65.【閲覧注意·番外編】シュガーハンターJ
【食虫植物などが苦手な方は飛ばして読んでください】
森の解禁を今か今かと待ちわびていた。そんな中、フェナからべサムを倒したと、冒険者ギルドへ精霊の便りが届いた。
その知らせが、森の浅いところで待機していたジェルジェイたちの元へ精霊の便りで届く。
「よし、行くぞ!」
ジェルジェイの他に、精霊使いが二人、荷物もちの冒険者見習いが一人。四人で進む。冒険者見習いはここ一年ほどハントのたびに連れてきている子どもだ。それなりに魔力量もあるようで、索敵の才能もある。
風の精霊による追い風と、地の精霊による地均しで、倍以上の速度で森の奥へ行く。
「右斜め前方に大きな魔力の塊。避けたほうがいいかもしれない」
精霊使いの一人が言うので、頷くと少し大回りに左へ寄る。なるべく魔物に出逢わずに目的地へ急ぎたい。
特に森が解禁になってから最短で持ち帰ることが自分たちの使命だ。
「前方に中位の魔力。たぶんマーモイルだろう。私が始末してから追いかける。先に行ってくれ」
「頼んだ!」
また避けてもいいがそうするとかなり大回りになる。また、帰りにも出くわすルートだ。時間が惜しい。シュガーハンターは我々だけではないのだ。
地の精霊使いにまかせ、三人は真っ直ぐ進んだ。
確かにマーモイルだと確認した瞬間、炎の塊がマーモイルにぶつかった。彼は二色持ちだ。
三人はその脇をすり抜ける。
そして、やっとジェルジェイの狩り場へ到着した。
「いつもの段取りで、お前は蔦が届かないところにいるように」
「俺も手伝えるよ!」
「……冬明けのはやめとけ。やりたいならもう少ししてからだ。今回はここにいるように」
一度の同行で断られることも多いこの仕事に、積極的についてくるとは思ったが、未来のシュガーハンターを育てていたのかと苦笑する。
だが、冬の間餌が少なかったシュガーフラワーは、凶暴だ。小さなネズミすら見逃すことはない。
腕の隠蔽の
シュガーフラワーは最低でも五つから。多いと百もの数が一箇所に群生する。だが、集まりすぎると獲物が枯渇するので、なんだかんだと淘汰され、一番多いのは十くらいが程よい距離を保って咲くのだ。ここはジェルジェイの採取スポットの一つだ。
真っ白い花弁の内から、甘い香りを漂わせる。この甘い香りは人も惑わせるもので、森を歩くならばかなり注意せねばならぬものだ。
今は冬がようやく明けたところで、甘い香りもまだそこまでではない。
香りに引き寄せられフラフラと近づいたところを、トゲのある蔦が、貫き、締め上げる。トゲは
赤い蜜壺が、白くなると全てを溶かし切り、匂いの元になる甘い甘い蜜が出来上がっている。
シュガーハンターはこの蜜壺を回収する。
花に対して蜜壺は五つある。きれいな蜜壺になっているかは色で判別できるが、そこにたっぷり蜜が詰まっているかは経験でしかわからない。細長いそれの中腹がぼってりといかにもと誘っているその熟れどきを、熟練のシュガーハンターは見極めるのだ。
蜜壺全部を取ってしまえばシュガーフラワーが栄養を得られずに枯れてしまう。一度に三つまで。プロなら一番たっぷり蜜の詰まっているものを一つだけ採集するものだ。取る量が少なければ少ないほど、蜜壺の回復は早い。千切り取られた部分に新しい蜜壺が十日もすればできる。満タンの蜜壺はだいたい五歳くらいの幼児ほどの大きさだ。花弁は一枚が大人の胴体くらい。全部で五つある。
そう、シュガーフラワーは成人男性より大きいのだった。
範囲内のシュガーフラワーは九体。それぞれの採取する蜜壺に目星をつける。花弁に隠れてぽってり膨れるそれを、どの順番で採取するか慎重に検討する。
一つ目を採ったらあとはどれだけ早く残りを手に入れその場を後にするか、だ。
「行ってくる」
後に控える二人が頷く。
待機場の一番遠くまで、隠蔽の
息を殺しながら息を整える。
そして、我ながらうっとりするような熟練の技で、蜜壺の上下を一瞬で切り取った。
「!!!!」
音ならぬ音が響き渡る。
シュガーフラワーの警戒音だ。
隠蔽をかけているとはいえ、今自分の体の一部を切り取られたのだから、敵はそこにいるとツタがビュウビュウ音を立てて振り回される。
風の刃がジェルジェイに辿り着こうとしたツタを刈り取る。シュガーフラワーが花弁を振るわせ叫びが振動となって周囲を襲った。
しかし、そのときにはもうジェルジェイは二つ目の蜜壺を手に入れていた。新たな被害花に、音が重なり周囲のシュガーフラワーたちもパニックに陥る。無闇やたらとツタを振り回し、時にはお互い同士を傷つけた。
蜜壺は重い。幼子を二人抱えているようなものだ。甘い蜜がたっぷりと詰まっている。溶解液でもあるため、下手にこの蜜壺にツタがぶつかり傷つければ、中身が漏れ出しジェルジェイの身も危険になる。
「ジェルジェイ!」
新たな仲間の声がした。
マーモイルを相手していた地の精霊使いだ。前方に不自然なくぼみがある。
それを認めるや否や抱えていた蜜壺を放り投げた。地面のくぼみが動いて蜜壺を飲み込むと地中へ消える。
地上が危険なら地下を行けばいい。あれくらいの大きさなら地面の浅いところを移動して、安全圏まで運んでくれる。
身軽になったジェルジェイは、三つ目四つ目と、新たな蜜壺を手に入れまた地面に置いた。
そうして九つ目を手に入れ、これ以上は危険と判断したジェルジェイは、三人に撤退の意思を伝える。腕には三つ、大きな蜜壺を抱えている。 ツタの攻撃は激しさを増し、地の精霊使いジガも、土の壁を作り、援護してくれていた。
あと少しでツタの届かない安全な場所に辿り着こうとするとき、三人のそれぞれ、ほんの少しの油断が、ジェルジェイの右足を襲う。
ツタが彼のふくらはぎをえぐった。捕まるまではいかなかったが、バランスを崩すこととなり、さらに追撃のツタが迫る。
「ジェルジェイ!」
己の栄養貯蔵庫である蜜壺を掠め取る憎き盗賊を、シュガーフラワーたちはなんとしてでも捕まえようと必死だった。
「行け!」
脇に抱えていた蜜壺をすべらせるように精霊使いの方へ投げる。
ビュウと、死の音が迫る。
「ジェルジェイ!」
「トム!?」
荷物持ちの冒険見習いが、短剣で精霊使いの風の刃をくぐり抜けたツタを断つ。
「肩を!」
少年に担がれ、ツタの範囲の外になんとか転がりでた。
「トム……ありがとな」
「シュガーハンターが
生意気なことを言うと少年の頭をかきまわし、立ち上がる。簡単な手当と、痛み止めで誤魔化し帰路に着いた。
おかげで今年も、冬明け初のシュガーハントの栄光はジェルジェイのものとなる。
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