64.森の解禁
【暴君】を沈めた翌々日にフェナが帰ってきた。べサムという、冬の間に力をつける魔物を始末したのだ。これを倒さないと森の中は冬に包まれたままだという。
肉は毒があり食べられないので、素材だけをとって、ほかは全部燃やして来るそうだ。
フェナたちの帰還を期に、森での狩りが解禁となる。
ダーバルクたちは一ヶ月使い、ダンジョンへの準備を行うそうだ。酔いつぶれた翌日には一ヶ月という期間限定だが、家を決めたらしい。モヒカンAことザーズが店に詫びの酒とともに知らせに来た。
あれだけ酒を飲んだくせに詫びの品が酒である。どうかと思う。
本日もまた、兄弟子の一人の顧客にお願いして色寄せの練習をさせてもらっていた。そこへフェナたちがやってきたのだ。
奥の個室で練習していたのに、勝手に入ってくる。
「フェナ様、お客様に失礼なので外で待っていてくださ……」
「失礼ではないです!」
お客様から許可が出てしまった。
今日は三色で色寄せに手こずっていたので、邪魔はしてほしくなかったのだが。
個室はそこまで広くないので、シーナ、客のハラル、ガラ、背の高いフェナとバル。さらにヤハトまでいるとギチギチだ。
「んじゃ、俺も自分の
ヤハトの専属はまた別の店の人らしい。こればっかりは色味が合う合わないがまず第一なので同じ店でというわけにはいかない。
「真っすぐ行けよ」
「わかってるって」
過去、買い食いをして足りなくなった経験があるそうだ。
「私も外で待っています」
バルがそう言って部屋を出る。
シーナが悪戦苦闘している間、ハラルが頬を染めながらフェナに話しかけていた。今日は機嫌が良いようで、わりと真面目に相手をしている。
「今年のべサムはどうでした? 良い素材は取れました?」
「例年よりは強かったかなぁ。角がなかなかの一品だったから高買い取りだったね」
「流石ですね。おめでとうございます」
こういった素材は魔導具に使われたり、糸の素材になったりする。
「留守中になにか楽しいことなかった?」
「べつに。特に代わり映えありませんよ」
ようやく三色がハマったような気がする。まだ少しずれがあるが、これ以上は今の腕では難しそうだ。なので、編みに入る。
「それはつまらないなぁ」
「平和が一番ですよ、フェナ様」
ハラルの魔力もわりと捉えやすかった。まあ、フェナの魔力に比べたらどれも可愛いものである。ララヤーナに指摘された均一な魔力の広げ方を意識してリズムよく編んでいく。
「誰かが【暴君】のメンバー全員を飲み比べで沈めたって聞いたけど」
「聞いてるならいいじゃないですか」
魔力がガタッと縒れたのを感じる。
「なんで私がいない時にそんなことになるんだろ」
そんなこと、こちらが聞きたい。
フェナの相手はやめて
とはいえ、耳から音は拾ってしまうわけで。
「普通さ、【暴君】なんてパーティー名つけられてるやつらと飲みに行く?」
「大した度胸ですね」
ハラルが苦笑している。
「無事だったからよかったけどねぇ」
チクチクチクチクとずーっと近くで言ってるのを聞きながら作り上げた
「もー、集中したいんだから邪魔しないでくださいよ」
「ただ話してるだけ。集中できないシーナが悪い」
「この件に関してはフェナ様が悪いですよ、絶対にね!」
これだけ言ってもフェナは反省する様子はなかった。まあ仕方ないだろうが。
「それで? 何か用があって来たんじゃないですか?」
「十日後、また少し街を出るからクッキー作ってくれない?」
「型抜きクッキーならソニアさんがもう作れますよね?」
「なんかドライフルーツいれるやつとか話してたらしいじゃない?」
「あー、ビタミンのためにはそーゆう方がいいのか。でも日持ちがするのは型抜きクッキーですよ?」
水分が少ないほうが日持ちはするから、断然型抜きだと思う。ドライフルーツを入れるなら、少し生地を緩めないといけない。
「まあ、やってみますか。でも、そんなに持っていかないといけないくらい、遠出するんですか?」
「いや、……森の中を何日か行くとき、クッキーがあるのとないのでは、心の荒み具合が違うと気づいてしまった……」
そういうものなのか。
まあでも、甘い物は気持ちを豊かにするのかもしれない。
「じゃあ次の休みにお伺いします。私の分も作りたいから、お砂糖持参しますね」
「砂糖くらいうちのを使えばいい。まだ冬が明けたばかりだから、砂糖は貴重だよ。もう半月でもしたら少しずつ収獲が増えていくとは思うけど」
「それじゃあお言葉に甘えて」
フルーツを見に、バルと市へ寄った。
乾燥させたフルーツの中から、天然酵母を作くるときに選んだものから二つ買った。今度は砂糖がついていないタイプだ。他にも天然酵母用に試してもらおうと生のフルーツを買う。ドライフルーツの砂糖まぶしの中になかった種類のものを買った。
青いパンを度々食べていたがやはり食欲がわかない。少し砂糖を多めに入れてもらえばいいだろう。
「お砂糖確かに少ないし高いですね」
秋の頃と値段が違う。
「砂糖かい? シュガーハンターが帰ってきたから、そこから加工して、半月くらいしたら値段ももう少し安定すると思うよ!」
シーナのつぶやきを聞いた店の人が言った。
「シュガー、ハンター?」
「ああ。うちの専属はなかなかに腕がいいからねぇ。今回も冬が明けたばかりなのにしっかりと量を取ってきたよ」
流石だよなぁと笑っている。
シュガーハンター、とは?
フェナは、クッキーを作り終えたところでシーナに赤い石の嵌ったペンダントをくれた。シーナがつけたところで手をかざすと仄かに赤く光る。
これで屋敷の警備用魔導具に遮られることなく屋敷へ入れるらしい。
フェナがいない間に何かあったときは屋敷に逃げ込めばいいとのことだ。
「なんだかんだで心配してるんだよ」
シーナにこっそり告げたヤハトが、後ろに吹っ飛んだ。
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