94.披露宴
五日ほど前から街の出入りの制限が厳しくなった。その中で高貴な方が到着したと、物々しい警備が敷かれ、交通規制まで敷かれた。
たぶん、王族の姫君がやってきたのだろう。
シーナは約束通り領主屋敷のお仕着せを着させてもらい、お屋敷に待機だ。
本当は神殿の契約も見たかったが、どちらにせよ限られた者しか神殿内には入れないし、一人でウロウロするなんてもっての外だ。
ちなみにお姫様もお屋敷で待機だ。
警備が難しいし、マリーアンヌと領主が輿で移動するのに、更に高貴な姫君を徒歩でと言うわけにはいかない。かといって、輿をもう一つ増やすのは誰が主役だかわからない。
結果、待っていただくことになる。
そしてご機嫌取りのクッキーを出したが、初めての食感と味に驚きの声を漏らしていたらしい。
かなりの好感触だと厨房は沸き立っていた。
お食事会が、楽しみになってきた。
外がざわつき出し、主役の二人が帰還したことがわかる。
「さあ! 本番だぞ!!」
厨房は戦場となる。
「シーナはもういいだろ、向こう行ってろ。すぐアルバートが来るだろ」
「そうですね。皆さんがんばってください!」
「おう!! お前さんにも後で食べてもらうぞ」
「料理人の創意工夫が楽しみです」
神殿へ契約へ赴く間、屋敷内の警備が全部姫君に向けられるからと、一番安全であろう筋肉系料理人たちのもとで待機していた。
このあとはアルバートがついていてくれるらしい。至れり尽くせりである。
お客様は、第三王女、マリーアンヌの両親であるディラーベル領主夫妻、領主息子のヴィルヘルムも帰還している。あとは近隣の領主と、領地内の子爵、主役から一番遠い席に、この街のギルド長やら、豪商が招待され、さらにフェナがいた。
普段は後ろで無造作に一本に縛っている髪を綺麗に結い上げている。キラキラ光るゴールドの髪飾りと大ぶりの宝石。耳飾りも立派なものだった。紫の宝石がとてもきれいだ。ドレスは濃い青。精霊使いとして動き回っているせいか、体つきは割としっかりしているのだが、背があるのでスラッとして見える。袖が広がっているのは
領主夫妻や、王族の姫君、ディラーベル領主夫妻とのテーブルへ招待されたのを、そこに座るくらいなら出ないとごねたそうだ。
大広間は本当に広かった。先日の狩猟祭のときより広い。数年ごとに領内の貴族を全部集めることがあるらしいので、その時主に使われる場所とのことだった。
会場は白と青、そしてマリーアンヌのオレンジ色が差し色として使われており、とても素敵だ。シーナが提案した通り、小物や花飾りをマリーアンヌたちが考えたらしい。
この世界の結婚式では、各テーブルに四つの精霊のシンボルを置くという決まりがあるらしく、これがまた面白い。主催者の腕の見せどころだ。
基本皆火は蝋燭にする。蝋燭を水盆に浮かべ、花を浮かべることにより水と地を表現する。風が一番難しいしそうだ。何か良いものはないかと聞かれ、風車を教えておいた。水盆の中に、細いガラス製の花瓶を立てて風車が指してある。マリーアンヌが、風車を回してみせると、王女も同じように回して笑い合っていた。
光と闇は常に存在するものということで省略だ。
会場の隅の隅に立って、目立たぬよう会場入りする人々を見ていると、アルバートがそっと横にやってきた。
これは、やばい。
王子様が爆誕した。なんだこれは。正装。正装だ。騎士の正装。完全なる礼服。白ベースに金と赤の糸や小物が使われてて。スマホ。とうに電池の切れたスマホを復活して欲しい。激写祭りをしたい。コスプレレベルで、鼻血がでてしまう! スマホに電池があったら此度の報酬はアルバートの決めポーズ集でいいのに。
「お手数をかけます」
一言絞り出すのがやっとだった。
「いや、神殿との行き来さえ終われば、護衛は席のそばには立てないし、どこにいても変わりない」
そして扉の外には姫様の護衛がゴリゴリに詰めている。
付き人も基本食事会の会場へは入ることができない。
警備はかなり厳しいものと言えた。
領主より始まりの挨拶があり、料理が運ばれだす。前菜とサラダスープにパン、危うくシーナソースになるはずだった肉料理。肉料理のソースの反応はとても良かった。王女たちのテーブルの細かい内容までは聞き取れないが、近くのギルド長たちはソースが美味いと言ったあと、チラリとこちらを見ていた。商業ギルド長がニッコニコでこちらを見ている。ついでにフェナも見ていたが、ヤキニクソースは改良したものを分けてもらえそうなのでニッコリ笑い返しておいた。
お次は例のコロッケ。これは味も良かったのだろうが、それよりも見たことのない製法でサクサクザクザクな衣の食感に驚きのほうが勝っている。
ピーネソースもなんだか美味しそうだ。あとで食べさせてもらえるらしいから今から楽しみだ。
ギルド長たちは驚いているのに、フェナが眉一つ動かさずに食べているので、冒険ギルド長のビェルスクがフェナに、食べたことがあるのかと聞いていた。
「あるよ」
と、平然と返すフェナ。
だめだろう、そこは、さあねとはぐらかしてください。
もちろんギルド長たちはこちらをガン見してくるので視線をずらす。
そんなやり取りを見てアルバートが笑っていた。
視線をそらした先に、男性が一人歩いていた。
会場の左右の扉からはメイドたちが料理を運んだり、済んだ皿を運ぶようになっていた。人の出入りは基本一箇所。正面の騎士がゴリゴリに詰めている出入り口からだけだ。
すぐさまメイドの一人が側に寄る。
「お客様、どうされました?」
「いや、飲みすぎてしまってね」
おトイレだろう。
「あちらの扉からお願いします」
先導するメイドにすまないねと言って着いていった。
「彼が例のフェナ様が昔、名をあげだしたときにいらっしゃった領地の息子だ」
「ああ、例の……」
エドワールがここで一気に引き離したい相手だ。
「領主様はいらっしゃっているんですか?」
「もちろん。空席の左側の席の方だ。なんでも、息子もぜひとかなり無理を言ってきたらしいよ」
敵情視察なのだろうか?
胸中の思いは別として、食事会は始終和やかに進んでいった。王女の表情も明るい。
マリーアンヌの髪飾りはかなり目立っていた。他の女性たちは基本花飾りだ。リボンもある。しかし、組み紐で作った髪飾りをしているものはおらず、キラキラとたまに反射する緑の髪飾りはマリーアンヌの笑顔と同じように輝いていた。
しばらくすると南の領主の息子が帰ってきた。シーナとアルバートの前を通り過ぎるとき、ふわりと懐かしい香りがした。
蚊取り線香だ。
先ほどはなかったその香りに、妙な焦りを覚えた。ちなみに領主の息子は何事もなかったように席に座る。特に変わった様子はない。
「どうした?」
「あの、香りが……」
ふわりと香った、蚊取り線香の匂い。
その材料は……
「フェナ様! ガガゼの角!」
シーナの言葉にフェナが席を立つのと、南の領主の息子のテーブルで爆発が起きるのが同時だった。
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