7.あわじ玉

 食べ終わったあと、シーナは自分で購入した紐に加工を施していた。昨日連絡があって、依頼してた品物が出来上がり、昼に届けてくれると言われたからだ。

 白と青い糸をしっかりと編み上げさらにそれを二色のあわじ玉にしてある。あちらでは紙を細くこよりにして、水のりで固めたものを使っていたが、そんなものがこの世界にはないので、糸を細く編んだのだ。さらにその先に、安く売っていたキラキラ光を反射する透明な石をつける。あわじ玉の大きさは一センチくらい。石は五ミリくらいの涙型が少し崩れた感じだ。形が悪いので安かった。石に穴を空けるのは無理だったが、この世界には便利なものがある。それが魔力だ。組み紐トゥトゥガを作るときにも最後に形を崩れにくくするために魔力を流して固めるのだが、それを使って、あわじ玉の先から細く出た紐に石を固定した。

 シャラランと、来訪を告げる音が鳴る。

「シーナ?」

 顔を覗かせたのはチャムだった。

 チャムは二区画程先の金属細工の店に弟子入りしてる男の子だ。仲良くなったので、こんなものはできるかと図案を見せたら興味を持ってくれた。

「チャム! こっち!!」

 手を振ると彼は小走りにやってきた。

「言われたとおり作ったけど、これでいい?」

「ありがとう! すぐ仕上げるから、見ていく?」

「うん」

 受け取ったのは引っ掻けるフックピアス。カーブの先に、小さな輪っか。その先にぶら下がる金具のなかに、あわじ玉から伸びた紐を押し込み、金属をギュッと潰す。

「でーきた!」

 こちらに来たときしていたアクアマリンのピアスは、こんなものをつけていては変な輩に狙われると外すように言われ、それ以来つけていない。その寂しい耳元にこれをつけようと思う。

 そのままつけるのは炎症とかが怖いので、本当はアルコール消毒したいが酒はなく、水で軽くふいてつける。

「どう?」

「どう?」

 ダメだこいつは。側にいた姉弟子に見せると、皆が寄ってきた。

「紐で作ってあるの? ん? この石……風飛石の欠片よね? つけてる意味てあるの?」

「ユユケの糸よね。水の精霊集めて丸めてなにがしたいの? しかも風と合わせて」

「せめて魔除けで作ったら? それでも丸めてどうするのかわからないけど。紋様も入ってないから力もなにもないし」

 姉弟子ですらこれだ!

「違う~これは、おしゃれです。ほら、かわいいでしょ?」

「おしゃれ……」

「まあ、付与をなにも考えなければ」

「原価いくらよ?」

「精霊使いは精霊石の耳飾りしてたりするから、まあそれと同じだと思えば……」

「よくみれば可愛い、かな?」

 いやでも、せっかくならせめて魔除けをなどと兄姉弟子たちが真剣に考え出した。根っからの組み紐師だ。

「えー、可愛いでいいのに」

「可愛いで、いいなら、可愛いと思う」

 チャムがおずおずと申し出てくれたのでまあとりあえず満足することにした。

「この下側を糸ほどいてふさふさにしても可愛いと思うのよねー」

「え、編まないの?」

 組み紐師としてあるまじき言動らしく、チャムに驚かれる。

「可愛いは正義です。……同じ金具をいくつか作ってもらっていい? 正式な注文にしないとダメ?」

「シーナはこれを最終的にどうしたいの?」

「可愛い欲しいって言う人に売るかあげるかしようかなと」

「金銭のやり取りが発生するならちゃんとした注文にしておいた方がのちのち面倒がないよ。他の人が真似しようとしたときに、俺たちの取引が最初にあったと証明できるから」

「じゃあちゃんと注文する」

「なら仕事が終わったらうちに来て。親方にも相談しないと」

「あんたも師匠せんせいにきちんと話通しなさいよ。今日は外しておきなさい」

 ガラは組み紐ギルドに呼ばれたとかで、昼食のあと出掛けていた。

「もし今日が無理なら明日でもいいから」

「んー、じゃあ明日の昼に行こうかな」

 お互い昼休憩が終わりそうなので話はそこで打ち切りとなった。


 帰宅したガラからはバッサリ一言だった。

「可愛いけど、組み紐師が作るものじゃないわね」

 ごもっともである。これなら細工師も作ることができる。

「ぐぬ……可愛いは正義なのです……」

「まあ、確かに可愛くはあるけど、せめて魔除けか、疲労軽減の付与がつくくらいにはしないと」

「でも、これ、紐まるめてしまうから、付与もこんがらがりますよ?」

「そうなのよねぇ……」

 案外真面目に考え出すガラに、きょとんとした目を向けていると、こちらに気づいた彼女は溜め息をつく。

「普通なら物心ついた頃から知ってる体内の魔力の流れを、半年前にようやく知ったお前に専属を作るのはなかなか難しいのよ。そうなると量産品をまかせるしかないけど、それだって限界がある。シーナが努力してるのはよくわかってるし、フェナ様から頼まれているから数をこなすしかないんだけどね。それでも、月に必要な量産品の数には限界があるの」

 作りすぎて売れ残ってしまうのはもったいない。使用期間があるわけではない。使えば劣化していくが、使わなければ半永久的に保つ物だ。それでもシーナの作成数の方が、月に売れる数より上回りつつある。

「フェナ様に資金はいただいているから、それで材料を買えばいいのはいいんだけど、ただ作って置いておくのは素材がもったいなくて」

 私もったいながりなのよー、とまた溜め息をついていた。

 つまり、この耳飾りが商品になれば、シーナの訓練用の売り物が増えるので一石二鳥だと考えたのだ。

「せめて紋様のひとつが表にでればいいわよね」

「石の素材をきちんとしたものにすれば」

組み紐トゥトゥガの原価を越えたら本末転倒じゃないか? 売値に響く」

「金属も魔力を通しやすい物に変えるべきだな」

「シーナ! 紋様のひとつが表にでるように作れないの?」

 なにかに目覚めてしまったガラと兄姉弟子たちの商品開発会議は、七の鐘が鳴り響いたあとも続いたのだった。

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