5.神殿
神殿へはさらに街の中心へ行かねばならず、門からここまでと同じくらい歩くと聞いてへたりこんだ。もう足が限界だった。そんな有華を見かねて、ガラが靴を貸してくれた。少し緩いが、なによりヒールがないのがいい。皮と布でできたそれは、靴底が薄く道のでこぼこがダイレクトに伝わってくるが、足つぼのように考えることにした。
最終的にはヤハトに引っ張られ、バルに押されてようやく辿り着いたときには日が傾き始めていた。
真っ白な石で作られた神殿は、人がたくさん行き交っていた。
「熱心な者は、朝夕と
「バルとかな」
「フェナ様の世話がなければな」
誰もがみな、信仰が厚いというわけではないのかと、少し面白い。
「我々は奥に行くぞ」
人々の波を超え、この先に同じく真っ白な服を着た、少し年を召した男性のもとへ向かった。首と袖に穴が空いている袋のような形の衣装に、赤い細長い布を左肩に掛けている。
「これはフェナ様、おまちしておりました」
そう言ってにっこりと有華に微笑んだ。
胸の前に両手を当て、軽く頭をさげる。
「世界樹様のお導きによって拾われた幸運なる子よ、世界樹様の膝元でそなたの心が平安にあるよう願います」
「あ、はい」
気のきいた返しを知らないのでなんとも間抜けな反応になってしまう。そしてさらに奥へ通される。
部屋と部屋の仕切りに扉はない。ガラの店にあったような糸のカーテンもなかった。冬は寒そうだなと思ったが、ここに冬があるのかもわからない。今は日本で言えば初春のような気温で、日が陰り始めてとたんに寒くなってきていた。ジャケット一枚では少し足りない。
中庭のような場所の横を進み、一室へ通される。
机がいくつも並び、紙の束が重なっている。紙はあるんだなぁとそれらを眺めていると、先ほどの男が銀色の金属の板を、有華たちのすぐ横の机に置いた。
「どうぞお座りください」
有華向かって言うので、ちらりとフェナを見たら、彼女は既に勝手に違う机の椅子に腰かけていた。遠慮せずに座ることにする。
「まずは、突然のことに戸惑いも多いでしょうが、少しでも早く慣れるようわたくしたちもお手伝いさせていただきます。そのために質問をさせてくださいね」
銀の板はそのままに、インク壺に羽ペンをつけた。
「お名前は?」
「
「シーナ・ユカ、姓があるのですね。出身はどちらでしょう?」
「え、出身?」
「はい、シーナさんのいた世界、土地、地域、それらはなんと呼ばれていましたか?」
土地? 地域? 日本ではないのか、それよりも、
「……地球?」
「チキュウ種の方でしたか。了解しました」
「え!? 地球を知ってるの?」
「はい。
「
「年に二、三人導かれていらっしゃいますね」
道理で手慣れているはずだと、少し気が抜けた。その後、年齢や今までの暮らしのことを軽く聞かれ、それではと、ペンを置いて銀の板に手を置くよう言われる。
「こちらは魔力を測るものです。手が少し暖かくなりますが、害はないので安心してください」
有華の手のひらが触れると、銀の板はオレンジ色の光を纏った。眩しくはない。色味の効果か、先ほどの注意にあったように、なんだか手を伝って体がポカポカしてくる。
「魔力は平均より多目ですね。これなら職業の選択も多いことでしょう」
「それだが、私が後見する」
少し離れた場所にいたはずのフェナが、有華の座っている椅子の背に手を掛け、すぐ横に顔をずいっと近づけてきた。
「フェナ様がですか? 精霊使いにするには、魔力が足りないようですが……」
「森から抜けるまでに話をしたが、組み紐に興味があるようだ。ガラのところには話を付けている。それも大樹様のお導きだろう」
話をした覚えはないが、こちらを見る神殿の男性の視線に頷くしかなかった。
「そうですか、良い縁を結ばれたようですね」
裏の無さそうなにこりとした笑みに有華はまた頷くことしかできなかった。
「では、こちらの書類に」
「バル」
手慣れた様子でバルが必要項目を埋めていく。
「シーナさん」
「は、はい」
「突然のことにまだ混乱しているでしょう。今は目の前のことに精一杯でしょうが、少し落ち着いた頃、もし気が伏せってしまったら、是非神殿に足を運んでください。我々はいつでもあなたの味方ですから」
「まるで私が味方じゃないみたいだ」
「そーゆう意味じゃないっすよ!」
フェナとヤハトのやりとりが耳に入ってくるが、それよりも聞きたいことがあった。
「他のチキュウ種の方に会えますか?」
「シシリアドにはいらっしゃいませんが、三年後に大祭が、本殿で開かれます。シシリアドから一ヶ月ほどかけて移動した場所ですが、ここからも、何人もの司祭が参りますし、
チキュウ種の方も本殿にいらっしゃれば、と笑った。
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