4.シシリアドの街

 やがて木々が少しずつ数を減らし、まばらになってくると森を抜けた。有華はまだバルに背負われたままだった。

 パンプスのかかとを折ろうとしたら、止められた。落とし子ドゥーモの持ち物は好事家に高く売れるそうだ。何かやりたいことを見つけたときの軍資金として、オークションにかけたり神殿を通して売ったりできるらしい。

 でも、プレミアムなビールは絶対に売らない。食べ物は少し怖い。

 森が終わり、草原を一時間ほど行くと、高い壁が見えてきた。

「シシリアドだ。周辺では一番大きな街だ。反対側に海もあるから、人の出入りも盛んで賑わっている」

 そして、とその先をバルが指差す。薄ぼんやりと木が見えた。霞んでいるということは、それだけ遠いということだ。だがそれでも、木だとわかる。祖母の家が新幹線の距離だったので新幹線の中からの富士山を、幼い頃から何度も見た。快晴の日の富士山。それよりも霞んで見える。だがそれよりもずっと大きく見える。目の前の青空のキャンバスに広がる、つまり、天をつくほどの巨木なのだ。

「大樹様、我らの世界樹様だ」

 霞んだ青色に見える世界樹を、有華が口をポカンとあけて見ている間にも、三人は歩みを止めず進んで行った。やがて、身長の三倍はありそうな大きな門と、その前にある人集りが近づいてくる。

「バル、降ろしなさい」

 フェナに指示されて、有華は自分で歩きだした。街へと続く、何度も踏まれ固まっている土は、森の中より断然歩きやすい。

 街の中に入るための手続きがあるのだろう、長蛇の列ができていた。が、それを無視してフェナを先頭に真っ直ぐ門まで向かう。

「これはこれはフェナ様、おつかれさまです」

 同じような服装をした男たちが一斉にこちらを向き、周りの者たちは一歩後ろに下がる。兵士なのだろうか。腰にバルと同じような剣をさげていた。

「お早いお帰りですね。そちらは?」

 三人を順番に見たあと、有華に目を向け首をかしげると、フェナではなくバルに訪ねる。有華が彼の後ろに隠れるように立っていたからだろう。

 しかし、答えたのはフェナだった。

「拾った。たぶん、落とし子ドゥーモ

 周囲がざわつく。

「それは……世界樹様に拾われた者よ、あなたの道が平安であることを願います」

 胸を両手で押さえたような仕草とともに、その場にいた人々が同じ言葉を唱えた。

『あなたの道が平安であることを願います』

 門番だけでなく列に並んでいた、彼らの会話が聞こえていたであろう人々がみな同じポーズをとる。そして、バルまでもが。

「こちらで神殿に送りますか?」

「いや、私たちがつれてくよ、先に寄るところに寄ってからだけどね」

「では、先触れだけだしておきましょう」

「ああ、頼んだ」

 特別なにをするわけでもなく門を潜ると、四人は揃って歩きだした。


 街を囲む壁は不思議な色合いをしていた。土や木の色は地球とそう変わらなかったので、淡い紫色をした、五階建てのマンションくらいの高さがあるそれがずっと続いてるのは壮観だったが、中にはいるとまた自分の知ってる風景とは別の、様々な色合いの屋根が並んでいてなんだか可愛い。どこか外国の町並みのように思える。まあ、異世界なわけだが。入ってすぐは大きな道の両脇に同じくらいの間口の店が並び、看板に何やら文字と絵が描かれていた。しばらく行くと今度は今までのような小さな家ではなく、入り口が一つ大きなのがあり、あとは二階建てで窓がたくさんある建物がいくつも並んでいた。入り口の前では今夜の宿に、旨い食事付きだと呼び込みをしていた。

「キョロキョロしてると迷子になるよ」

 とはバル。

「ヤハト、手を繋いであげたらどうだい?」

 とは、フェナ。

 子どもじゃねぇんだからと言いかけたあと、有華が落とし子ドゥーモだと思い出したのだろう、おずおずと手を差し出してきたヤハトを丁重にお断りした。

「ちゃんと、ついていきます」

 たぶん、明らかに自分より年下の彼に引かれて行くのは避けたい。背負われてたときより恥ずかしいかもしれない。

 それでもつい周囲の様子に見入ってしまい遅れがちになる有華に、最終的には先頭を勝手気儘に行くフェナ、早く行くぞと声を何度も掛けるヤハト、有華の後から道を逸れすぎないよう見守るバルという順番で進んで行った。

 宿街を越え、階段を降りたり登ったりぐねぐねと道を行き、体感三十分以上かかったところでようやくお目当ての店についた。パンプスで歩き続けた有華の足はもうガクガクだった。

「ガラはいるかい?」

 シャラランと綺麗な音をたてて開いた扉の向こうへ、フェナが声をかける。家の中には二人一組で丸い椅子を囲んだ人々が、何人もおり、彼らが一斉にこちらを見たあと、すぐ手元に顔を戻した。だが、こちらに気をやっているのがよくわかった。

「あらあらフェナ様、いらっしゃいませ」

「奥は空いてるか?」

「ええ、どうぞ」

「二人はここでまっていなさい」

 バルとヤハトが頷くと、有華を手招きする。

 薄紅色の糸のカーテンを越えると廊下が真っ直ぐ延びて、両側に扉が四枚。その奥には階段が見えた。一番手前の扉をガラが開けて誘い入れる。

 窓のない三畳ほどの部屋の中には椅子が二脚あったが、誰もそれに座ろうとはしなかった。二人が座らないのなら、有華もそれに座ることはできなかった。

「あまり時間はないからね、用件だけ簡潔に話すよ」

 フェナが手首をくるりと回してそう言うと、ガラは笑顔を引っ込めて緊張した面持ちになる。

「こちらはシーナ。落とし子ドゥーモだ。彼女に組み紐を教えてやってほしい」

落とし子ドゥーモ、組み紐を?」

 戸惑いが全面に出るガラ。そして有華。突然の話で面食らう。

「あとから考えればこれも大樹様の結んだえにしだ。拾ったときにね、私も不注意だったが、シーナがね」

 フェナが袖を捲る。手首には六色で編まれた組み紐があった。一時期流行ったミサンガにも似ている。

「これに触ったんだ」

 ヒュッとガラが目を見開き息を飲んだ。そして有華を見る。

「これから神殿に行くが、私が後見人になるつもりだ。もちろんこれを育てるのにかかる費用はこちらが持とう。まあ、あまりにも才能がなければまた考えるが、私はこれを大樹様の縁と思っている。あの場所に私がいて、シーナは私の腕に触った。それが全てだ」

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