シーナを呼び寄せられないのは、領主たちが与えた防御系魔導具のせいなのだから、命を賭して守りきってもらわねばならない。
シーナはフェナのおもちゃなのだ。
なのにシーナは、アルバートに領主の元へ行けと言い募っている。
「魔導具で反射しながらフェナ様のところに自分で行きますから」
と。
二人の会話はずっと盗み聞きしていたので、そういったやり取りも全部把握済みだ。
「アルバート! シーナを傷つけたら領主を殺す!」
精霊で声を響かせ伝えると、二人して目を見開いていたがこれでいい。
覆面の一人が部屋の中央近くまで来て何かを投げる。すると床に陣が広がる。
状況を把握するため宙に浮いていたフェナだからこそ見えたものだ。そばの領主たちは気付いていない。
「魔物の追加が来るぞ!」
すぐさまその覆面の首を落とすが、陣は展開しきっている。領主付きの騎士や精霊使いも善戦しているが、彼らも外に騎士団がいるので、会場内を物々しく護衛で埋めぬよう王女から言われていて、人数が足りない。
と、魔物の波に紛れながらもようやく黒衣をまとった王女の騎士団が現れた。誰も彼もが満身創痍で、外にも何かしらの混乱があったことが見て取れる。
「チッ」
彼らが魔物と一緒に動くことでまとめて風の刃を振るうわけにはいかなくなった。さすがに騎士団を後で治癒すればよいで一緒に切り刻むわけにはいかない。
騎士団は五人が真っ直ぐ王女のテーブルへ走る。他はあふれる魔物を抑えにかかっている。
会場内の血の匂いに、誰かが吐いた。どこぞの貴族だろう。
根性ナシがと苛立つ。
シーナとアルバートはジリジリとだがフェナたちの方へ進んでいる。よっぽどシーナの方が肝が座っている。アルバートと背中合わせにして、自分には魔導具があるからとりあえずの攻撃なら防げると、自分の足で立って歩いているのだから。
あの面白い娘を手放す気はない。
と、あたりが突然真っ白な光りに包まれた。
「殿下が第一だ! すまんなマリーアンヌ」
「いえ、殿下が第一です」
混乱に包まれた会場内は次々と目まぐるしく事態が動く。護衛たちがすぐに駆けつけてくれはしたものの、どの出入り口が安全を判断しきれない。外側からの誘導があったときすぐ動けるよう気持ちを保つのに精一杯だ。
荒事に慣れていない王女は今にも貧血で倒れてしまいそうな顔色をしている。
その点マリーアンヌは北の荒事大好きな兄たちに鍛えられている。魔物に出くわしたことも何度もある。多少落ち着いてはいた。
魔物はほとんどがフェナが始末してくれていた。
「騎士団は、騎士団はどうしたのですか」
魔物の召喚の陣から、生臭い煙も湧き出している。視界も悪い。
と、姫様と声がした。
黒衣は騎士団のものだ。
「ああ、マーヴェル! 団長は?」
事前に紹介された副騎士団長と、数人の部下だ。
「団長はあちらに。さあ、行きましょう!」
「待ちなさい! 先程から怪しい者たちも入ってきている。どの出口が安全かわからぬ」
エドワールが止めると、副団長のマーヴェルはキッと睨みつけてきた。
「この事態を引き起こしたのはシシリアドだろう! さあ殿下、外へ逃げましょう」
手を引かれて王女は戸惑いの目をエドワールたちに向けた。会場の外の安全を確信できないのだ。
ふっと、軽く息を吐き、一段声を低くする。
「殺れ」
マーヴェルの周りにいた黒衣の騎士たちが、次の瞬間領主の護衛たちの胸を貫く。
王女の隣に立っていたマリーアンヌは、彼女にも、マーヴェルの黒い剣が迫るのを見ていた。
「王女様!」
咄嗟のことだった。
兄たちに鍛えられた反射神経だ。
王女様が第一なのだ。必ず守られなければならない。
来たる衝撃に構えながら、マリーアンヌは王女の前に身をなげうって、…………光に包まれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます