第4話 異世界人との共鳴

 私たち三人は地下書庫を出て、一階でサラと合流する。

 サラは先生からすぐに「寮で待機していなさい。もちろん、この子を二度と逃がさないように」とヤトくんをバスケットごと渡され、帰らされてしまった。


 私とリンカの二人は先生についていき、彼女の執務室へと移動した。

 壱番館の二階、会議室の並びにそれはある。中は物が少なくさっぱりしていた。デスクワーク用のデスクとチェアが奥にあり、手前にソファとローテーブル。

 

 学院司書は通常、個人の執務室なり研究室を与えられない。涙坂先生が先生と呼ばれたる所以、つまりは魔導書学の講師を兼任しているからこその特例だと聞いた。


 先生は私たち二人をソファに並んで座らせ、自身はその正面に腰掛けた。


「お茶の一杯も出せなくてごめんね。さて銀髪のお嬢さん、名前は?」

「えっ、私って銀髪なの!?」


 目を丸くしたリンカがそのストレートのロングヘアの毛先に触れて「ほわいっ!?」と声をあげた。


「あのっ、鏡持っている? 顔っ! 顔を確認したいの!」


 私は母からの誕生日プレゼントである鏡を彼女に貸す。

 こんな形で役立つとは思わなかった。


「変わったの髪だけかーい! 転生じゃなくて転移ってこと? てか、よく考えたら制服のままだからそりゃそうか」


 リンカから鏡を返してもらう。

 

 先生は「腹を割って話すとしよう」とその膝に両肘を据えて十本の指を組み、あらたまって話し始めた。


「ドロシー、君が数少ない友達のために目的を隠したまま地下書庫に入ったのは納得がいく。だけど、そこで学外の人間と逢引きしているだなんて。しかも相手は銀髪の美少女」


 サラのみならずここに来るまでにすれ違った生徒が皆、リンカを凝視するか二度見していた。その髪と服装は異質だ。


「美少女だなんて照れますね、えへ」


 満更でもない顔をしているリンカだった。そして遅ればせながら彼女は自己紹介を、私としたのと同じものを先生にもする。


「具体的にはどこの生徒なんだい?」

「西高の……って言っても無意味ですよね。えーっと、私は異世界人なんです、はい」

「異世界人」


 先生が復唱する。

 その笑みが崩れた。さすがに、真っ向から荒唐無稽なことを言われて困惑したのだろう。私だってそうだ。リンカを早く医療機関に連れて行ったほうがいいと思い始めている。


「仮に異世界人だとして、リンカはどうやってこちらの世界に?」

「それはわかりません。帰り方も」


 きっぱりと。

 どこか得意げですらある。なかなか肝の据わった人だな。


「君が召喚したのかい?」


 そうではないだろう、という含みをもって先生は私を見てくる。


「あの場で起きたことを話しますね」


 そうして頭で整理していたことを話し始めた。話し終えた後、私なりの見解を述べようとすると、先生が「けっこう」と断る。


「十中八九、その本が原因だね、リンカがこの異世界に呼び出されたのは。昔から書庫に眠っていた特殊な魔導書の類だろう」


 壱番館の歴史を紐解くと、アリオト魔法学院の成立以前まで遡ることができ、あの地下書庫が出発点という話は図書委員として知っている。

 あの場所の本の管理体制が半ば、触らぬ神に祟りなしの状態であったこともだ。


「信じるんですか。この人が異世界人だと」

「直感的に。それはそうとリンカとのキスはどうだった?」

「からかわないでください」

「あ、あのー、異世界人の証拠になるかはわかりませんが、私の世界で使っていたお金ならお見せできますよ」


 そう言ってリンカは財布らしきものを取り出して、私へと渡してくる。受け取って中身を先生にも見えるように確認する。

 なるほど、私の知らない硬貨や紙幣だ。刻まれている文字が読めるのがかえって不思議に感じる。


 財布を返すと、彼女はまた「あのぉ」と遠慮気味に言う。


「まだわからないんですけど、私、魔力が一切ないかもです。これ、証拠になりませんか。ほら、この世界では魔法使いでなくても微弱な魔力が生まれてから死ぬまでの一生にわたって身体を循環しているんですよね?」


 私たちの生命維持にはたとえどんなに低い値でも魔力の循環が不可欠。そんなの当たり前ではないか。


 リンカが手で握り拳を作っては開くを繰り返している。そして「むむむっ」とわざわざ声を出して力を込めているようだ。でも何も起こらない。何もだ。


「ほう、興味深い」


 先生が組んだ指を解き、リンカに右腕をテーブル上まで持ってくるよう指示した。リンカの手首に触れて脈を測るかのように指を添える。先生は人体を流れる魔力の状態把握に長けていて、安物の魔力計測器よりも高精度だと前に言っていた気がする。


「ど、どうですか?」

「こいつはますます興味深いぞ。ドロシー、君も試してみてくれ」

「でも私だとそんなに精度は……」

「いいから」


 そう強い口調で頼まれると断れない。私は交代して、リンカの手に触れる。ほんのりと温かい。それは体温だけではない。


「魔力を感じます」

「えっ? そうなの? ちゃんとあるんだ」

「もう少し詳しく」

 

 驚いているリンカをよそに先生は、私に感知の深度を高めることを求めてくる。しかたなしに私はリンカの手を両手で包み込むように目を閉じて集中する。どんどん温度は増している。彼女の側だけではない。


「まさか、私の魔力と共鳴している?」

「さぁ、ドロシー。異なる者同士の魔力が共鳴する条件や環境は?」


 先生がなぜだか楽し気に訊いてくる。


「血縁者であるのが最も一般的。なかでも幼い双生児であれば共鳴は良くも悪くも頻繁に起こり得る」

「他には?」

「――――人間と魔物に強い主従契約がある場合。魔物側の魔力が主側の人間に近い性質に変化していき、共鳴を果たすだっけ」


 私と先生が驚く。

 リンカが回答を継いだから。

 なぜ異世界人を自称している彼女がそんなことをさらりと言えるのだろう。私たちの視線に気づいた彼女が「あっ」と間抜けな声を出す。


「そういうイベントがあったの。深い関係にある魔法使いとその従魔が登場する泣けるイベント。あ、この説明じゃダメか。……勘? そう、勘なの。そうかなーって」

「ふざけないでください」

「ふ、ふざけているつもりじゃ」


 不意に先生が立ち上がり、出入口まで歩いていくと内鍵をかけた。


「脱いでくれ」


 ソファへと戻ってきてリンカを見下ろし、言い放つ。


「ええっ!? ま、まま待ってください! 私の純潔はその、どうせならお姉様に! こんな形でだなんて、嫌ですーっ!」

「わっ! 抱き着いてこないでください!」


 がしっと私を盾にして隠れようとするリンカだった。


「説明を!」


 離れてくれないリンカ、その柔らかさや香りを無理矢理わからせられながら私は先生に言う。


「答え合わせをしたい。彼女に流れる魔力は君のと酷似している。それがわかったから試してもらった」

「……どうして覚えているんですか」


 先生が私の魔力を測ったのは一年前の一度だけだ。


「好みのタイプだったから。そんな理由じゃダメかい?」

「ダメに決まっています!」

「いいかい、二人とも。今、面し……非常事態が起きているかもしれないんだ」


 面白いと言いかけたよね。


「君たちは主従契約を結んでいる可能性がある」


 私とリンカはお互いに顔を見合わせた。その距離は近い。近すぎて、ほんの数十分前に唇同士が触れ合ったのを思い出してしまうのだった。

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