93.お土産

 並んだグラスを高く掲げて、みんなで打ち付ける。

「かんぱーい」

「酒ウメェ」

「飯もウメェ」

「みんなウメェ」

 お香を買いにお使いに出たところ、久しぶりに【暴君】たちに会った。ダンジョンから帰ってきて報告したところだったらしい。何やら面白いアイテムの買い取りなんかも済ませてかなり懐が潤う予定らしく、夕飯に誘われた。予定というのは、量も多く高額になるとのことで現在査定待ちらしい。

「五月からだから、丸々二ヶ月ですね。ダンジョンって二ヶ月も入ったきりでいられるんですね」

「割と食べられる魔物が多かったからかな。あと、魔物の出ない階の頻度が高かったのもよかった」

 何度聞いてもダンジョンは謎。

「一番深いのが十五階でしたっけ?」

「それがよ、よし、お前ら! すぐにギルドから発表があるから真偽の程は確かめればいい! シシリアド北西にあるダンジョン【十五階】は、成長型ダンジョンだった! 今回二十階まで確認してきたぞ!」

 突然立ち上がったダーバルクが、よく響く声であたりに宣言した。

 一瞬の沈黙の後、おおおおおと、皆の雄叫びが店にこだまする。そこからは周囲のすべてのテーブルで、ダンジョン【十五階】の話題となった。勇気あるものは話を聞かせてくれとこちらへ近づいて来たが、追いやられたり、モヒカンABCが各テーブルへ派遣された。

 ちなみに、踏破者が仮でついていたダンジョンの名前を正式に決められるらしく、面倒くさがったフェナが、なんとも間抜けな名前をつけたそうだ。

「成長型って、どんどん深くなるってことですか?」

「ああ、珍しいがたまにある。成長型は新しい物を発見できることが多いから、シシリアドはまた賑やかになるぞ」

「良いことですか?」

「阿呆を上手く取り締まれれば、良いことだな。街が活気づく」

 人が入ってくれば経済が回る。しかもダンジョン産の物も収入となる。

「活気づくといえば、領主様が結婚するんだろ? そのことでも、しばらくここは賑わうな。結婚式前後は人の出入りが制限されるだろうし、俺等もまた家を借りて少しゆっくりする。そうだ、シーナ。索敵の耳飾りを売ってくれ」

「お店に在庫があるから、お家が決まってから買いに来てください」

「おう、そうしよう」

 上機嫌でダーバルクは立ち上がる。

「親父、全員にエールを配れ!」

「【暴君】! 羽振りがいいねえ!」

「ごちそうさん!」

 すっかり『火の精霊の竈』の常連になったダーバルクは、店主に金貨を投げた。

 最初の頃はビクついていたが、名前ほど理不尽なことはしないし、ダーバルクがいれば他の冒険者も悪さをしにくいと、いい関係を保っているらしい。

 実際酒に酔いはするが変な絡み方はしない。良く飲み良く食べる、いい客だ。

「ああ、そうだ。これがお前への土産だ。なかなかいい素材だぞ。あとでお師匠さんに聞いてみろ」

 テーブルの上に置かれたのは黄色の石だった。

「糸の素材ですか?」

「土だと聞いた。ナンターの玉子石だ。わりと珍しいものだから、これ使って早く俺の組み紐トゥトゥガを編めるようになれよ」

「まだ三色の色寄せがやっとなんですよ〜」

 二色なら実践で使えるくらいのものを作れるようになってきた。

「珍しいものなら買取金額も高いんじゃないですか?」

「シーナが出がけにくれた携帯食がずいぶん美味かったみたいでな。あいつらともなんか土産にしてやろうって、話し合った結果だ。とっとけ。砂糖も使ってあったろ」

 クッキーのことだ。

「ありがとうございます」


 八の鐘より前に店を出て送ってもらった。ダーバルクたちは今夜は宿をとっているらしい。

「まあ、兄貴は宿には帰らないだろうけどな!」

「子どもの前でそんな話するな!」

 モヒカンBことヤルグがげんこつを喰らう。

 どこの世にこんなに呑む子どもがいるかと。

「まあ、花街も大概にしておいたほうがいいですよ。せっかく最近【暴君】のイメージも改善しているのに」

 パーティ名だけ一人歩きしていたが、シシリアドでそう悪さをするわけてもなく、酒をよく飲み酒場に入り浸ってはいるが、誰彼構わず喧嘩をすることもない。

 金を落とす冒険者は街の宝なのである。

「お、おう。シーナはどうなんだ? 誰かイイ男てでもいないのか?」

「今の状況で言い寄ってきたら金目当てだし、シシリアドの人間でそんなこと言ってくる人はいないでしょう。フェナ様のことがあるし」

「お前も辛いなぁ」

「でも、推しメンができました!」

「おしめ?」

「個人的に応援したい人です」

「へぇ、ヤハトか?」

「ヤハトも確かに個人的に応援してますけどね。頑張り屋さんだし、お利口さんだし、フェナ様の弟子というとんでもなく面倒な立ち位置! けど推しメンとは別です。推しメンは内緒です」

 四人は頭の上にハテナマークを乗せていた。

「好きな相手、ではないのか?」

「好きな相手なんて、失礼です! 推し活は、推しの幸せを願って陰から見ているだけなんです」

「よくわからん……シーナの故郷の風習か? 単語もわからんが……まあ頑張れ」


 店につくと、彼らは元の道を引き返して行った。うむ、花街だな。

 宿屋は大通りに面しているが、そこから少し入っていったところにガッツリあるとアンジーから聞いている。

 部屋に戻り、ガラに玉子石を見せに行くと、かなり驚いていた。

「やだほんとに? かなり高価よ? シーナにこれをぽいとあげられるほど稼いだってことよね? この大きさなら売値は大金貨くらいよ。供給の量にもよるけれど」

「ええ!?」

 それは、貰い過ぎだろう。

「シーナ、プロポーズでもされてるの?」

「それはないですね。今宵も花街へ行くそうです。……仕方ありませんね、索敵の耳飾りを買いに来るらしいのでそれでお礼としましょう」

「え、別にいいじゃない。貢がれたなら貢がれておきなさいよ」

 貢がれるとは。

「ダンジョンに行く前に渡したクッキーのお礼だそうですけど」

「……あなた、その、物をポイポイ渡すの気をつけなさいよ。勘違いする男が出てくるわよ」

「えー、お礼って言って渡してるんですけどね。まあ、ダーバルクさんは完全にそういうのはないですね。花街の話をしたら、子どもの前でそんな話をするなって怒ってましたから。私完全に子ども扱いです。その子どもと酒飲んでるんですけどね」

 とにかく気をつけろとかなり太い釘を刺されたのである。


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