92.キラキラの正体

 時間を掛けて飲んだつもりだが、量が量なので、午前中はおふとんとお友だちになった。

「お、おはようございます……」

 よれよれになって食堂へ向うと、昼食の準備の真っ最中だった。

「シーナ大丈夫?」

「うう、大人には断れないお酒があるんだよ……しかもペースが早い、あのおばちゃん」

 椅子に座るとシアが紅茶を入れてくれた。

 しばらくぐでっと机の前でグダグダしていた。本当は、ベッドか、フェナの魔力の鍛錬をする部屋のクッションに埋もれていたい。

 しかし、人様の家でそれは流石に駄目だなと踏み切れていない。

「ソニアさんが、何か食べる? って」

「今は水分取ってますので……」

 分解は早いはず。ほんとに、ペースと量が、昨日は化け物過ぎた。あれは、母より飲む人だ。

「みんなは何してるの?」

「ヤハトさんは、フェナ様と鍛錬。バルさんは用事があるってお出かけ。でももうすぐお昼だからみんな食堂に来るよ?」

 シアの言葉が終わらないうちにフェナとヤハトが来た。

「シーナ飲み過ぎ」

「じゃあヤハトがあの席変わってよ……」

「無理〜ネーストリアのばはあはこのシシリアド一の底なし呑兵衛だから、隣りに座ったらアウト」

「そんなの聞いてない……」

 空いていた席に座っただけなのに。

 いや、だから空いていたのか。

「あのおばちゃま強すぎぃ〜何者……」

「製糸ギルドのギルド長だよ。シーナ、午後は少し話がある」

「はい。キラキラのお話ですよね。なんとなくわかってますけど」

 お昼はまたお茶だけもらって終わりにした。


 部屋から形見分けの箱を持ってくるように言われた。

 フェナがクッションまみれになる部屋である。ここは土足厳禁で、正直開放感がすごくて好きなのだ。

 フェナと二人でお話は、ちょっと緊張する。

「まずその箱」

 すっとフェナに差し出すと、蓋を開けてため息をついた。

「どうしてこれにしたの?」

「えーと、昨日はキラキラが溢れてて、こぼれてて、すごく綺麗だったからです」

 今日は普通に薄紫のつるりとした楕円形の石が大小並んでいた。

「今は?」

「紫の石が見えます」

 しばしの沈黙。フェナはいつも長い髪の毛を色々と形を変えて結っている。髪留めも綺麗な石だったり金属を加工したものだったりいろいろだ。マリーアンヌに渡したような組み紐を編み込んだら綺麗だなぁと思う。結婚式が終わって許可が出たら渡してみよう。

 シーナのそんな考えをよそに、フェナは石の上に手をかざして考え込んだままだ。

「まず、これは流れ石ではない」

 ようやく話しだしたフェナの言葉に目を瞬く。

「姉弟子やギルドの職員さんは流れ石だと」

「まあ、わからないだろうな。流れ石は、川の下流で見つかる。長い間をかけて上流から流れてきた石に、たまに精霊が宿ることがあるんだ。それが流れ石と言われている。だがこれは、流れ星だ」

「星!?」

 フェナが、天を指す。

「星は精霊の塊だ。光の精霊が集まったもの。それがたまに弾けて落ちてくるとこんな石のようになる。とても良く似ているが、宿っている精霊の種類と量が全く違う。ギルドの職員がわからなくでも仕方ない」

 ほー、との感想しか出てこないシーナに、フェナはまたため息をついた。

「これは私が銀の目を持ち、魔力が見え、精霊の残滓を見ることが出来るからわかることだ。だが、シーナは銀の目は持っていない。……落とし子ドゥーモだからか?」

「さあ?」

「これまでに精霊を見ていたのか?」

「んー、わからないですけど、昨日、ベラージ翁のご遺体が光りすぎてて光しか見えなかったし、フェナ様が分枝ぶんしを振るうたびに、ベラージ翁のご遺体のキラキラが分枝ぶんしにうつっていって、最後は天に昇っていきました。あと、今は流れ星はキラキラしてませんね」

「夜だから? いや、儀式に触発されたか、分枝ぶんしの影響か」

「夜あまり出歩かないのでそこはわからないですけど、儀式を始める前からベラージ翁はキラキラしてたので、どちらかと言うと分枝ぶんしですかね?」

「検討する必要があるなぁ……シーナは大祭に行くつもりなんだろう?」

「はい! 行って我が友に会うのです」

「米の落とし子ドゥーモだな」

「はい! お喋りたくさんしたいです」

「世界樹様の近くまで行くから、分枝ぶんしが原因なら必ずなにかあるはずだ。視線には注意しなさい」

「視えることは悪いことですか?」

「研究対象になりたいなら止めない」

「なりたくないです……私は平和に生きたい」

 お仕事して、美味しいもの食べて、お喋りして過ごしたい。

 この世界のことには興味はあるが、危険を犯してまでは飛び込みたくない。

「ならば慎重に」

「はぁい」

 ところで、とフェナが、続ける。

「揚げ餃子はなかなか面白かった。冷めてないものが食べてみたい」

「実はあれ、中身を変えたほうがいいですけど、焼き餃子と水餃子もあります」

「調子が悪そうだ。もう一泊していきなさい」

 にっこり微笑むフェナには逆らえない。

「はぁい……」

 ソニアに指導しなければ。しかし、焼きならば流石にひだを作らなければ。

「ヤハトも借りていいですか?」

「構わない。存分に使ってやりなさい。……アレも、今までは冒険者としての活動しかしてこなかった。最近はずいぶんと楽しそうだ。料理で精霊を使うことにより、魔力の動かし方が丁寧になったような気がする。十五からずっと冒険者一筋だった。その前はあまり面白い環境ではなかったようだし、遊んでやってくれ」

 少しだけ微笑んで言うフェナに、シーナは頷いた。

「そうそう、ガラにその流れ星は、少し分けてやれ。かなり貴重なものだ。ガラにだけ話しなさい。使い方も教えてくれるだろう」



 

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