8.細工工房

 昼にと約束していたチャムの細工工房だが、結局三日後の昼が終わってから、ガラを伴って行くことになった。

 夜遅くまでうまく紋様が働くように疲労軽減の糸を使って、散々試作品を作らされたのだ。玉を作ると魔力の流れがだまになるそうで、色々と試した結果、紋様部分の糸にだけ魔力を集めやすいよう、その部分に後からンーチェの蜜を塗ることになった。糸は固まると効果が増大するものを使い、玉になってても問題をなくし、紋様の力を補強するようにした。

「親方はいるかい?」

「おう、待ってたぜ」

 翌日は到底間に合いそうにないとわかった時点で、チャムには行く日を遅らせると連絡した。

「なんか面白いもん作ってるらしいな」

 チャムの親方はとても体が大きい。獣が混じっているらしく、ガハハハといつも豪快に笑っている。そのくせ手先がとんでもなく器用で、小さな金属の細工を上手に作るのだ。

 改めて作った図面と、この間の耳飾りの完成したものを見せる。

「これを魔力を通しやすい魔銀で作ってもらいたい」

「じゃあ値段交渉だな」

 二人があーだこーだと話している隙に、チャムに新しい図面を渡した。次はフックの先に丸い輪をつけてあるタイプだ。もう一つ止まっていない、切れ目のある輪もセットである。

「シーナ! こら、あんたはまた何をしてるの?」

「ええっと、昨日思い付いた新しい耳飾りを……」

 あわじ玉を作ったから、あわじ結びでデザインするのもいいなと思い立った。

「あんたねぇ……」

 呆れ顔のガラと対照的に、ガハハハと笑う親方。

「まあいいじゃねえか、お嬢ちゃんの注文を予想以上に上手く作ってるチャムになかなか感心したもんよ。おい、チャム。それもやってみろ」

「はっ、はい」

 嬉しそうなチャムに、いいことしたわぁとシーナは頷く。

「もう、シーナはここにサインしなさい」

 残念ながら読み書きは翻訳されず、とりあえずシーナの文字だけは習った。アルファベットのようなタイプで、名前だけならすぐ覚えた。アラビア語とか、象形文字のようなものでなくて心底よかったと思ったものだ。

 契約書に書いていることを事細かに説明するガラの話を一生懸命聞く。値段や秘密保持義務の話、いろいろだ。

「じゃあ最初の納期はとりあえず10個を二日後、残りは十日後で」

「よろしく」

 取引が終わると、長居は無用と退散する。

「売れるといいわねぇ」

 そんなことを言いつつ、二人は並んで店に帰る。

 落とし子ドゥーモとしてこちらへ来て半年。最初の一ヶ月はほんとに、何もかもが新しいもので一日があっという間に過ぎた。覚えること考えることが多すぎて、聞くばかりで話すことが極端に少なくなり、それを心配された。

 それでもこうやってなんとかやってきている。この先どうなるのか全く先がみえないが、組み紐師の仕事は嫌いではない。楽しんでいるのも事実だった。フェナの言っていたえにしというのも存外嘘ではないなと考える。

 内心はどうあれ、落とし子ドゥーモにみな好意的だ。世界樹様が拾った子に仇なすなどもっての他、らしい。だからといってその上に胡座をかけば、疎まれる。

 それに、何度かあのあとも会った、神官に言われた。

 落とし子ドゥーモは倍生きるそうだ。事故などに遭わないかぎり、病気にはかかりにくいし、長生きをする。だからこそ、人との繋がりを大切にしてくださいと言われた。

 地球にいたころは、毎日仕事仕事で友人と遊ぶことが少なくなり、一人二人と連絡を取ることがなくなっていった。それも仕方ないと思っていたが、ここでは違う。

 順当に行けば、みな、シーナより先に死ぬのだ。

 積極的に繋がりを広げていかねば、いつの間にかひとりぼっちになってしまう。

 最初はこの街で生きていけるように、次はこの国で、やがてはこの世界で、なんとか生きていけるように日々学んでいかねばならない。

 シーナはこの世界の常識がない。それはかなり不利なことだ。皆が当たり前のようにやれることが出来ないのだから。

「そうか、だから長生きなのか」

「ん? なあに?」

 少し前を行くガラが振り返る。

「……お腹すきましたね」

 ごまかした言葉にガラが頷く。

 染みついた生活がガラリとかわり、その差を埋めるべく準備する期間が与えられたのだ。

 その先に起こることに備えて。

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