第12話 デート?①
「朝から難しい顔してるね」
そう言うリンカは昨夜のことなど気にも留めていない様子で隣を歩く。
私はうまく寝つけず、気づけばいつもより遅くに起きてしまっていたから、その分ずれた時間帯に二人で教室に向かっている。
「一時間目から生物基礎の小テストなのが憂鬱なのよ」
惚れ薬という最終手段のこと、そして彼女の唇の感触に惑わされて寝つけなかったとは認めたくない。
「むしろどうしてリンカは平然と……」
「あっ! 前を歩いているのサラだよね。おーい!」
話を最後まで聞かずに彼女は駆けていく。
サラは「おはよう、二人とも」と振り返って私たちを見て微笑んだ。そして三人横並びで教室まで行くことにする。なぜか私が真ん中だ。
「珍しいね、ドロシーちゃんがこの時間帯にまだ登校中だなんて」
「そういう日もあるわ。ところで、一時間目のテストだけれど……」
「ねぇ、よかったらヤマを教えてくれないかな。ゼロ点は嫌だもん」
「う、うん。えっと、ドロシーちゃんも?」
「そうね。できれば満点をとりたいから」
実技面での高評価を期待できない分、ペーパーテストでなるべく稼いでおかないといけない。
幸い、大半の科目は私のように魔法適性が軒並み低い魔法使いに対しての救済措置として、知識さえあればどうにかなるテストや補習課題を用意してくれている。
「そういえば、サラは美術部なんだよね。高等部から新しく入った子いる?」
「リンカ? 今はテストに向けての話を……」
「数人だけかな。基本的にみんな初等部か中等部からって子ばかり。私は、つい去年からだけどね」
「へー、急に美術に目覚めたってこと? ビビっと天啓を受けたみたいな」
「ううん、そんなのじゃないよ。ただ……」
「ただ? って、ドロシー? なんでそんないきなり早足になるの!?」
「先に教室に行ってテスト勉強に集中する」
私はサラに「どうする?」と目配せした。
「わ、私も。ごめんね、リンカちゃん。また時間があるときに話そう」
「そういうことなら私も行くって! 置いていかないでよー!」
教室に到着した後でサラと私からテストで出るところを教わったリンカだったが、テストが終わってから手応えを訊くと「こっちの世界と共通する部分も多かったからまぁまぁ書けたよ」とのことだった。
動植物の基本構造は同じらしい。当の彼女の姿が私たちと変わらないのだからそれが自然なのかな。
放課後になると、リンカに手を引かれて教室を出た。周囲の視線が痛かった。かと言って無理に振りほどいたらそれこそ周りからどんな目で見られるかわからない。
こういう子なのだと彼らに示すように私は「はいはい、行くから。落ち着きなさいよ」と言いながら彼女についていった。
「今日はデートをします」
人気のないところまで来て、唐突に表明した。なぜか敬語だ。
「わかったわ」
「そんなこと言わずに……って、あれ? 今、わかったって言ったの!?」
「そうよ。お互いをもっと知らないと恋も愛もないでしょ」
「なんだか照れるね」
「勘違いしないで。まだ死にたくないだけ」
「ツンデレ……じゃないね、これは。なんと今日は私の奢りだよ!」
今朝、私が寝ている間に涙坂先生にお願いしてお小遣いを貰ったらしい。熟睡していた先生を叩き起こして、土下座して勝ち取ったという話だ。何をどう勝利したんだ。
「それでどこに行くかは決めてあるの?」
「今日は今日とて気持ちのいい青空だから、どこか見晴らしのいい丘でもない? それで二人並んで甘いもので食べたら、いい雰囲気になりそうかなって」
「もう夕焼け色一歩手前よ。……丘はないけれど、壱番館の時計塔は展望台も兼ねているの。購買部で何か買って登ってみる?」
「そこって、二人きりになれそう?」
「さぁ。たぶん何人かいる。放課後だもの」
「んー……キスしちゃったら噂になるね」
私は虚をつかれて固まった。
昨夜の言葉が本気なら三度目のキス、それは私から彼女にしないといけない。そう考えると胸の鼓動が早くなる。紋章のせいだ、そう自分に言い聞かせた。
リンカはそんな私を見てはにかむ。
「二人きりになれるところに行こっか」
黙って肯く私。リンカは「あ、そうだ!」と何か思いつく。
「せっかく軍資金があるんだし、形から入るのもよさそう」
「形から?」
「他の子が話していたんだ。学院街のお店で恋人とお揃いのアクセ買ったって。指輪……じゃなくてもいいから、私たちも何かペアで買おうよ。ね?」
そんなことで仲が深まるのだろうか。
これまで意識して誰か特定の一人と「お揃い」をしてこなかった身としては疑問だった。類は友を呼ぶと言えばいいのか、私の数少ない友達は皆、そういう物理的な繋がりを重要視していなかった。
サラは……どうかな。
「もしかして嫌? 装飾品アレルギー?」
「いいえ。これまで興味がなかっただけ」
ポケットに入れたままの鏡。それは私を映すもの。アクセサリーは私を飾るもの。これを機会に一つか二つあってもいいだろう。
出会い方が違っていれば友達にすらならなかっただろうな。
学院街の洋服店で店員から勧められるがままに、まるで着せ替え人形のように着脱を繰り返しているリンカを眺めながら独り思った。
お目当てのアクセサリーショップに行く道中でリンカが「服も見ていこうよ」と提案したものだから入ったはいいが、目ざとい店員はあっという間に彼女を捕まえてしまった。私も別の人から声をかけられたものの、丁重にお断りをして小さなベンチに腰掛けてリンカを見守ることにしたのだ。
美人だ。目を引く銀髪やその整った顔立ちだけではなくて、すらりとした手足、身体の凹凸具合は理想的と言える。ふと思い出されるのは、あの日、直に目にした彼女の生まれたままの姿の上半身。
もちろん、紋章を確認するためだったけれど……今になって後ろめたさとそれとは違う、何か熱っぽい感情が渦巻く。
私にはない輝きを持っている女の子だ。大勢が彼女に惹かれていくなかで、もし彼女が私を選んでくれなかったら私は、そして彼女も死んでしまうのは理不尽にもほどがある。そんなバッドエンドあんまりだ。
暗い考えに陥っていた私のもとにリンカが寄ってきて「どうよ!」とその格好を見せつけてくる。
おとぎ話の主人公の挿絵として描かれるようなワンピース姿。まるで、銀髪のお姫様の花畑お散歩コーデ。
「似合っているかな。あっちじゃ、こういう可愛い可愛いしているワンピースって、選ばれた人しか着れないって勝手な印象あったんだけど……ど、どう?」
「似合っているわ、すごく」
「ほんと?」
眩しい笑顔を向けられ、私はうまく微笑み返せずに「うん」と呟く。するとリンカはさらに私に近寄ってきて耳元で囁く。
「惚れた?」
思わず立ち上がって口を開いたが、何も出てこない。どう言えばいいか、今、自分の心にぱぁっと花咲き、でもすぐに閉じたそれに名前がつけられない。
「…………気に入ったならそれ買って、次のところへ行くわよ。もうすっかり夕暮れなんだからね。外で待っている」
そう私は言って、さっさと彼女から離れようとした。
自分一人になって気持ちに向き合いたかった。それなのにリンカは「待ってよ」と腕を掴んでくる。ぎゅうっと。教室を出て行くときよりもずっと強く。
「次はドロシーの番」
「え?」
「私が可愛くしてあげる」
にっと笑う彼女。余計なお世話よ、と言える私はもうどこにもいなかった。
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