第5話 死に至る契約①
「私、ご主人様になったってこと!?」
「流れている魔力からして主はドロシーのはずだよ」
リンカの頓珍漢な発言に涙坂先生が苦笑する。ぽかんとしている彼女をよそに私は先生に確かめる。
「契約紋が身体に刻まれているかを調べたい。だから脱いでほしいってことですね」
「そのとおり」
「ですが、先生――――」
「わかっているさ。人間同士の、魔法による強制力の高い主従契約が前時代的で、今や大罪なことは常識だ」
「それなのに、ですか」
地下書庫に眠っていた本ならそういう契約を強制的に結ばせることもあり得るのだ、と。思わず睨みつけてしまった私に、先生はふふふっと笑う。
「そ、そういうことであれば脱ぎます」
リンカがそう言うが、表情は芳しくない。
「えっと、リンカさん。まずは服を着たまま手足、それから服の隙間から胸や腹をご自身で確認すればいいんですよ」
「君は優等生だね。ここはひん剥いて、あられもない姿を目に焼き付けておくと後々、きいてくるというものだよ」
どこまで本気なのか、先生がなじってくる。それを無視して、ひとまずリンカの後ろ首に紋章があるかを見た。そこにはない。
魔物との契約紋に倣えば、契約の強弱は紋章の位置に反映される。生命にとって重要な部位であればあるほど強い契約であるのだ。四肢よりは背中や腰、そして首や頭部……といった具合である。
結論として、リンカの身に契約紋は刻まれていた。彼女の財布に入っていた「500」と刻まれている硬貨と同じサイズをした黒い花の紋章だ。
問題は、紋章の位置。
それは彼女から見て胸骨からわずかに左にずれたあたり、第四肋骨の上、左乳房の付近――――つまり一般的に心臓の位置を示す部分だったのだ。それが意味するのは、契約が非常に強力ということ。
「そんなに見られると、恥ずかしいよ」
「すみません」
よく見えるようにと外してもらっていた下着をリンカが恥ずかし気に付け直す。
肌、綺麗だな。健康的な焼け方だ。
「さてドロシー、君も脱いでくれないか」
「魔物との主従契約は主側の身体に紋章は刻まれません」
「そうだね。実は、リンカに刻まれている契約紋に見覚えがあるんだ」
「つまり?」
「魔物との主従契約ではない」
「それって人間同士での……」
現代では禁忌とされている隷属や服従といった紋章だということ?
「早合点はよしたほうがいい。リンカと同じく心臓のあたりを見せてくれないか」
「……自分で見ます」
私は執務室の隅へと行って上着を脱ぐと、言われたとおりにリンカに紋章があったのと同じ箇所を確認してみた。
あった。リンカに刻まれているのとまったく同じ紋章が。
「大当たり、か」
二人の近くまで戻ると、私を見て先生が言った。どういうことなのか説明を求めると彼女は「落ち着いて」と宥めてくる。
「説明するために、本を探して持ってくる。その間、二人でここにいてくれるか」
「……わかりました」
先生は颯爽と執務室から出て行く。
そして室内に静寂が降り立つ……よりも先にリンカが「ねぇ」と声をかけてきた。
「ドロシーってありふれた名前?」
「それなりにいますよ」
「あなたの苗字って?」
「
私の返答を聞いたリンカが怪訝な顔をして、それからはっと気づいた面持ちとなった。おそるおそる訊いてくる。
「今って
「1796年です」
「マジか」
唖然として固まる。しばらくそうしていたリンカだったが、やがて私をじろじろと見てくる。無遠慮な視線に耐え切れず「なんですか」とうかがう。
「あのね、私は異世界人ではあるんだけど、この世界の一部を観測していたの。一部の時代と一部の場所を。そうやって魔法の知識もある程度学んだわけ」
「けれど今ここは、その観測していた時代と違う?」
彼女の驚きようを考えればその結論に行き着くのは自然だった。果たして彼女は肯いて「場所は同じだけどね」と補足する。
「マギレゾをプレ……じゃなくて、向こうの世界で観測していたのは、星暦1808年のアリオト魔法学院なの」
「十二年後ってことですか。ん?」
私は今日、十六歳となった。リンカが言ったお姉様の年齢は二十八歳。……あれ。
「待って! 違うんじゃない? だって、ほら、お姉様は目のやり場に困るようなお胸をゆさゆささせていたし。いい匂いしていそうな見た目だったし! あなたも髪色は同じだけど! でもっ!」
必死だ。
彼女が慕う人物の過去、それが私であるのを否定しようとしていた。私からすれば未来の自分を知っていると言われていい気持ちはしないので、別人説を支持する。
その後、涙坂先生が戻るまで気まずい沈黙がその場に居座った。
「いいニュースと悪いニュースがある」
先生は戻るなり、そう言った。手には装丁からしてかなり古い本。リンカは「その言い回し、生で初めて聞いた」と妙に感動している。
「まずは悪いニュースから言おう。リンカ、今のところ君を元の世界に帰す方法に心当たりはなく、帰りにくくもなった」
「そう、ですか。大丈夫……ではないですが、ちょうど覚悟していたところです。戻れないだろうなって。お約束ですから」
「いいニュースというのは?」
先生がテーブル上に置いた本、その表紙に記されているのが古代文字であるのに気づき、悪い予感を抱きながら訊ねた。
「おめでとう。二人は魔法契約によって婚姻関係を結んだようだ」
私は言葉を失う。リンカは真逆だ。「えええええええっ!?」と大声をあげて驚愕する。
「……この本に記されているんですね。私たちに刻まれている紋章のことが」
「ご明察」
先生が本の頁を慎重にめくっていき、あるところで止める。私とリンカはソファからそれを覗き込むように見た。
私たちに刻まれているのと同じ黒い花の紋章が描かれているのだった。説明はすべて古代語で書かれているので私にも、それにリンカにも読めない。
「冗談ではないんですよね? 本当に、この紋章が婚姻を結ぶ効果や役割があると書かれているんですか」
「アリオト魔法学院の司書であり魔導書学講師、そして古代語解読にも長けているこの涙坂メリルが保証しよう」
ここぞとばかりに堂々たる物言いの先生だった。私が当該の頁から情報を僅かでも読み取ろうとしていると「ねぇ!」とリンカが肩を揺さぶってくる。
「なんでっ、そんなに落ち着いているの!? 私たちが結婚したってことでしょ!? 二人であたたかな家庭を築いていくんだよ!?」
「築かないですよ」
「ほわっ!?」
「たしかに驚きました。魔力が共鳴したのは互いの仲を深めるような紋章だからでしょうか。でも、それだけなら今のところ大きな問題にはなりません。実質的には古代の証明紋と変わらないのではありませんか」
私は先生へと目配せする。
「鋭いね。契約魔法の中には、立場や身分を証明するためだけに身体に紋章を刻むものがある。それはあくまで証明というだけで特別な何か、たとえば魔力の強化やその逆の効果を持ちはしない」
そこで言葉を切ると先生は私に微笑んだ。ぞわりと悪寒が走る。ちがう。その笑みは私を安心させるためのものではない。
「ちなみに君たちの紋章には、魔力を同質にする以外に効果があるみたいだ。愛を育まないと死に至るってのがね」
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