第15話 大森林にて②
限りなく確信に近い推測が私の頭の中で展開され、思わず出てきた言葉は「嫌なやつ……」だった。
ところが私はその呟きがこの場でどう作用するか、つまりはどんな誤解を生じさせる可能性があるかまで考えが及んでいなかった。
「嫌なやつって、それどういう意味なの」
リンカが柳眉を逆立てていた。
そんな表情さえも美人なのはなんだかずるい、そんなことを漫然と感じてから私は首を横に振った。
「ちがうわ」
「何が? 私に質問されるの、そんなうざかったわけ? ちょっと気になっただけじゃん。なんでなの。そんな冷たい態度はやめてよ。どうして……。ねぇ、わかってよ! 私はっ……!」
「そ、そこまでぇーっ!」
サラが叫んで割り込んでくる。
文字通り、私とリンカの間に無理やり分け入って、私たちを交互に見やる。今にも泣きそうだ。
「二人とも! け、喧嘩しないで! これ以上言い争うんだったら、えっと、な、泣くからね! こう見えて小さい頃は泣き始めると手はつけられないって家族の中じゃ――」
「誤解させて悪かったわ。リンカ、それにサラも。私の話を聞いて。お願い」
私はサラの話を遮ってそう言う。リンカは今の言葉では納得がいっていないのだろう、そっぽを向いた。
「サラ、写真をもう一度見せて。ウスベニザシミズハの写真をね」
そう頼むとサラは涙が零れかかっている目元を指で拭って了承してくれた。
「結論を言うわね。この写真どおりの植物は見つからないわ」
「へ? どうして? ひょっとして先生が間違って別の植物の写真を配ったの?」
「いいえ、そうじゃないの。季節と気候のせいよ。ウスベニザシミズハは雨季を迎える前の乾燥している時期に、陽光を充分に浴びきれない日が続くと、その色と形が変わってしまうのよ」
「たしかに今日でもう三日連続曇り空で、二人の顔色も晴れていなかったけど……」
後半は聞こえなかったふりをして、私はサラから写真を受け取りそれをリンカにも見えるようにして説明する。
例の担当教員が何と言って写真を配布していたか。
「『参考にしたまえ』なんて言っていたわ」
「あ……『昨年七月に開催された魔法草の大規模な市場にで撮影したものだ』とも言っていた」
リンカが私の言葉を継いでくれる。私はつい「そう!」と柄にもなくはしゃいだ声を上げ、彼女を指差した。すぐに下ろす。リンカの顔から怒りが消えていた。
「ええと、先生は特性のことを知っていたんだよね?」
「当然ね。でもわざわざ説明しなかった。それを知識として持っているか否かが評価のポイントの一つとでも考えているんでしょう。でもね、生徒からすると嬉しくないわよね」
うんうんとサラが肯く。
リンカが「なあんだ」とやっと微笑んでくれた。
「それで『嫌なやつ』だったんだ。あの講師の人を指していたんだね」
数ある魔法草の中ではマイナーな部類に入るとはいえ、中等部の教科書にもちらっと登場してはいるウスベニザシミズハだ。
ようは、一概に担当教員を理不尽だとするのはこちらの浅はかさを証明しかねない。
それでもこのやり方は親切でないとは言えよう。肯定的に捉えるなら、写真の詳細を教えてくれたり、班別に解散する前に天気のことを話したりしたのはヒントだったのかもしれないが。
「それじゃ、改めて探索開始と行こうよ! ドロシー、どんなふうにウスベニザシミズハが変わるかも覚えてくれているよね?」
「ええ、任せて。……と言っても実物は見たことないから、どう記述されていたのかを共有しておくだけになるけれど」
そうして私たちは心機一転、曇天下のウスベニザシミズハ探しを再開する。
しばらくしてその植物は無事に見つかった。写真に収められたそれと比べて、色が薄くて葉の周りのギザギザとした鋸部分が上方へと妙に丸まっており、花をつけてもいない。
「まだこの時期だと開花だってしていないんだね。写真の中の花を目印に探しても見つかりっこないよ」
リンカが私の採取したウスベニザシミズハをしげしげと見つめて言う。私はサラから持ち運びを交代したばかりの提出用バッグにそれを入れた。
「このエリアは群生地ってほどではないけれど、見たところ提出分は採れそう。手分けして慎重に根ごと採取しましょう」
私の提案に二人とも同意してくれる。そんなわけで、お互いの姿が視認できる範囲で私たちは場所を分けて採取を試みるのだった。
「うわぁ、降ってきちゃったよ」
それはちょうど順調に採取が進んで、帰路につくかもう少し品質が高そうなものを探しに行くか検討している時のことだった。
ぱらぱらと降り出した雨。リンカの言葉に思わず空を見上げた私の鼻先に大きな雨粒がちょんっと落ちてきて冷たかった。
私たちはなるべく大きな木の下で雨宿りをしようと移動し始める。幸い、すぐに手頃な大木が見つかった。
「ねぇ、傘なんて持ってきていないよね?」
「ええ。でも、雨避けの魔法ぐらい習得しているわ」
防壁魔法の亜種だ。
初等部の子でも普通に使っている。ただし魔力量がそう多くない魔法使いであったり、お洒落な傘を使うのを楽しんでいる子だったりすると使用することはない。
それにもとより、大雨でもない限りは少々濡れるのを厭わないのが私たちの普通だ。一方、リンカはそうではないみたい。露骨にテンションが下がっている。
「心配しないでも、私とサラの二人だけで雨避けして帰るなんてしないわよ?」
「もしそんな薄情な真似したら……この草、全部食べてやるんだからね?」
私から交代して、肩から提げているバッグを軽く叩くリンカ。それは困るわ、なんて言う代わりに「お腹壊しちゃうわよ?」ととぼけた私に彼女は笑った。
しばし、ぼんやりと雨が降る様を眺めていた。小休憩を挟んでもいい頃合いだときっと私だけではなく二人も感じていたのだろう。
緩やかに一分、二分と時間が流れて、リンカが「へっくしゅん!」とくしゃみをした。
「寒いの?」
「少しだけ。ねぇ、あたためてくれる?」
「はわっ!? リンカちゃん、それは人肌ってことなの!? ドロシーちゃんの肌でぬくもりをってこと!? 羨ま、じゃなくて、そ、そそそういうのはせめて私がいない時に! いや、それはそれで悔し……くはないんだからねっ!」
サラが妙に興奮しているのをよそに、私は制御杖を取り出して暖の魔法を唱える。灯りの魔法と比べると魔力の消費量が多いが基礎魔法のうちだ。
「どう?」
「うん、あったかい」
自然とリンカと見つめ合っていた。
ごめんね、と言いかけたまさにそのときに彼女が優しく微笑み「いいよ」と小声で口にする。
読心の魔法は使えるわけないと理解していても、いや、だからこそ驚く。それだけじゃなくて、顔が熱くなるのがわかる。これは暖の魔法のせいだ。そういうことにする。
「わ、私もいますよー、いるんだからねー」
「どうしたのサラ。ちょっと変よ」
「だって、なんだかただならぬ関係の雰囲気がぷんぷんと……」
もよもよと言われてもうまく聞き取れず、申し訳なくなる。聞き返そうとした矢先に音が鳴る。何の? すぐ傍からだ。どこ? リンカが持っているバッグ。バッグについている鈴だ。
つまり――――魔物の接近?
「二人とも、警戒し」
口から「て」の音が出なかった。
目が合ったから。木々の間を縫って、ぬるりぬるりと、こちらへ近づくその魔物と。
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