67.美味しいお米の炊き方

 感動で気が狂いそうになった。

 米だ、米がある!

 手紙にはゴリゴリともみ殻を取るのもいいが、精霊使いに知り合いがいるなら風の魔法でやってもらうのが一番キレイにむけるしいいよと書いてあった。

「あのね、ヤハトまず最初にこの茶色の皮だけ風の魔法でむいてほしいの。その内側の層もむけならむいてもいい。真ん中の白いところを食べるの」

 一粒を目の前で分解して見せる。取りにくいがまな板の上でスプーンを使ったりしてどうにか出来た。

「ここの部分を傷つけてほしくないの。この一粒一粒が大切なのよ」

「わかった」

 ヤハトは優秀な精霊使いである。

 ヤハトは、優秀な精米師であった!!

「ヤハト天才……」

「細かい作業は割と得意」

 胸を張るヤハトをシアが尊敬の目で見ていた。

 マナは計量用のカップも入れてくれていた。木でできたもので、だいたい一合だそうだ。

 まずは米を研ぐところからだ。

 大きめのボウルに、お水を注ぐ。そしてすぐ水を捨て、研いだら何度も水ですすぐ。さらに研いで、水ですすいでを繰り返した。

「よし、オッケーです。土鍋に入れて、吸水させると」

 水用の計量カップもつけていてくれた。外側に、『米』、『水』と彫ってあるのがちょっと笑えた。

「それじゃあ、ご飯に合うおかずを作ります」

 ソニアが持ってきてくれたのが豚ぽい肉の塊だったので、薄めにそいで切り、タマネギもどきのキリツアも薄めに切る。

 これで味噌汁があれば完璧だが、それは望みすぎだ。

 十分に吸水できたので、火を入れる。ヤハトがまた活躍してくれた。

 土鍋での炊き方の注意は細かく手紙に書いてあった。それをよく見ながら細心の注意を払う。

 沸騰してきたら少し土鍋を火から遠ざけ、そこでまた一緒に送ってくれた砂時計を使って時間を測る。砂が落ちきったところで、なかを覗くと、美味しいご飯の香りがした。

 一瞬だけもう一度土鍋の中の温度を上げてから、蒸らしに入る。

 その間に生姜焼きを作った。

 ご飯には興味のなかったヤハトだが、生姜焼きのいい匂いにはよだれを垂らしそうな顔をしていた。

砂時計の砂が落ちきったところで、土鍋の蓋をあける。

「ふぁぁぁぁぁぁ!!!」

 真っ白い、粒がしっかり立っている、白米だった。

 恐る恐る少しだけスプーンですくって食べてみると、ほんのり甘い、日本の米の味がした。

「えっ、泣くの?」

「だってー美味しいんだもーん」

 お皿をもらって、ご飯を入れてお行儀悪いけど生姜焼きを乗っけてしまう。

「美味しい。ホントに、美味しい。お米美味しい……」

「俺も食べる!」

「いいよ、お食べ」

 トンカツを食べながら、パンじゃないんだとは思っていたのだ。米だろう、トンカツには米じゃないとと。カツサンドにして誤魔化していたけど、心は米を欲していたのだ。

「大樹様のお導きに感謝いたします……」

 美味しすぎてあっという間に食べきってしまった。

「肉は美味しい。この、ご飯? はまあ。うん。不味くはない」

 ピンとこないのは、仕方ないな。米で身体ができていない人種なのだから。

「私の主食だったの。ああぁぁぁぁ幸せ……」

 ソニアやシアも食べてみてはいたが、まあ不味くはないという感想で終わってた。なかなかここは共感が得られないのは仕方ない。

「今日は何をしているの?」

「シーナが泣きながらなんか穀物食べてる」

「別の街にいる同郷の落とし子ドゥーモの方が、米を送ってくれたんです。米は私の故郷の主食なんです」

「へぇ、美味しかった?」

 ヤハトたちに訊ねるが、反応はイマイチ。

 まあいい。ライバルは少ないほうがいいのだ。

「食べてみますか?」

 ご飯をお皿に入れて、生姜焼きとともに渡す。バルは何やら用事で出かけているそうだ。

 残ったご飯をシーナはおむすびにすることにした。中に生姜焼きの残りを細かく切って、汁気を飛ばしていれてみた。

 その間にフェナが食べ終えるが、反応はヤハトたちと変わらないものだった。

「まあ、食べ慣れていないものですからね。土鍋洗ったの置いといてもらっていいですか? 精米はどうしてもヤハトにお願いしないといけないし、ここで御飯食べる時に自分用に炊くことにします」

 籾殻がついている状態なら、貯蔵庫に置いておけばしばらくは保つだろう。

「……私にこの穀物が美味いと感じさせたら、定期的にシシリアドに運ばせる商人探してもいいけど?」


 外国人の日本食大好きランキングをご存知か?


 寿司、天ぷら、焼肉ラーメンお好み焼き等、寿司はたしかに米だが、コメを使った料理とはまた別だ。米単体で好きだという外国人は母数に対しては少数なのがわかる。

 外国人に白米を魅せるのがなかなか難しいのだ。

 となると、シシリアド特有の海の幸などを考え、結論づける。

 そう、パエリヤである。

 生米を炒めてから海鮮と煮込むのだ。これで誘い込めなければ終わりである。だが、やるなら徹底的に。鳥で出汁をとって、それも使う。

 パエリヤに使うのはインディカ米の方がパラッとした食感になるがまあそこは仕方ない。少し焦げ目をつけるくらいにして、しっかり芯は残っていないようにするが(本場は芯を残すと知ってはいるが、日本人として耐えられない)、水分少なめを目指す。

 貝類と、きのこ類、パプリカに似た野菜たち、そして鶏肉とトマトもどきのピーネ。米ももったいないし、一発勝負だ。米を炒めて、具材を乗せて、さらに鳥のだし汁と湯剥きして潰したピーネ。

 そうやって出来上がったパエリヤをフェナの前に差し出す。市にヤハトについてきてもらって材料を買い込んだりしていたので、もう夕飯の時間であった。

「米? に味が染みててこれは美味しい」

「ホントだ! さっきのはなんかよくわからない味だったけどこれは鳥の味とか貝の味がして美味しい」

「これがシーナの故郷の食事か」

 用事を済ませて帰ってきたバルには訂正したい。パエリヤは日本のものではないと。

 パエリヤはたしかに美味しい。が、シーナは昼間の残りのおにぎりを噛み締めていた。

 海苔が欲しい。

「これならたまに食べるのもいいね。明日店に行こう。どこがいいかなぁ」

 米の供給が確保されて、夜また泣いた。

 今日はこの世界に落ちてきて一番の幸せな日かもしれない。


 マナの手紙をよく読んでいて気づいた。

 おにぎりにして食べています、や、雑炊にして食べましたなどあったが、丼ぶり系が書かれていない。親子丼は普通にできると思うのだが。

 ソニアに確かめたところ、醤油もどきのチカの実漬けは、シシリアド以南の調味料らしい。

 フェナが話をつけた商人に、チカの実漬けとお礼の手紙をお願いしたら、米と一緒に狂喜乱舞したお返事が届いた。

 米は日本人の心。日本人の血は醤油でできています。

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