第10話 魔法適性

 リンカがどこからともなくラクロス・クロスを出現させ、ゴーレムを粉砕した翌日。


 授業は休みだ。大半の生徒にとっての休日。補講や希望者を対象にした特別講座があるにはある。


 元気いっぱいに回復したリンカが会話そっちのけで朝食をこれでもかと胃に詰め込んだのを見届けてから、四人目の要返却催促者のもとへと向かう。

 当該の生徒に女子寮で難なく会うことができた。彼女はつい昨日に自分から返してくれていたようで、延滞しないよう厳重注意するだけで別れた。


 取り立て業務の完了報告、そして調査の進捗をうかがうためにも涙坂先生のもとへ、すなわち壱番館に行くことにした。


 なお朝食前に先生の部屋を一度訪ねたが留守だった。例の紋章の調査で遠出しているなら会えないが、そのときはそのときで、私たちで調べ物をするか休日を満喫しよう。報告は他の司書や図書委員にすればいい。


「リンカ、あなたの魔法についてだけれど」

 

 授業がある日と比べて人通りの少ない道を並んで歩きながら、私が切り出す。

 時刻は午前九時を回ったところ。快晴。晩春の朝から初夏の朝へとしだいに移っているのを肌で感じる。


「うまくいかないんだよね。クロスも出せないし、基礎魔法も使えない」

「試したの?」

「昨夜、遅くに起きちゃって。月明かりを頼りに教科書開いてさ、使おうとしたけど魔力が全然外に出ていかないの」


 出会ったあの日、魔力を共鳴させてからは魔力が身体を循環しているのを自分で感じ取れるようになったそうだ。

 変則的であるが、一度ああやって放出させたから他の魔法も行使できると見込んでいたがどうもそうではない。


「あの魔法球の威力は中位の攻撃魔法に匹敵するわ。もちろん使用者に依るから、一般的な話。……私だと適性がないから、放とうとしても暴発が必至よ」


 それに対して昨日のリンカの動きは洗練されていたと言ってもいい。


「手や杖から出そうと思っていたら、ああはいかなかったんじゃないかなー」


 彼女の世界のラクロスが決して魔法の球を放ち合うスポーツでないのは確からしいが。


 私と同質の魔力なのに彼女特有と思しき魔法。やはり存在がイレギュラーだからそんなこともできるのか。


「あの棒、窮地に陥らない限り出現しないなら使い勝手が悪いわね」

「たぶん訓練しだいだよ! こういうのはやっぱり、修行パートを経て、強くなるのが王道だからね。んー、でも最近はいきなり最強ってのも……」

「リンカはああいった魔法をもっと使えるようになりたいの?」

「んー、改めて訊かれちゃうと。べつにダンジョンにもぐって魔物たちを倒したいわけじゃないし。魔法が使えない世界で生きてきたから、使えるなら使いたいって、漠然とした気持ちはあるよ」

「そう……」


 クラスメイトの中には、世界に点在するダンジョンへと入り、攻略を目指すいわゆる探索者稼業に就きたいと考えている人もいる。

 学院付近には二つの国定ダンジョンがあるが、一つは高等部一年の秋から授業で使用する場所だと聞いていた。


「リンカが観測していた時代ではここの学院の生徒が大勢、ダンジョンに入っていたの? つまり、授業では入らないはずの中・下層にまで」


 私の疑問に、思い出すような素振りをしてからリンカが答える。


「クラスの子から聞いたけど、ダンジョン探索部ってあるでしょ?」

「ええ。名前だけは知っているわ」

「あれが規模を拡大、地位を向上させて委員会の一つになっているんだ。そこに所属している一部の生徒が積極的にダンジョンに踏み込むって設定……じゃなくて規則ができあがっていたよ」


 なるほど、大勢ではなく精鋭のみということか。


「でね、お姉様は後方支援を担当していて、ダンジョンに入る前に強力なバフをかけてくれるんだ! ええと、つまり付与魔法かな。あのね、最初は『無様にも大怪我をして学院の名を貶めるのは許さないわ』なんて、仏頂面で言ってくるの。それが『賢者の勇気と愚者の蛮勇。あなたに前者を授けられればいいのだけれど』って心配そうな表情になって、もっと親しくなると『無事に帰ってきなさい。まだお勧めしたい本が山ほどあるんだから』って照れながら言ってくれるんだよ!」


 リンカの言う、紙魚咲ドロシー女史はその探索者たちの委員会に属しているのだろうか。学院司書の領分でないような気がする。

 

 それはともかく「お姉様」の話をするときのリンカの目はきらきらとしていて、本当にその女性を敬慕しているとわかる。熱が込められた声でお姉様について聞くのは、どうにも気持ちがよくなかった。なんでだろう。




 涙坂先生が学院の外へと出張中であるのを、他の司書が教えてくれた。

 旧棟のエントランスにでも書き置きしてくれたら、などという非難をあの人にしても無駄だろう。今は信用して調査がうまくいくのを待つしかなさそうだ。

 

 先生と連絡がとれない件についてリンカは「大気中の魔素のせいで遠距離間の通信手段が制限されているのって不便だね」と、また私にしてみれば自明の事実を確認していた。


 取り立て業務の完了報告もその司書にすると、用紙を受け取って不思議そうな顔をした。例のしゃくれた先輩と涙坂先生の二者間のやりとりに留まっていたのは想定内であったから、平然と「いい経験になりました」とだけ言ってその場を後にする。


 そのまま壱番館でリンカの魔法について調べてみることにした。

 古代の紋章だけなら弐番館のほうがいいが、ああいった特殊な魔法となると最近の研究にも関心を向けるのがよさそうだという判断だ。


 数十分して、私の隣で本を開いて「うーん……」と唸っては別の本を持ってくるを繰り返していたリンカが「ねぇ」と囁いてきた。


「お手洗いなら向こう。順路案内もある」

「ちがうよ。ドロシーがそんなふうにいかにも難解な本をすらすら読めちゃうのも魔法なのかなって」

「半分そう」

「え、ほんとに?」

「母方の祖母が学院司書をしていたの。六歳から学院に入る十歳までの期間、通常の読み書きとは別に、初歩的な魔導書の読解術を教えてもらった。解析や分析といった分野の魔法適性があるのを早くから見抜いてくれていたのね」

「 ひょっとして、鑑定スキル持っているの? 人やアイテムのステータスがお見通しよ、みたいな」

「……そんな能力は身につけていない。専ら、本に対してだけ。人より素早く正確に読めて、記憶に残しやすい。魔法なんかじゃないと言われても強く否定できないわ」


 未学習の言語を読めはしない。古代語はまだまだ学習中だ。


「ふむふむ。今はまだ知識を頭に詰め込んでいる段階で、いずれは数多の魔法を繰り出す大魔法つかいになるわけだね」

「ないわよ、そんな未来。多少の適性変化はあっても、私は火や水、それに土、雷、風……ろくに使えない属性を挙げたらきりがないわ」

「そ、そうなんだ」


 昼前まで調べ物を続けたが成果は得られず、私たちは昼食をとりに学院街へと出ることにした。リンカには現金が支給されておらず、必然的に私が支払うことになる。

 

 だと言うのに、彼女は遠慮なく注文する。しまいには「はい、あーん」などと、切り分けたストロベリーカスタードパイを人の口に入れようとしてくるから辟易してしまう。


 リンカの笑顔に気圧された私は、パイに罪はないと言い聞かせて食べた。

 羞恥で味覚が鈍っていたけれど、甘さがしかと伝わった。

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