第6話 死に至る契約②

 学院の西端にある女子寮へ戻る頃には、外はすっかり日が落ちて暗くなっていた。

 まずサラの部屋へと向かう。ドアの前まで来ると、例の鏡を取り出して自分の顔を確認した。予想どおりと言うべきか、疲れた表情をしている。


 深呼吸をひとつおき、ノックして「紙魚咲よ」と言う。するとドア越しに物音が聞こえ、ドアがゆっくり内側に開く。顔をのぞかせたサラ、その目元が赤く腫れているのがわかった。


「入れてくれる?」


 そう言うと彼女が黙ってドアを大きく開いて私を中に通した。

 室内はヤトくん専用のでかでかとしたケージがある以外はごく普通の女子の一人部屋だった。ケージ内でヤトくんが眠っている。飼い主であるサラがすぐ近くにいるからか、魔法迷彩は解かれていた。


 並んで座るのに適当な場所が見当たらず、私たちはベッドに腰掛けた。


「ごめんね。うまくできなくて」

「そんな! ドロシーちゃんが謝ることじゃないよ。ごめん、私が頼んだばっかりに……。ひ、ひどいことされなかった? あの人って例の魔道書学の先生だよね」

「涙坂先生は噂よりはまともな人よ。ヤトくんは何かされたの?」

「ううん、カゴの中で大人しく眠っていた」

「そう。ええと、まだ今回の件における処罰は通達されていないわよね」


 処罰と聞いてサラの顔に緊張が走る。

 私はそんな彼女の膝に置かれた手に軽く触れて「大丈夫よ」と口にした。


「ヤトくんを女子寮の敷地から出さないこと。ひとまずそれだけだから。殺処分もなければ、サラへの謹慎処分もなし。もし訳あって彼と外出に行きたい時は申請が必要にはなるみたい」


 明日中には書面での通達が届く手配になっていることも知らせておく。サラは私の話を聞いて嬉しがってくれない。腑に落ちない、と顔に書いてある。


「ドロシーちゃんは? 図書委員をやめさせられていないよね?」

「安心して。ほとんどお咎めないようなものだから」

「嘘。そんなふうに、引きつった笑顔を作ってもわかるよ。もしかして、さっきいっっしょにいた銀髪の子が関係しているの?」

 

  私は「まあね」と曖昧な返事をよこしてからサラの痛切な眼差しに耐えかねて「口止めされているの。ごめん」と謝った。


「私にできることってない? 迷惑かけたお詫びに……力になりたいの。なんでも言って。頑張るから」

「いいの?」

「うん!」

「じゃあ、今から引越しの手伝いをしてほしいわ」

「引越し!? 今から!?」


 仰天するサラ。暗い顔よりもそっちの顔のほうがいい。私はくすっと笑い「学院を追放されたんじゃないからね」と不安を消しておく。


「ひょっとして、この部屋にってこと?」

「え?」

「嬉しい……。で、でもね、まだ早いかも! 心の準備ができていないというか、その、ベッドは別々にしようね?」

「引越し先は旧棟よ」


 いきなり顔を赤らめ誤解しているサラに私は事実を告げる。するといっそう顔を火照らせ「そ、そっか。旧棟かー、そうなんだー。わかっていた、そんな展開ないって、うん」としどろもどろになった。


「って旧棟!? 幽霊が出るって噂の!?」

「引越し、手伝ってくれるわよね」


サラは数秒の間を置き、それから「もちろんだよ」と半泣きの笑顔を返してきた。


 そんなわけで急遽決まった引越しをサラといっしょに進めながら、頭の大部分を占めるのはつい一時間前ほどのやりとりだった。




※ ※ ※




「なんですか、その呪いは」


 愛を育まないと死に至る契約紋 。

 そんなの聞いたことがない。おとぎ話に出てくるのは、二人の愛を裂こうとする魔法であって、愛を強いるなんてのは記憶にない。


「あ、あのー、ほんとにそんな効果が?」


 リンカは私をチラチラと見つつ、涙坂先生に訊く。


「言ったじゃないか。保証するって。間違いないよ、君たちの紋章はただの証明紋じゃない。元々は子作りを促進させる役割があった紋章に手を加えたものらしい」

「子っ!? いや、でも私たちでは……」


 自然とリンカのほうへ視線が向く。そしてばっちり目が合い、互いに勢いよく逸らす。


「あれこれ想像する前に先生の話をちゃんと聞いてくれないか?」

「し、していませんからっ!」

「いいかい? 紋章が測る愛の成熟度合いにどうやら明確な指標は存在しない。二人が今夜さっそく行為に及んでも万事解決とはいかないだろうね」

「では何をどうしろと。いつまでにそうしないと死んでしまうんですか」

「期限については、月の満ち欠けと関わりがあると書かれている。つまり長くみて三十日前後だね」


 先生は頁の一部分を指でなぞりながら言う。充分に緊急性があるではないか。


「えっと、月って普通に月? あ、そっか。世界の基本的な構造は同じなんだ。じゃあ、長くても残り一ヶ月ってこと!? 」


 錯乱しているのか、リンカがそんなことを喚いている。


「この本では記載が不十分だ。より詳しい記述がある文献を探すよ。リンカが異世界人であるのも考えると、勝手が違う可能性が大いにある」

「先生であれば、本を探し出すのは造作もないですよね?」

「ドロシー、君の信頼は嬉しいよ。ただ、これほど古く、広く知られていない契約魔法となるとそう簡単にはいかない」

「……私には読み残している本が百、いえ千冊はあります。まだ死ねません」

「私も! せっかくここに来たのに! せめてお姉様と永遠の姉妹の誓いを立てるまでは、くたばるわけにいかないから!」


 先生は私たちの顔を交互に見て「ふぅ」と一息つく。そしてテーブル上の本をぱたんと閉じると抱えて立ち上がった。


「ここ数年で一番やりがいのある仕事になりそうだ。そうだな、二人に部屋を与えることにしよう。そこでいっしょに寝泊まりしてくれ。寮で悪目立ちしないようにね」


 そうして先生が用意した場所というのが、学院の敷地でいうと北北西に位置する旧棟だったのだ。学院の管理下におかれている大森林区画付近だ。かつては一部の生徒の寮であったそうで、今や生徒からは幽霊屋敷呼ばわりされている。


「空き部屋がいくつもあるんだ。最低限の生活用品もある。明日以降に他の必要なものを購買部や学院街で揃えればいい」


 なんと先生はその旧棟の一室に許可をとって住んでいるらしい。小さいが職員寮もあるはずなのに、物好きな人だ。


「あのー、私って生徒として通うことは難しいですか」

「当たり前です。部外者で、自称異世界人で、魔力にはあれども魔法の発現ができずにいるリンカさんが生徒だなんて……」

「学院長に交渉してみるよ。ここだけの話、叔父と姪の関係なんだ」

「正気ですか」

「失礼な。叔父さんは自分がここで働くのを最初こそ反対していたけど、結局は許してくれた。叔父孝行を積極的にしてはいないけど確かに血縁者だよ」


 そっちじゃない。私は頭が痛くなる。


「基本的には二人で行動するのがいい。遠距離恋愛って柄じゃないだろう?」


 私たちは何も答えない。あるいは答えられなかった。リンカは恋愛経験は豊富なんだろうか。ふとそう考えて改めて隣を見ると、彼女は私に右手を差し出していた。


「よ、よろしくね。いちおうは、その、婚約者ってことで」


 順応性の高い人だ。

 私は握手を交わしながら、自分でもこの契約紋について調べようと決意するのだった。

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