第9話 取り立て業務②
「逃げてっ!」
土門先輩の構築したゴーレムを見た私の第一声。リンカにかけたその言葉はしかし、彼女にとってはゴーレム以上に驚きだったみたいだ。
「いやいやいや! ここはほら、華麗に撃退して正気に戻す展開じゃないの!?」
「馬鹿言わないで。あの拳、まともに食らったら骨折じゃ済まないわよ」
「そこは魔法で……」
「私が防御できても、あなたはできないじゃない! 引きつけておくから、さっさと逃げて、温室にいる人たちに知らせに行って!」
懐から制御杖を取り出し、敵を見据える。
ゴーレムの背丈は私やリンカの三倍といったところ。全身黄土色で顔の細部までは造形されていない。土属性の魔法適性があってマテリアルも揃っているなら高等部三年生で構築できるものとしては平均的と言える。完全自立型ではなく、杖による操作が基本となるタイプなのが救いだ。
時間稼ぎを兼ねた最後通告をする。
「土門先輩、 今なら未遂で済ませられますよ。もし本当にそのゴーレムを差し向けるようであれば裁判沙汰になっても――――」
土門先輩は懐から悠々と杖を取り出して「うるせえ」と低く呟くと、杖を振ってゴーレムに指示を出した。
向かってくる、そう思って身構えたが違った。
ゴーレムはその両手で地面を掬うようにして私たち二人に土砂をかけてきた。その量は目眩し以上の効果がある。
直撃したリンカが「うわっ!」と言って倒れこむのが見えた。逃げるよう言ったのに距離をとっていない。
私はどうにか魔法防壁――ほとんどすべての生徒が初等部に教わり研鑽を積む基礎魔法の一つ――を展開して直撃を避ける。
「リンカ!」
土まみれで倒れている彼女のもとへ駆けていき、その身を起こすのを手伝う。その間にゴーレムが一歩、また一歩と近づいてきている。
「ぺっ、ぺっ! うう、口の中まで砂や土が……」
「早く背中に隠れて。防壁を張りながら距離をとるわ。合図で全速力で走り出して。わかった?」
「うん、でも」
そのあとは続かない。
ゴーレムが大きく一歩踏み込み、私たちに右の拳を落としてきたのた。
咄嗟にリンカの前に出て防壁を展開する。受け止め切れ……ないっ!
なんとか破られる寸前に力を逃して潰されずに済んだが、弾き飛ばされてしまう。
今度はリンカが「ドロシー!」と叫ぶ。それと私が地面に倒れこむのが同時だった。
落ち着け。大丈夫、立てる。
早く立たなきゃ。
って、何しているのっ!?
「わ、私が相手だぁあああ!」
起き上がろうとしている私の前、そして当然ゴーレムの目の前に、リンカが立って叫んだ。無茶苦茶な、無謀な、ヤケクソな宣言だ。挑発にもなっていない。
そんな彼女に容赦なくゴーレムの拳が迫る。私がリンカの体を魔法で無理矢理浮かせて回避させるために杖を振り抜こうとしたそのとき、閃光が走った。
次の瞬間、リンカとゴーレムの土拳の間に何かが出現していた。
他の誰かが間一髪のところで放った防御系統の魔法ではなさそうだ。
なぜならその物体は、そう、実体のあるそれは見たことのない形をしていから。
棒の先に網がついた何か。
私の思考は混乱を極める。一方、リンカはというと……。
「きっ、きたぁぁあ! このクロスからは魔法的な力を感じるよ!」
大興奮だった。
私同様に状況の把握をしかねている土門先輩がゴーレムを数歩後退させる。
宙に浮かんだままのその網付き棒をリンカがガシッと掴み、ごく自然にその棒部分に口づけをした。
「リ、リンカ……?」
彼女の背中に声をかける。
私は立ち上がったはいいものの、冷静な判断を下すことができずにいた。
「ドロシー、ごめん。私、守られるより守りたい系女子だから」
よくわからないがすごい自信だった。
思わずその背中に見惚れてしまったほどに。
リンカ曰くクロスと称される網付き棒、それを彼女が構えたかと思うと、網が光り始めた。今度は一瞬ではなく継続して光り、そして球体を成す。
「なんなんだよ、そいつはぁああ!」
再び怒号が響く。
が、さっきと違いそれは人を恐れさせるものではなく彼自身の恐れを表していた。
勢いよくリンカがクロスを振るい、その網に収まっていた光球を放つ。
それは彼女の握り拳にも及ばない大きさに見えた。決してゴーレムの拳を打ち砕けるものには見えなかった。
けれど、紛れもなくその光球がゴーレムに当たり、その魔力と土で構成された身体を粉々にしたのだった。
その後のリンカの動きも素早かった。粉砕されたゴーレム、その痕跡ばかりに私が目を奪われている間に、土門先輩のそばへと走っていき「動かないで!」と彼にクロスを突きつけた。
呆気にとられた彼は「あ、ああ」と狼狽えた。元々が衝動的に湧き上がった逆恨みだったからか、冷えるのもすぐだった。
遅れて二人のもとへ駆け寄った私は先輩に対し、杖を差し出すことを要求したうえで、風紀委員のもとまで同行を頼んだ。
項垂れて了承する彼。私は、本の弁償はもう少し先になりそうだと考える一方で、リンカに説明してほしくてたまらなかった。
今のあれはなんなのかと。魔法の知識だけは本を通じてそれなりにあると自負している私だけれど、今のは見たことがない。
でも、最初に彼女にかける言葉は別だ。
「ありがとう、リンカ。助かったわ」
「いやぁ、照れるね……って、その顔は惚れたわけじゃないみたいね」
「二度とあんな無茶しないで。それとも実力を隠していたの?」
「ただ無我夢中だっただけ。クロスも消えちゃったし、まだ自由に使えないみたい」
聞くところによるとあの網付き棒は、ラクロスで使用する道具なのだと言う。けれどリンカが彼女の世界で使っていたのとは能力以外にも配色が違うのだとか。「黒と白ってこの制服には合うけど、可愛げないよね」と愚痴をこぼしていた。
「何はともあれ、心配かけてごめんね」
心配。
どうだろう、そんな一言で片付けるには複雑な気持ち。うまく言い表わせずに私は黙って彼女の制服にまだついている土を手で払った。
「うう、せっかく下ろし立てなのに。これ、クリーニング代は請求していいよね。あっ、ぱぱっと綺麗にできる魔法は使える?」
その手の魔法は細かい制御が難しく、洗濯用の魔法具を使った方が確実だ。そう伝えると「あー……生活を便利にする魔法の描写って少なかったもんね」とのんきに呟くリンカだった。
要返却催促者リストの四人目とは接触せずにその日は旧棟へと帰った。
風紀委員へ土門先輩を引き渡してから事情聴取に思ったより時間がかかったために午後七時半を過ぎている。
土門先輩の反省ぶりとこれまでの素行、すなわち想い人にフラれるまでの過ごし方を鑑みると退学処分は免れそうだった。
リンカは「けっこう甘いんだね」と言っていたが、当の彼女がゴーレムを見事に一撃で撃破したのだと満面の笑みで証言したのが裁定にどう影響するかは考えていない様子だった。
旧棟の小さな食堂で二人で食事をとる予定だったが、自室で髪についた土を取り除き、着替え終わった途端、リンカがふらっとベッドに倒れるように眠ってしまった。
安らかな寝息からしてただの疲労だと思われるが、念のためしばらく様子を傍らで見守ることにする。
気づけば彼女の髪に手が伸びていた。その銀色の手触りは想像以上に心地よく、いつまでも撫でていたかったが「んっ……」とリンカから漏れ出た息に、急に恥ずかしくなり手を離した。
それから、空腹で自分のお腹が二度鳴るまで私はリンカの寝顔をぼんやりと眺め続けたのだった。
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