91.形見分け

 揚げ餃子は、良い酒のお供だった。

 シーナが酒豪だという話になっているようで、いつの間にか席替えがされていて、隣りに座ったおば様がこちらのグラスが空くとすぐさま次を注いでくる。なのでシーナもお礼にあちらのグラスが空いたところですぐさま満タンにして差し上げた。

 先日の酒より良い酒なのでちょっと嬉しい。

 基本ギルド長がいるので、この人もギルド長だろうなと思うが、あえて聞かない。

「今回の料理の一番はガラのとこのだなぁ。酒に合う」

 組み紐ギルド長のガングルムがいうと、冒険ギルド長のビェルスクも頷いた。

「断トツだったな。あっという間に皿が空になってたぞ。先に取り分けておいてよかった」

「ぜひ作り方を聞きたいですね。初めての料理ですよ」

 イェルムの言葉に皆がこちらを向いた。

 無視である。

 部屋に入ってからもう一時間ほど経っただろうか。外の騒がしさは一段落してきている。部屋の中と違って酒は出ないので、有志が追悼を理由にこのあと酒場で飲むらしい。

 お隣のペースに乗せられてシーナも少し飲み過ぎている自覚がある。少しゆっくりにしたいのだが、まだ入っているのになみなみと注いでくれるのだ。

 それにもう腹がいっぱいだ。

 振る舞いの料理はつまめるものもあるが、つまむと手が汚れるもののほうが多かった。

 ここではお皿があったので助かった。

「さて、それじゃあそろそろ形見分けの時間だな。シーナ、お前も来い!」

「あ、はい」

「また飲むからグラスはそのままにしとけよ!」

「待っているからグラスはちゃんと置いておくわね」

 にこやかにシーナを見て言うお隣のオバサマ。

 変なのにロックオンされている。


 ガングルムに続いて外に出ると、食べ散らかした後の撤収作業の真っ最中だった。ガラのテーブルはとっくにきれいになっていたようで、兄姉弟子もテーブル周りで談笑していた。

「各テーブルの代表だけ集まってくれ! それ以外は片付けを」

 とてもいい笑顔のガラがいる。

 あれは、現金なときの顔だ。

「それで、一番はガラのとこでいいんだな?」

「誰も文句はつけないかと」

 満足そうに言うガラ。

「よし、じゃあガラとその弟子たちから、行け」

 きゃー! おおお!! と、兄姉弟子たちが浮かれに浮かれまくって、この広場の片隅にある家へ吸い込まれて行く。ボケっとしてるとギムルが慌ててシーナを引っ張りに帰ってきた。

「ほらはやく、今回の一番はほとんどお前のおかげだからな」

 また何のことだかわからないのだがとりあえずついて行った。

 家の中には組み紐ギルドで見た職員が待っていた。

「こちらとこちらの部屋になります。一人一つです」

「早い者勝ちよ! これに上下は関係ないとここに宣言します」

 ガラの言葉に、兄姉弟子たちは沸き立ち、蜘蛛の子を散らすように二つの部屋に入っていった。

「シーナさんは?」

「へ?」

「形見分けはいらないのですか?」

「形見分け……」

 自動翻訳が仕事をしているのでそのままの意味でいいのだとは思うが、それでも戸惑う。

「……ガラが説明してませんね?」

 やれやれと、彼女は首を左右に振った。

「雫葬をするようなお年の方がなくなると、その人のもともとの職業だったり、関わりのあった者たちに、形見分けがされるんです。しかも今回のベラージ翁は縁者もない組み紐トゥトゥガ師でした。必然的に組み紐トゥトゥガ師に形見分けがされます。ただ、誰もがというわけにいきませんし、そこでこの振る舞い料理や、葬儀への寄付で順位をつけ、上位三店舗にその権利が与えられるのです」

 ベラージは長年組み紐トゥトゥガ師としてやってきたから、貴重な素材もたくさん溜め込んでいるだろうとのことだ。

 それは、ガラたちが喜ぶはずだ。

「さ、シーナさんもお宝発掘してきてください」

 部屋の中へ入ると、引き出しを漁ってしっちゃかめっちゃかにしているかと思いきや、四、五人が一つの箱を開けて、わぁとか、はぁとかうっとりしているなんとも不思議な光景だった。

 それもそのはず。齢百歳。自分の状態はしっかりと分かっている。形見分けがなされることも把握しているのだ。死んだあと欲しがるだろうお宝を、きれいに見やすく並べておいてくれていた。

「私は、このシャフランの糸にする」

 姉弟子がウットリとそれの入った箱を手に取り抱きしめた。

 シャフランの糸とやらはキラキラ光っている。

 普段はこんなふうに見えやしないのに、今夜はなんだか変だ。フェナの儀式のせいだろうか?

 ふと、部屋のテーブルの下に積み重ねた箱から、光が溢れだしているのに気づいた。取り出しにくいが、上の物を順番に取り除いてやっと引っ張り出す。蓋を開けるときらきらがいっぱいでまた、本体が見えない。

「これってなんですか?」

「あらいいじゃない? 流れ石でしょう。大きいのから小さいのまで。箱に入ってたんだからこれ一つで貰えるわよ。流れ石は、魔力の回転を早めるものよ。砕いて素材として使うこともある。他のでも代用できると言うか、代用品が安いから普通そちらを使うけど、風の糸を作るときに、糸を浸けたあと、自分のにだけ砕いたものを入れてもいいのよ。あなたはフェナ様の糸を作るんだから、持っていて損はないものよ」

 姉弟子の丁寧な説明に礼を言って、シーナは部屋を出る。

「早いですね、それに決めたんですか?」

「石が大小入っているんですが、この箱丸ごととかでもいいんですか?」

「構いませんよ、そのくらいの小さい箱なら。一応中身を見せてもらってもいいですか?」

 蓋を開けると、またキラキラがこぼれた。

「流れ石ですね。了解しました。もうギルドの方へ戻ってもらっても構いませんよ?」

 お言葉に甘えて、ギルドへ戻る。

 扉を開けた途端、フェナが、シーナの抱えた箱を見て目を細めた。

「おかえりなさいシーナ。さあ、また飲みましょう」

 なみなみのグラスを渡されれば空けるしかない。

「ほんといい飲みっぷり。男どもはすぐ潰れるからねぇ、こんなふうに飲めるのは楽しいわぁ」

「今日はシーナがネーストリアの相手をしてくれるから助かるなぁ」

 ビェルスクがわらう。

「ヤハト、潰れたらお屋敷に泊めて」

「バルに担いでいってもらうから任せとけ!」

 なるべくゆっくり、そう意識してはいたが、七本目の瓶が空いたあたりでさすがの限界ギブアップとなった。

 自分の足で歩いてフェナの屋敷まで行ったことは褒めてもらいたい。




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