63.マイペース

 『火の精霊の竃』は、先日バルとヤハトに連れられてきた居酒屋だ。本来は食堂なのだろうが、夜になると酒がメインになる。料理も美味しかった。

 バルとヤハトが選んだのなら客層も悪くないのだろうというのも理由。

 ごめんね、こんなの連れてきて。

 時刻は午後三時頃。昼間から酒を飲む羽目になる。


 昼食には遅く、夕飯には早い。店内はガラガラだ。

 中央の席にドカッと座わろうとしたのでストップをかける。

「威圧感があるあなた達がそんなところに座ったら営業妨害だよ。端に行くよ。真ん中で飲んでも端で飲んでも酒の味は変わらないでしょ」

 面倒臭そうだが、特に逆らうこともなく四人は移動した。

 とりあえずエールを注文しはしたが、すぐお腹タプタプになるし、ここのエールイマイチなのだ。ぬるいのが特にいけない。

「あ! エール冷やして」

「ん?」

「ぬるいエール不味い」

 といって、隣のモヒカンC(本当にモヒカンではない)の左腕の組み紐トゥトゥガを指差す。

 ずっとシーナの勢いに飲まれている彼は、意図がわかるとすぐに全員分のエールを冷やしてくれた。

「カンパーイ」

 冷えると多少マシだ。

 つまみを頼みたいがここはメニューのない国である。

「おすすめください。あと、エール以外のお酒って何があります?」

 親父さんが席まで来てくれたが、エール以外の酒にうーんと唸っている。

「あるにはあるが、果実酒か、度数の高い酒になるなぁ」

「あ、じゃあ度数の高いやつをとりあえず全員分何ならボトルでくださーい」

「おう、持って来い」

 ギョッとされたがダーバルクが言うのでコップを五つと瓶を持ってきてくれた。

「氷が欲しいけどまあいいか」

 シーナのつぶやきに、ダーバルクがコップの上に手をやると、あら不思議、丸い氷がグラスに収まっている。

「便利すぎる!!」

 ウイスキーグラスくらいなので、ちょうどいい。なみなみ注いでみんなへ回す。

「度数高すぎるならおいといて」

 一気飲みするような阿呆な飲み方はしない。

 この間フェナの家で飲んだのよりは格段に味が落ちるなあと思いつつも、エールよりはよかった。

「それで、なんでシシリアドに来たんですか?」

「南の方の狩り場はあらかた狩り尽くしたからなぁ。移動するかってなったときに、面白い話を聞くシシリアドが候補に上がったんだよ」

「つまり、私に会いに来たと」

 ングッ、と四人がむせる。仲良しか。

「それでも組み紐トゥトゥガを〜はそこら辺のやつらと同じ手口でイマイチですよ」

「イマイチで悪かったな。まあ顔を見てみたかったってのは事実だ」

「アプローチの仕方がダサいです。お店に迷惑でしょう」

 ングッ、とまたまた四人がむせた。

「スマートな接触方法なんて知らん」

 なんでも直球直接で行くタイプなのだろう。

「まあいいや。それで、シシリアドに定住するんですか?」

「何年か前に【消滅の銀】が踏破したダンジョンがあるだろ? あそこにはまだ入ったことがないからな。ちょっくら挑戦してみることにしようと思ってな。ただ、一ヶ月くらいはゆっくりしてからだから、宿より家を借りるほうが金がかからん」

「ダンジョンかぁ〜他の場所のダンジョンには入ったことあるんですか?」

「おう。俺等はどちらかと言うとダンジョンを探索するのがメインだからな」

「ダンジョンの話聞かせてください!」

「まあいいが……」

 まあいいがというわりに、一度話し出すとダーバルクは饒舌だった。他の三人も横から口を挟み、どんな魔物がいただとか、どんな宝を見つけただとか、ダンジョンの成り立ちだとか。経験がある分話題も豊富でとても楽しい話を聞かせてくれた。

 三人はすぐにエールに切り替えたが、シーナとダーバルクはずっと度数の高い酒を飲み続けている。途中から氷は提供されなくなった。ウイスキーというよりも、ウォッカに近いので、お店の親父さんに柑橘の香りがする塩を持ってきてもらい、皿の上に出し、コップのフチに酒を塗り、逆さまにして塩を付けたら喜ばれた。

 お腹もいっぱいだったので、塩で酒を飲むという状態だ。

 午後三時頃から飲み始め、午後六時頃の六の鐘が鳴る頃には瓶が三本空いた。

 モヒカンBとCは酔い潰れていた。コップが空いたら宴会のお約束、すぐおかわりを頼んであげたせいかもしれない。情けなや。

「俺等が【暴君】って言われる羽目になった北のワイゼンブルの街の事件はな、貴族女にハメられたんだよぉ」

「女の人のおしり追いかけ回すからですよそれ」

「誘ってきたら行くだろが」

「いやぁー、節操は大切かな。自分を下げることになります」

「そうか……」

 ちょっとしゅんとして可哀想。

「だいたい貴族様が誘ってくるわけないんですよ。もう少しよく考えましょう」

「そうだなぁ……」

 鐘が鳴ったあたたりから、夕飯を摂りに店へ入ってきた人が、一番奥の端で飲んでるダーバルクに驚いているが、それで出ていったら何を言われるかわからないのでそっと逆の方の席に座っていく。 

 店の混み方がおかしなことになっていた。入ったら食べ切るまで出られない。

 ダメ押しにAに塩付きのウォッカもどきを渡したら素直に飲んで撃沈。

「しかし、ダンジョンのお話面白かったです。私はこの世界のこと本当にまだ何にも知らないから、生活スタイルの違う人のお話はいいですね。また面白い話があったら、奢ってくれるならぜひお酒と一緒に」

「お前……いいやつだなぁ」

「うるさい人嫌いですけどね」

「店で騒ぎ立てたのは悪かったな」

「私じゃなくてお店のみんなに謝ってください」

 酒のおかわりをそっと出す。

「そのうちな」

 そう言って、ウォッカもどきを煽る。

 撃沈だ。

「いぇーい、勝ったぁ!」

 余裕余裕。

 この間フェナの家で酔い潰れたのは1時間くらいで瓶二本開けたからだ。ビールを飲みきってしまい、ちょっと感傷的だったのもある。

 五時間近くかけてこの量なら余裕だ。

「ソーセージ美味しかったなぁ。でもお腹いっぱいすぎて無理だぁ」

 とりあえず瓶に残ってる分は飲み干してしまおうと思う。七の鐘までまだ時間がある。

「シーナ……めちゃくちゃ強いんだね」

「飲み方ですよ。ナナさんも飲みます?」

「いや、私はシーナを店まで送らないとね?」

「あー、そうですね。お願いします」

 六の鐘が鳴る少し前に、【青の疾風】が五人入ってきた。どうやら誰かが知らせてくれたらしい。だが、予想外に盛り上がってるのを見て、ナナ以外は食事をして帰っていったのだ。

「鐘の前に帰って、それで起きたときいなかったら怒るかもしれないので、鐘が鳴るまでいいですか?」

「もちろん」

「どんな話になってます?」

「シーナが【暴君】を酔い潰したって」

「事実でしかないわー」

 圧勝だ。

 鐘がなったら、帰る支度を始める。金はもし彼らがごねて払わなかったらシーナが払うので店に来てくれとお願いした。まあないだろうが。

 酔い潰れてるとはいえ、ゴールドランクの懐を探るのは、酔ったまま切り捨てられたりしたら怖い。

「久しぶりにたくさん飲んだ〜」

「その割には足どりまともだね。ほんと、すごい」

「飲み方ですよ〜」

 人の金で飲む酒は美味い!

 母親の実家がザル家系である。アルコール分解酵素モリモリ万歳!

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