19.ある組み紐師の一日(後編)
午前中はもう二人の
初めは不満そうだったが、終わった頃にはそれなりに満足して帰ってくれたと思う。また来るとの言葉をもらえたのはでかい。
こうやって少しずつ顧客を増やして、店を構えるときには客ごと移動するのだ。ガラへの上納金は一割。かなり良心的だ。店によっては三割などというところもある。
糸や素材は自分で準備する。大量にまとめて購入する際の割引を受けられるので助かりはするが、それらの代金で半分以上は消える。よく使う糸は当然だが、余り使わないものも、いざ新規の顧客を与えられそうになったとき、素材がないと言うことになればチャンスを失うこととなるので、作らないわけにはいかない。余りに長い間放置しておけば効用を失う。結局手元に残る利益は二色の魔力持ちの
そんなときは一般向けの魔除けや疲労軽減、索敵の
さて、もうすぐお楽しみの時間がやってくる。
「シーナ! そろそろ始めないと間に合わないぞ!」
部屋のすみでせっせと魔物避けの
「今日はなにを作るんだ?」
楽しみが待てない子どものようだと自覚しながらも、シーナを急かすのをやめられない。そんなギムルにチラリと視線を向けるが、んー、と唸りながら宙を見つめている。彼女が考えをまとめるときよくやる癖だ。
「ササが家から野菜を持ってきてくれたから、それと腸詰めのスープと、
パンに肉を挟むくらいなら、いろいろなところで試されている食べ方だった。だが、シーナはここからが違うのだ。
「ギムルはマヨネーズ作ってくれる?」
ほらきた!
「おう、まかせろ。マヨネーズ、それは魔法の調味料」
最初に教わった分量を、器にいれる。
卵黄と塩と酢だ。残った卵白はシーナがフライパンで焼いてついでにパンに挟むときもあれば、スープに入れる時もある。トロッとしたスープにふわふわと浮く卵白のスープがギムルは好きだ。
スプーンで器を削らないよう、丁寧に素早く混ぜる。そしてそこへテンデ油を少しずついれて混ぜていくと、黄色かったのが乳白色になりマヨネーズと変身するのだ。
このマヨネーズはこの仕事場でだけ楽しむものとする。ガラがそう宣言した。家族にも食べさせてやりたいが、卵の消費量がぐんと上がるし、そうなるとこちらに回る卵が減る。卵を産む鳥の数はそんなに急に増やせない。つまり、マヨネーズが食べられなくなる……泣く泣くみな、口をつぐんだ。
ギムルがマヨネーズ作りに没頭している間に、シーナは皮がパリッとした美味しそうな肉を10枚焼いていた。その横でスープがくつくつとよい匂いを漂わせている。
彼女はいろんな調味料を使う。いつの間にか揃えていた香辛料を使い、普通に焼いて塩をふった肉やスープとは全く違う旨い肉や旨いスープを作るのだ。この香辛料や調味料は、今では経費から出るようになっている。
どちらも作り終えた頃にパンも届き、横に切った丸パンに葉と卵の白身と肉を挟んで、マヨネーズを塗るとできあがりだ。
「さあ、今日も美味しい昼食に感謝していただきましょう」
ここをやめたらこの飯が食えなくなってしまう。
さらにギムルがもうしばらく留まることを決めた事件が起きた。可愛いは正義だなどという言葉とともにシーナの作った組み紐の耳飾りが大化けしたのだ。それは、ひと時代にあるかないかの大発明だった。当の本人はまったくそれに動じていないが、あれはこの重大さに気付いていないからだ。
もちろん羨ましい。
だがそれ以上にこの瞬間に立ち会えた幸運に胸を躍らせたし、興奮した。他の兄弟弟子たちも同じような気持ちだったろう。
そして、もしここを出ていったら、これから彼女が巻き起こす騒動に、完全に取り残されることとなってしまう。
あと一年を、もう五年に伸ばしたところで何が変わるだろう。ガラの店なら金はたまる。金がたまればいいソファが買える。
五年と言わずとも三年でも、もう少しだけ。
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