第14話 大森林にて①

 五月に入り、聞いていたとおりに森林区画での授業が開始される。内容は薬草や木の実の採取、野生動物の生態観察、下位の魔物との間合いの取り方等々と多岐にわたる。

 一部の生徒にとっては魔物との対峙こそがメインだろう。とはいえ、ダンジョン内と違い、森林区画で暮らす魔物は魔力の蓄積量がわずかで、凶暴性も低いそうだ。ダンジョンに入る前の戦闘訓練にうってつけの相手。そんなふうに捉える生徒がいるのは何らおかしくない。


 そもそも将来的にダンジョンで活動することを夢見ていない生徒にしてみれば、あまり乗り気になれない授業であった。

 魔法使いの宿命として、人と相容れない魔物との「適切な付き合い方」を習うのはどの国のどの学院でもいっしょとは言ってもだ。

 

 今回の課題は、三人から五人の班を作って森林内で特定の植物を決められた量だけ採取して提出するというもの。

 単独行動に代表される危険行為をくれぐれも避けるようにと教員が注意喚起をしてから各班に必要な道具をいくつか渡していく。


 私とリンカ、そしてサラの三人で班を作り、探索を始めた。リンカ目当てで声をかけてくる男子がいるかと思っていたがどうやら牽制し合った結果、別の班に収まったようだ。


 午後一時の空には灰色の雲がひしめいている。木漏れ日のない地面を進んでいくが、私は横並びで歩く二人の後ろをついていくのだった。


「ねぇ、サラ。なんとかかんとかって草は、課題になるぐらいだから見つかりにくかったり、似た種類の草があったりするの?」

「ウスベニザシミズハだよ、リンカちゃん。えーっと、さっき園芸部の子が話しているのが聞こえたんだけどね、似たような色合いで葉の形だけが違うものがあったり、成長しきったものだと逆に薬効がまったくなかったりするそうだよ」


 より品質の高い素材の採取が高評価に繋がる。今回の担当教員は厳しいことで有名なので、誤った草を提出したら容赦なく減点されるだろう。


「うん? 薬に使えるの?」

「たしか若葉だったかな。魔力由来の痺れを緩和させられるんだって」

「若葉ではなく根よ」

「そうそう。さすがドロシーちゃん。ところで……」

「なに?」

「な、なんでもない」


 サラが何を言おうとしたかは察しがつく。私たちがまだ喧嘩中であるかどうかだ。

 

 今日は、弐番館の屋上でのキスから二日経って三日目である。丸一日置けば気持ちが整理できてきちんと話し合えるだろうと高を括っていたのが昨日のこと。今に至るまでぎくしゃくとした雰囲気は継続中だ。

 

 これまですんなり距離を詰めてきたあのリンカが、目を合わせるのにも躊躇している様子に、どうしてなのよと心の中で理不尽になじってしまう。そんな私は自分からは彼女に歩み寄れずじまいだ。


 スカートのポケットには、鏡だけではなくリンカから貰った髪留めが入っている。自分でつける気にならず、かと言って捨ててしまえるほどに怒りや憎しみはなく。今だってサラと楽しげに話すその横顔に見入っていた。

 

 あの日取り乱した件を、改めて謝罪した上で互いの気持ちを真剣に考えるべきだ。そうしなければ待っているのは死、もしくは精神干渉。そんなの嫌だ。


「ちなみに、そのスベスベマンジュウガニを探せる魔法ってないの?」

「ウスベニザシミズハ」


 後方から即座に訂正してから、言わなきゃよかったと思う。今のはリンカなりのボケだったのではないか。少なくとも、苛立った調子の声で刺すように口にしないほうがよかったのだ。


「えっ、えっとね! あるかないかで言えばあるけど、私は使えない。大して魔力を帯びていない植物を探すとなると高度な制御と精度がいるんだ」


 焦った口調でサラがリンカにそう返事をしてくれる。そしてこちらを振り向く。


「ドロシーちゃんはどう? 感知・探索系統の魔法適性をたしか……」

「悪いけれど私では力不足ね。できるならもうやっているわ」

「そ、そうだよね」


 しまった。また失言。一言余計だった。サラにあたってどうするんだ。


「地道に探すしかないってことだね。もう一度、写真を見せてもらっていい?」

「はい、どうぞ」


 サラが各班に貸し出されたバッグ、魔物の接近を知らせる魔道具の鈴がついているその中から、写真を取り出してリンカに見せる。

 それもまたすべての班に配られたものだ。二人が足を止めたことで私もそうする。既に他の班の生徒の気配は付近にない。

 広大な森であるが幾度となく出入りをしている学院関係者によって踏み固められた道が至る所にある。


「見ておく?」


 写真をしばし眺めていたリンカはちらりと私を見て、写真を掲げてそう言った。私は反射的に「ええ」と返すとリンカに手を伸ばして写真を貰い受ける――その寸前のところで彼女はピッと写真を宙に高くあげた。


「なによ」

「……なんでもない」


 そして今度は確かに私の手に写真が渡る。私はサラが顔を青ざめせているのに気づかない振りをして、ウスベニザシミズハの姿かたちを記憶すると写真をサラへと戻した。




 探索開始から三十分して、まだ一つも採取できていないことに焦燥感が生まれる。

 

 サラもリンカも懸命に探している。サラは当然として、リンカについては彼女に気取られように何度か探す様子をうかがった私だった。ずいぶんと真面目な顔して探してくれている。


 翻って私はどうなんだと自責の念に駆られる。集中できていない。ふと気づいたときに目が、手が、足が止まっているのだ。


 なぜ?

 わかっている。リンカとの仲を修復するためにはどうしたらいいか、思考がそこに行き着くたびに他のことが疎かになっているのだ。かき乱されっぱなしだ。


 たった三度キスした相手に過ぎないのに。

 そんなの、リンカでなくても、べつにしようと思えばサラとだって――と、そのサラと目が合う。


「ドロシーちゃん? どうかした?」

「……このあたりにはなさそうね。エリアを変えない?」

「けど、どこに行ったらいいんだろう」

「それは……わからないけれど」


 闇雲に探すのが効果的ないことは三人とも百も承知だろう。

 

 ウスベニザシミズハの自生に適していると思しき環境はこの森にいくらでもあるのに、その姿は全然見当たらない。そこには何か道理があるはずだ。考えろ、考えるんだ。きっと取られ尽くしてはいない。もしそうだったら課題の設定ミスだ。

 

 班行動に分かれる前、あの陰険そうな面構えの教員は注意喚起以外で何か話していなかったか? 写真を配布しながら助言らしきものを口にしていなかったか。いや、そんなのは……。


「ねぇ、どうして絶好なの」


 不意にリンカの声がすぐ耳元でして、屈んでいた私は肝を潰してひっくり返りそうになった。どうにか持ち堪える。自分ひとりの力で、倒れずに済んだ。

 私はすっくと立ち上がり「今、なんて?」と聞き返す。


「始まる前にさ、先生が言っていたよね。今日は絶好の天気だって。今にも雨が降りそうなのに変じゃない? ウスベニザシなんとかって晴れの日には見つからないの?」


 リンカの疑問。

 私はあの教員の顔を改めて思い浮かべ、そしてその声を思い出す。参考写真を配り終えた後で、空を仰いで言っていた。絶好の天気だと。でもその表情は喜びというよりは、もっとたちの悪い……。


 そのとき脳裏で、かつて読んだ本で得た知識と、教員の説明と、写真とが線で繋がった。三つからやっと答えを導き出せた。

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