70.生活向上委員会

 春になり、人の行き来が再開した。

 そして、索敵の耳飾りの見本が各地に渡ったことにより、収入が激増、いや、爆増した。


「というわけで今日はお茶を買いに行きますっ!」

「贅沢者」

「もうお水生活飽きたんだよぉ〜」

 海が近いが山も近い。山から降りてくる水でシシリアドは潤っている。なので一般市民は基本水を飲む。フルーツは食べるが、ジュースに加工などはもってのほか。お茶は嗜好品の中でもかなり上のランクだ。酒場のエールの方が安い。

「ただの水なんて、普通飲まないんだよ〜カフェインとりたくないとかで、お茶より水を選んだりはあるけど、選んで水を買ってるだけ。コーヒー紅茶は当たり前。お茶の種類も多種多様な世界が普通だった私は辛い!」

「あなたの言葉の中でわかったのが水と紅茶くらいだったわ」

 アンジーが呆れたように言う。

 そう、紅茶がある世界なのだ。フェナの家でも出されたことがある。なのでまず紅茶を一日一杯くらいゆったり飲みたい!

「私がついて行ってもなんの役にもたたない気がするんだけど? フェナ様にお願いしたほうがよくない?」

「だってフェナ様、依頼受けて行っちゃったんだもん」

 冬が明けてからのフェナは忙しかった。強い魔物からの素材採取や、ギルドからの緊急依頼。わりとひっきりなしに入ってくるようで、屋敷に呼び出されることもない。

 ヤハトがいないと米も炊けないので、家に帰ってきて時間があったらこの分量だけ精米しておいてくれと伝言してあるが、疲れて帰ってきた者に鞭打ってるようで、少し気が引ける。

「冒険者はそれで暮らしてるからね。普通に宿屋に泊まるようなタイプなら、宿代と食事ができればあとは装備のために金貯めるぞタイプは多いけど、フェナ様はあの大きな屋敷の維持もあるからね。稼ぐに越したことはないんじゃない? 組み紐トゥトゥガ代も六色ならかなりかかるでしょ」

 二色で金貨一枚。三色は金貨三枚。四色は金貨五枚で、五色から跳ね上がり金貨九枚。滅多にいないがフェナのような六色持ちの組み紐トゥトゥガは、かなり完璧に近く作ると十二、三枚はかかる。ガラがフェナのものを作ったときはさらにもう一枚、十四枚渡されていた。それだけガラの色寄せが完璧なんだそうだ。

 駆け出しの精霊使いが金貨なぞ払えるわけもなく、その時だけだが神殿が金を貸してくれる。冒険者ギルドと繋がっていて、依頼の報告などのたびに少しずつ神殿に返していくそうだ。

 四色持ちが初めから四色の組み紐トゥトゥガを持つこともあまりないらしい。戦闘に使い勝手の良い火と風を得意なものと合わせて、最初は二色くらいから始めてだんだんと色を増やしていく。

 ヤハトも初めは二色の組み紐トゥトゥガからだったと聞いた。

「ま、シシリアドで金に糸目をつけずお茶を買うならあそこよ」

 話をしながら移動していたシーナたちは、ギルド広場を越えて、海の方へ少し行ったところにある大きな店にやってきた。

 扉をゆっくり開けると、お茶の香りに包まれる。

「これはこれはシーナ様、いらっしゃいませ」

 店主がシーナの姿を認めると、ゆっくりとこちらへ向かってくる。店内には数組の客がいた。一等地であるはずの店だが広く、壁一面に瓶に詰まった茶葉が並んでいた。

 店内は照明を落とし、陽の光を避けていた。

「自分用のお茶をお探しですか?」

 ガラもほぼフェナのために紅茶をここで買っているそうだ。食料庫の店に高い保存用の陣を敷き、紅茶の瓶を置いていた。

「たまに飲む用に」

落とし子ドゥーモの方はわりと生活水準の高い場所から来られることが多く、飲食に関してストレスを感じているとは聞いたことがあります。どのようなものがお好みでしょうか?」

「紅茶で、渋みの少ないものを試したいのですが」

 ミルクティーで飲みたいとは思うが、そのまま楽しめるのも欲しいなと思った。

「では、香りがよく渋みの少ないものをいくつかお持ちします」

 五つ程平皿に乗った茶葉の香りを嗅ぐ。

 アールグレーのようなフレーバーティーもあるらしい。

「あーこの甘いの白桃烏龍茶みたいな香り〜」

「この柑橘系の香りがするのもいいね」

 カラン、と新しい客の来訪を告げる音がする。

「こっちの甘酸っぱいやつも素敵だなぁ。アンジーはどう思う?」

「私の家で飲んだものはこれだ」

 後ろからすっと腕が伸びてきて、机に並べられた平皿の一つを指さした。

「あれ? フェナ様おかえりなさい。五日前に行ったばかりじゃありません? 早いですね」

「私は仕事が早いんだ」

 先程の来店の音はフェナのものだった。冒険者スタイルなので家にまだ帰ってないのだろう。基本お高い店なのできゃあきゃあ騒ぐような者はいないが、熱い視線がぞろりとこちらを向いている。

「なぜここに?」

「冒険ギルドで、シーナが店に入ったと聞いたから」

 シーナのプライバシーはこの街にはない。

「紅茶欲しいの?」

 これは、いくらでも買ってやるのにの顔だ。自立心を奪っていく顔だ!!

「自分へのご褒美を自分で買いに来たんです」

 予防線を張る。

 ふうんと反応して特に口出しすることなく立っている。

 改めて茶葉の香りを確かめる。

 アンジーや他の客もソワソワして茶葉を選ぶどころではなさそうだ。営業妨害がひどいので、早めに退散しなくては。

「これと、これをいただけますか?」

 アールグレイを連想する柑橘系の香りが強い茶葉と、甘ったるい桃のような香りのする茶葉を指差すと、早々におのれを取り戻していた店員がかしこまりましたと頷く。

「どのくらいの量をお入れしましょうか?」

 色々と試してお気に入りを見つけたい。あと試したいこともある。

「十杯分くらいずつで」

 ロゴの入った瓶に詰めてくれた。この瓶は持ってくるとまたそこに詰めてくれるそうだ。初回は瓶代がかかる。

 店員に風呂敷を渡すと、取っ手を作って包んでくれた。可愛い包み方だ。これはマスターしたい。

 お代は銀貨七枚。瓶代が入っているとはいえ、贅沢品だ。ヒラウェルのところでお茶をいただくことがあったが、手土産をもっと奮発せねばと思う。

 羨望の眼差しと、またのご来店をお待ちしておりますという声に見送られ店を出る。

 それじゃあこれでとフェナに別れを告げようとしたが、まあ許されるわけがない。

「これ、今日はもらってくって、ガラに伝えてくれる?」

 疑問形ではあるが疑問形ではない。

「了解しました。じゃあね、シーナ。失礼します、フェナ様」

 友はあっさり裏切って去っていく。

「シーナ捕まった?」

 ヤハトが笑いながら近づいてきた。


 

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