第20話 本本本本本本

 壱番館の執務室、そこで私とリンカは涙坂先生の用意した魔道具を装備する。

 

 チョーカー型の魔道具。魔法使い専用の監獄でも魔力を抑制する首輪や腕輪が使用されていると聞く。それと比べると拘束具としては弱いものだそうだ。学院側が生徒を処罰する際に用いる道具であるが、近年は多方面から抗議があって埃をかぶりがちなのだとか。


「もっとお洒落なデザインにしたら喜んでつけるんじゃないかな?」

「叔父さ……じゃなかった、学院長にそれとなく伝えておくよ」


 リンカと先生のそんなやりとり。……そういう問題ではないと思う。


 先生は私たちの首にその魔道具を嵌めると「本音を言うとね」と切り出した。


「地下書庫には、ギリギリになったら行くつもりだったんだ」

「惚れ薬を調合する前にですか?」

「いや。それなら、あとは君たちの身体の一部があれば完成できる段階まできているよ」

「……そうでしたか」

「いいかい? 危ないと感じたら探すのをやめて帰ってきなさい。これは教員としての命令だ。敢えて付け加えるなら個人的なお願いでもある」


 私、そしてリンカにも目を合わせて先生が言う。おかしなもので、これから入る地下書庫に限っては先生と私たちではおそらく私たちのほうが本を探すのに向いている。

 魔力が低いのがプラスに作用するだなんて初めてだ。それにこの胸に刻まれた契約自体が反応を示すかもしれない。

 そう、これはやっぱり私たちがやらないといけないことなんだ。


「惚れ薬の出番がないことを祈っている。下手したら、君たちのそれよりゴツくて重い首輪をつけないといけなくなってしまうから」

「ここは笑うところですか?」

「まあね。……ドロシー、伝わっていないかもしれないから今のうちに言っておくとね、先生は君のことが好きだよ」

「ええっ!?」

「おっと、失礼。リンカ、心配しないで。ドロシーをとるつもりなんてない。親心のようなものだからね」


 何驚いているんだ、リンカは。……なんで今は安堵しているのよ。


「つまりさ、図書委員になってくれてよかったと思っているし、行く行くは学院司書になるのを期待している」

「どうもありがとうございます。ですが、そんなに図書委員として活躍した覚えがありませんよ?」

「弐番館について言うなら生徒の中で誰よりも詳しいじゃないか」

「えっ。それだけですか?」

「性格が司書向きだ。……納得していない顔だね。性格に加えて血筋も向いていると言えばいいかな?」

「それであれば、たしかに」


 魔法適性のことを鑑みれば、本に関わる仕事に就くのはよさそうだ。それにリンカ曰く、未来の私は学院司書になっているわけであるし。凄腕の魔術師にだなん逆立ちしてもなれそうにないが。


「さて……君たちが入っている間は、学院司書の権限で地下書庫の立ち入りを禁止しておく。元々、一部しか機能していないとも言える空間だ。外部からの入室申請があっても理由をでっち上げて延期させておくよ。心の準備はいいかい?」

「はいっ! って、あれ、ドロシー? どうしたの。返事は?」

「えっと……」

「ん? 席を外したほうがいいかい。先生は空気が読める大人だからね」


 返答を待たずに先生は颯爽と執務室を出た。残される私とリンカ。

 露骨に二人きりにしてほしい雰囲気を放っていた覚えはないのにな。何はともあれ、機会を貰った以上は用事を済ませよう。


「あのね、リンカ」

「う、うん。……いいよ、いつでも」

「は? なぜ目を瞑っているのよ」

「えっ。ラスダン向かう前にキスしておこうって流れじゃなかったの!?」

「違うわよ! そ、それはほら、ちゃんと手がかりになる本が見つかってからで」

 

 そんな約束を取りつける予定なかったが、つい私は口走っていた。言ってみてから、それはそれで悪くない気もする。


「じゃあなに?」

「こ、このままだと上手く本を探せないわ」


 私はスカートのポケットから取り出す。あの日、リンカからプレゼントされた髪留め。一度つけてもらったのに、外してしまったそれを。


「ま、前髪が邪魔だから、お人好しな誰かさんが留めてくれて、ついでに編み込みでもしてくれたら……嬉しいわ」

「可愛すぎか!」

「きゃっ」


 いきなりリンカが抱き着いてくる。この反応は予想していなかった。


「照れながら頼んでくるドロシー可愛すぎ。前髪まとめるだけなら自分でもできるはずだし、なんだったら切る選択肢もあるくせに、このタイミングでしかも上目遣いでお願いしてくるだなんて、どんだけ私を惚れさせる気なの! ドロシーが悪いんだからね」

「なっ!? 急にそんな非難を………っ!」


 リンカがキスしてきやがった。

 やけに長い。舌を入れられそうになって、慌てて離れる。


「馬っ鹿じゃないの!?」

「えへへ」

「っ! そんな顔して……はぁ、もういい」

「よくない。ほら、髪留め貸して。じっとしていてね」


 完全に主導権を奪われている。こんな関係性は望んでいない。……望んでいないはずだ。もっとこう、落ち着いた関係というか、品位と節度がある仲でいたいというか……。


「動いたらまたするからね?」


 私は呆れかえり、彼女にされるがままになっていた。





 執務室を出ると、先生は私の髪、それからリンカを見やって「なるほどね」とにんまりした。それ以上、詮索してこないのはありがたかったが恥ずかしい。


 いよいよ私たちの地下書庫探索が開始される。初めて彼女と出会った場所だ。


「ねぇ、何か策はあるの?」

「ないわ。安全そうな本から読んでいく。と言っても、一から十を確認していたらタイムリミットなんてすぐ。大抵の本には目次があるからそれであたりをつけるわよ」

「えーっと、私、古代語って全然なんだけど。あっちで習っていた古典文法とも違う感じなんだよね。ここって古い本ばかりなんでしょ? 弐番館よりもさ」

 

 そのとおりだ。そして私の側も、解読なら任せてと胸を張れはしない。

 ここ数日間は空いた時間に古代語を集中的に学習していたが、それでも充分とは言えない。……というのを地下書庫に入る前にわかっていたから、対策してなくもない。


「おおっと! ドロシーが懐から取り出したのは……辞典、じゃないよね。そんな紙切れ一枚で何か変わるの?」

「主にリンカのためよ。古代語で『契約』だったり『婚姻』だったり、手がかりの探索に必要な重要語句をリストアップしたの。今朝起きて急いで準備したんだからね」

「英単語の暗記は苦手なほうだったんだけど……いくつぐらい?」

「五十個に絞ったわ。派生語を含めるなら百個余りね」

「そりゃどうも」


 そうしてを探す作業を進めていく。魔力をほとんどゼロにしているせいでどの本からも何の気配も感じない。本側も警戒を解いてくれているのか、簡単に開いては閉じられるを繰り返している。


「でもさ、すっごい魔本だったら魔力がないとそもそも開くことができないとかあるんじゃないの?」

「あるでしょうね」

「え? どうするの」

「ひとまず存在を記録しておくしかないわよ。結局は賭けだもの。私たちが結んでいる契約魔法について記されている本がここにあって、かつ安全に読むことのできる本だと信じて探すしかないじゃない」

「わお。異世界だってのは痛感していたけど、ここにきて御都合主義の実現を信じるしかないってのはさながらゲームだね」


 ――――こんなふうに悠長に話していられたのも確認を終えた本が二人合わせて四百冊を過ぎる前までだった。

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