6.弟子
そんなこんなで、シーナはガラの弟子となった。
ここでは名字があるのは貴族だけ。名前はユカだと言ったのだが、「だってもうシーナって呼んでるもん」というフェナの一言で有華の名前はシーナになった。まあ、名字で呼ばれることもたくさんあったし、慣れてる音と言えば音なので諦めた。
そしてそう、貴族がいるのだ。この街を治める領主様が住む屋敷が、シシリアドの東側にあった。まだ行ったことはない。屋敷がある区画は、衛兵が始終うろついている。
シシリアドは、セルベール王国の南の方の街らしく、歩きだと北西へ二週間ほどかかるところに王都があるそうだ。地図を見せてもらったが、まあ大雑把なものなので、大体ここら辺としかわからない。
街は西側に草原から森に向かう道があり、南側が海に面している。外海ではなく内海で、向こうもセルベール王国なのでわりと治安の良い海だそうだ。セルベール海と呼ばれており、さらに東にいくと外海へつながる運河がある。街の東側に大きなお屋敷があり、更には東から北側が山となるので、出入りは基本西と南だそうだ。
とりとめのないことを考えながらも、シーナはせっせと組み紐を編んでいった。
フェナとシーナの魔力には雲泥の差がある。象とアリレベルの違いだ。フェナは稀代の精霊使いと呼ばれるほど、魔力も強く量も多い。そんなフェナの
だが、森ではそうではない。咄嗟に動かねばならぬことも多いからだ。
始めてであったとき、フェナの
強い精霊使いであればあるほど、自分の魔力に似通った作り手と巡り合うことが重要になるのだ。
シーナへの支援は最終的にのフェナの利となる。
ガラの弟子になり日々特訓だ。
今編んでいる物は、街の中に入り込む小さな魔物避け。糸に含まれる魔力だけの、日常使いのものだ。なので、指に遮断液をつけて、作っている。誰にでも使えるように、だ。
編みの技術はさらに上がっている。
四十本ほど作ったところで赤い糸が終わってしまった。仕方ないので片付けていると鐘が鳴った。昼前の鐘だ。
ここでは、朝の一の鐘で人々が起き出し、二の鐘で仕事場へ向かう。三の鐘は昼食の四の鐘の体感一時間前、五の鐘で仕事を終える準備、六の鐘が鳴れば夕食が近い。
鐘と鐘の間は時間が均等ではない。神殿にある鐘が勝手に鳴りだすらしい。不思議ワールド。
六時に起きて、七時半に二の鐘、十一時に三で、十二時に四の鐘。五の鐘が十六時、六が十八時くらい。あとは門が閉まる七の鐘、二十時くらいで一日が終る。くらい、というのはシーナの腕時計が止まってしまったからだ。もちろんスマホも動かない。就職祝に親にもらった時計なので今も大事に持っている。
パンプスや衣類は神殿を通して売った。それを元手に古着を買っている。
「シーナ! そろそろ始めないと間に合わないぞ!」
兄弟子の一人が、声をかけてくる。
「はーい」
昼は店の台所で、当番制で作る。
はずだったのだが、兄弟子も姉弟子も最近はシーナにそれを押し付けてきた。その代わりシーナの掃除当番や食事の後片付け、一番若い弟子がやるべき朝の準備や掃除を率先して代わりにやってくる。
「今日はなにを作るんだ?」
今年で二十八になるはずのギムルがワクワクと満面の笑みを浮かべて聞いてきた。この世界はシーナの感覚で表現すると、ヒューマンタイプの者たちが大半だった。そのなかで少し獣が混ざってたり、ファンタジーにでてきたエルフのような耳のとがった者もいた。ギムルはこの獣が混ざっているタイプで、興奮すると瞳孔が猫のように細くなる。背もシーナより高く体格が良いので最初は威圧感があったが、今は完全にシーナに胃袋を掴まれていた。
「ササが家から野菜を持ってきてくれたから、それと腸詰めのスープと、
少し油を多めに入れたフライパンで粉をつけて揚げ焼きにしよう。
「ギムルはマヨネーズ作ってくれる?」
「おう、まかせろ。マヨネーズ、それは魔法の調味料」
朝どれ新鮮卵をよくもらうので、それで作ってみたら、店のみんながマヨネーズの虜になった。
シーナが来るまでは、いや、シーナが嫌気がさして色々と研究しだすまでは、腸詰めを焼いたものと届いたパンだけの昼御飯だったのが、今では調理時間を延長し、皆が材料を持ち寄り、なんなら普段の夕食よりも豪華になっているらしい。
最初は調味料や野菜の見ためと味のギャップに四苦八苦していたが、今ではかなり上手く使えていると思う。色が違っても、味は似たようなものがあったりするのだ。
ちなみに、普通は通いだが、シーナは店の三階に部屋をもらっている。いつの間にかガラの夕飯を作るのも朝食を作るのもシーナの役目になっていた。
十人前の昼食を作るのは結構大変なので、野菜を切ったりのサポートに一人つくとは言え、これ以上水準を上げないようにと気を付けている。
「さあ、今日も美味しい昼食に感謝していただきましょう」
にっこにこのガラと、にっこにこの兄姉弟子たち。
組み紐師ではなく、料理人になった方がよかったのではないだろうか。
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