66.北より神来たるあり

 新しい神殿教室のメンバーとも、仲良くやっている。街からも新しい子が増えた。最近は神殿の子どもたちと、街の子どもたち別々に座ることをやめた。これは、シーナの手腕と言っても間違いではない。

 シーナは注目の的である。街の子どもたちはシーナに接触するようにと親に言われているのだろう。街の子どもたちの数も倍になっている。

 だが席はいつも孤児院の子どもたちの側だ。近づくためには孤児院の子どもたちとも接触することとなる。

 特に昼食時に、シーナが街の子どもたちに街の話を振っていたら、やがては孤児たちが自分から話を聞くようになった。

 街の子どもたちの話は、孤児たちにとっては新鮮だ。子どもはチョロい。自分の話を興味深く聞く相手に、悪感情はなかなか生まれにくい。

 そうやって少し孤児たちとの垣根が低くなったことに、シーナは満足していたし教師役の神官からもこっそりお礼を言われた。

 ただ、子どもの数が増えたのは確実にシーナのせいである。毎月金貨一枚の寄付を始めた。


 神殿教室が終わり、年長の子どもたちに送ってもおうと部屋を出る間際に、ローディアスが現れ、呼び止められた。

 子どもたちを一旦孤児院へ帰し、彼の後をついて個室へ移動した。

「実は手紙をいただいておりまして」

 そう言って二つの封筒を出してきた。

「他の地域に五十年ほど前にいらっしゃったチキュウ種の方からだそうです」

 胸が少し跳ね始める。前にシシリアドにはいないけれどと言っていた同郷の落とし子ドゥーモ

「こちらは神官が代筆したもので、こちらの言葉で書かれていますから、私が読みますね」

 他の地域の落とし子ドゥーモも、やはり読み書きには苦労しているようだ。


『始めましてシーナさん。私はマナ·ヤマウチです。突然のお手紙にびっくりしたことでしょう。

 シーナさんの組み紐の話を春になって友人の冒険者から聞きました。そして現物を見せてもらって、驚きました。水引ですよね? ご祝儀袋にあるのをみたことがあります。

 シーナさんのフルネームを神殿に問い合わせ、もしかしたらと思ってこの手紙を書くことにしました。質問です、シーナさん。あなたの生まれはニホンですか?』

「わぁぁ!! 完全なる同郷の人! 日本から落ちてきた人が他にもいるんですね!!」

 胸のドキドキが加速する。これは、大祭が楽しみだ。二年後会えたらいいなぁ。

 シーナの反応にローディアスはにこりと笑った。

「こちらの手紙はシーナさんの故郷の言葉で書いてあるそうです。もし、ニホン生まれだと聞いたらこちらを渡してくださいと言われています」

 と、先ほどより枚数の多い手紙を渡してくれた。

「座って読んでいてください。同郷の方とわかったら渡して欲しい物があると、手紙といっしょに商人に預けられていたものがあるんです。持ってきますね」


 シーナさん、パン、飽きましたよね。


 手紙はその一言から始まった。


 渡すものを持ってきたローディアスが見たのは、机に突っ伏して大泣きするシーナだった。


 シーナを送り届けるはずの孤児院の子どもが、ガラの店に休みを、有給をくれという謎の伝言を届け、普段は一人で勝手に来ないシーナが大荷物を持ってフェナの屋敷へ現れた。身体強化の組み紐トゥトゥガに付け替え、ヒィヒィ言いながらパンパンに膨れた風呂敷バッグを二つも下げた異様な光景に、ヤハトは驚いた。しかも目が少し赤い。

「急にどうした? 人をやって呼んでくれないと、フェナ様怒るぞ」

「ごめん、キッチン貸して! あと、ヤハト手伝って!」

「それは大丈夫だろうけど」

 そう言って風呂敷包みを一つ持ってくれる。

 キッチンではソニアとシアが昼食の片付けをしていた。

「あらいらっしゃい」

「お邪魔します! キッチン借ります、あと、何かお肉使っても怒られないのありますか!?」

 ソニアも普段と違うシーナの様子に目を丸くするが、そうねえと貯蔵庫へ肉を探しに行った。

「ヤハトにはね、これをお願いしたい」

 重さに耐えながら持ってきた瓶の一つをどんと置く。半透明の瓶には茶色い粒が沢山入っている。

「精米を頼みたい」


 パン飽きましたよね、で始まったマナの手紙は、シーナの魂を揺さぶった。

『私は五十年ほど前にこちらへ落ちてきました。それから二年ほどは神殿に面倒を見てもらいながらなんとなく日々を過ごしていました。特にこれといった技術もなかったので、食堂で働かせてもらっていました。

 五年毎にある大祭のとき、神官たちといっしょに世界樹様のお膝元へ巡礼の旅に出ました。旅は楽しかったです。移動は徒歩なので大変ではありますが、住んでいた街と違う風景が新鮮でした。三つ目の街の外れで、湖の近くに群生している米を見つけたのです。

 私は大樹様のお導きに心から感謝をしました。

 パンは嫌いじゃないけど、ここのパンって固くてゴリゴリでスープと一緒じゃないと顎関節症になってしまいそうでしょ!?

 米が、米があるという事実に大泣きした私。神官たちが戸惑いながら見守っていたあの日を未だに夢に見ることがあります。

 大樹祭の帰りに、神官たちにお願いし、その街の神殿にお願いし、米の栽培に尽力することにしたのです。本格的に収穫量を増やすことに二十年かかりましたが、今はそれなりに街でも食べられるものとなってます。

 今回水引の件と、ユカ·シーナというお名前を聞いて、もしや日本人なのではと思いました。そして、日本人ならば米を切望していると!!

 美味しい炊き方と土鍋も一緒に送ります。

 お礼なんていいんですよ。米は日本人の心です。お願いがあるとすれば次の大祭、もし来られるなら来てください。私も行きます。ぜひ会って日本の話しやこちらでの生活の話など出来たら嬉しいなと思います』


 世界樹様のお導き!!




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