25.計算機

 文字や単語の練習のあと、次は計算の練習になった。教師役の神官が、前の机になにやら箱を取り出し配る。

「それでは次は計算の練習をしましょう。まず石板に問題を書いてくださいね」

 そう言って神官は一桁の足し算引き算と、二桁の足し算引き算を一問ずつ言った。子どもたちは渡された箱の中身の石や棒を動かして計算をしているようだ。

 うむ、理解できぬ。

「数字は、書けるんですね」

「あ、はい。さすがに仕事にもこれは影響するので」

 十進法だったよぉぉ。よかったぁぁ。十二進法とかだったら詰んだ……つまり数字は十しかない!! さすがにこれはすぐ覚えた。そう言えば一年が十三ヶ月なわけだから、下手すると十三進法というエグい可能性もあったわけか。

「計算機の使い方を説明しなければなりませんね」

 いやぁ、わかる気がしない。

「私の故郷にも計算機がありまして、なんなら少しお金ができたらそれを作ってもらおうかと思います。そんなに難しい計算をしなければならないようなことはなさそうですし」

「そうですか? それなら構いませんが……」

「これくらいの計算なら計算機はなくてもできますし」

 と、石板に答えを書くと、神官はにこりと笑った。

「シーナさんは計算は得意なのですね」

 実はそろばん習っておりました。そうじゃなくても、義務教育終わらせていたら、二つの数字の足し算程度は頭の中でどうにかなるだろう。それが四桁五桁とあろうとも。

 残念ながら子どもたちにその謎の計算機の使い方を教えることはできないが、見守ることはできた。しかし、一桁の足し算を間違ってるときはどうしたらよいのだろう。計算機以前の問題である。まあ、三才くらいだと数字をかけるだけお利口さんな気がする、が、それはあくまで私の感覚だ。こちらの世界の子どもたちは早くから仕事を始める。だいたい八歳くらいで見習いになるらしい。それにともないそれより下の子どもたちの役目も決まっている。そうなると、どうしたってしっかりせざるを得ないのだろう。


 問題ができた子には桁数を大きく、足す数を多くした問題などが、見て回ってる神官から個人個人に出されていった。

 ミリアも、ニールも、頑張って解いている。

 孤児院の子どもたちはシーナの周りの机に座り、後からやってきた子どもたちもそちらで固まって机に向かっている。あちらは四十人くらい来ているので、神官もどうしても彼らの方を見て回ることが大きくなる。

「できた!」

 ニールがどや顔でシーナに石板の答えを見せてくるが、はい残念間違ってます。

「できたよ!」

 ミリアちゃん正解。

 ミリアには、次の問題を出してあげた。四桁、三つの足し算引き算。できるかな?

 子どもたちは誰もが真剣で、自分の子どもの頃を猛省する。義務教育、行くのが当たり前、勉強できて当たり前の環境は、ほんとうに贅沢なものだったんだなぁ、と。

 なるべく早く算盤を作ってもらおう。この計算機はたぶん、理解できぬ。


「ミリアちゃんは計算も書くのもすごく上手にできてるね。ずっとこの教室に出ているの?」

 自分の計算はだいたい終わった彼女は、小さい子に計算機の使い方を教えながら面倒を見ていた。

「孤児院の子どもはみんな三才からここで勉強するんだよ。私はもう七歳だから、次の始まりの月には仕事を探さないといけないの」

「なにかやりたいことはあるの?」

「私は、……まだわからない」

 ??

「俺らは孤児だから、仕事なんて選べないよ。神官になるか、孤児を雇うと言う人に雇われるかだよ」

 あー、世知辛い現実だ。

 シーナの表情筋が止められなかったせいか、ミリアはにこっと笑った。

「雇われたところでひどい扱いを受けてないかとか、定期的に神殿からの訪問があるから、そんな悪いことではないの」

「俺は冒険者になるから、関係ないけどねっ」

 本日二度目のどや顔ニール君。

「冒険者かぁ~魔力はあるの?」

「あんまりない。だから体を鍛えて身体強化の組み紐トゥトゥガと、索敵二つくらいして、魔物を倒してお金を稼ぐんだ!」

「おー、冒険者になるってどうやってなるの?」

「冒険者は、なるって決めたら冒険者だ!」

 死ぬなぁ……これは、すぐころっと逝くなぁ……。

 またもや止められなかった表情筋に、ニールが口を尖らせた。

「最初は素材採集とかで、小銭稼ぎからだよ。孤児で冒険者になるときは、十三までは孤児院で寝泊まり許してもらえるから、その間に金貯めて体作ってするんだ」

 食事は別だが、神殿の仕事を手伝えば寝るところには困らないらしい。また、冒険者ギルドで1ヶ月くらいなら戦闘の面倒を見てくれる随行者がつく。

 そう言えば、ヤハトやバルが一角ウサギがどうとか言ってたなぁ。

 一角ウサギを集めて、小銭を稼ぎ体を作り、五年間の間に資金を貯めて独立。大変そうだと思うけれど、そういった人たちがいないと、魔物で溢れるし、実は鶏肉以外は魔物の肉が、この世界の肉らしい! 初めて聞いたときは、えええっとなった。でも、確かに鶏肉以外は滅多に食べないなぁと。まあその鳥でさえ、自分の知ってるにわとり系とはまた違っていたのだが。

 ただ、初めて食べたとき普通に鶏肉だったので、私の自動翻訳は鳥と耳に届けてくれていた。

 食べられる魔物の肉がかなりあり、強い魔物は美味しいらしい。森の奥に入ると出会えるらしいが、その前の平原はだいたい一角ウサギだそうだ。

 ちなみに、野菜なんかは街から離れた農村部があり、そこで作られ、街道を通り各街へ届けられる。多少の畑なら街中にもあるらしいが、本当に少量で、シシリアドの人口分を賄うのはまず無理だった。荷馬車で一時間半ほどのところから、朝暗いうちに届けられるのを、市場で売ることとなる。あとは、北側の森は魔物がそこまでいないので、採集専用の森となっていた。キノコ類なんかがよく取れるらしい。

「冒険者、頑張ってね。お肉とってきたら教えてね」

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