後日談 『友達の友達は、ライバル』 その1

 これは、あの夏休みが終わって。


 さらに文化祭を終えた後の話。


 黄色く色付いた銀杏の葉っぱや、ふと目にしたコンビニ雑誌の『食欲の秋! 東京スイーツ特集!』の文字。


 10月。やっと下がってきた気温に、街や電車の中の服装は、日に日に、色が落ち着いていくような気がした。


 そして、そんな秋の訪れを感じる今日この頃。


 私は……。


「はぁ〜っ。なんとか当たってよかったぁ〜!」


 両手に抱えた缶バッジを眺めながら、満足げにため息を吐いていた。


 ここは表参道駅から徒歩6分ほどの、イラストや漫画、小説などを掲載するサイトの会社が運営するアートギャラリー。


 今日はそこで、『鹿野先生』の個展が開かれていたのだ。


 本当は隼人くんと一緒に来たかったのだが、事前に予約を入れていた、消防暑見学の方へと行ってしまった。


 まだ、公務員試験は1年後なのだが、なんていうか、自分のやりたいことに真っ直ぐなのは、彼のいいところだと思う。


 だから私は彼を応援しつつ、今日は久々に1人で表参道の個展までやってきたわけだ。


 とりあえず、グッズの受注は済ませたし、缶バッジもなんとか全種類当てたし……。


「ちょっと早いけど、アキバに行こうかな」


 そうと決まればオタクの行動は早い。


 大好きな鹿野先生の個展だが、後腐れなくヒョイっと個展会場を出た私は、早速、表参道駅へと歩き出した。


 途中、雑居ビルの大きな窓ガラスに、紺色のオーバーサイズのスウェットにライトブルーのデニム姿の私が映って、ふふっと鼻を鳴らす。


 系統は同じ色だけど、色の強弱はっきりしていてメリハリがあるし、白いスニーカーもよく馴染んでいる。


 この前買ったばかりでまだ隼人くんには見せてないが、今度遊んだ時に褒めて欲しい。


 いつもみたいに「詩帆さんによく似合ってる」って。


 そんな想像をして、思わずふふっと鼻を鳴らした私は、さらに足を進めていく。


 しかし、最近の東京は秋葉原も含めて、人が多い。


 別に、それが嫌だとかいうわけじゃないけど。千葉県住みの私からすると、歩道の面積に対して明らかに人口密度が高すぎると思う。


 まぁ、その結果……。


「いっ……」


 こうやって、角を曲がった瞬間に、人とぶつかる事なんてざらにある。


 驚いて思わず尻餅をついた私。


 すると、慌て気味の声が頭上から聞こえる。


「あ、ご、ごめんなさい! 怪我とかないですか?」


 その声は、芯のあるような女性の声だった。


 ぶつかった感じがしっかりとしていたので、てっきり男性だと思っていた私は驚き半分で顔を上げる。


 すると、私の視界に入ってきたのは、バケットハットを被った、ポニーテールの女性だった。


 パチリとしつつ、力強さを持った目と、シャープに整った口や鼻。


 女子の間ではいわゆる『かっこいい美人』と言われる顔つきだろう。


 しかし、服装はそれとは打って変わって、緩めの白スウェットと、ネイビーカラーのミニチェックスカート。足元の黒基調のスニーカーと、いわゆる『可愛らしい』コーデをしていた。


 私の友達で言うのなら、『一香』にヒラヒラ多めの服を着せると、こんな感じになるのだろうか。


 なんて考えながら、高めの身長から差し出された手に、ハッとして私は立ち上がる。


「ううん! 全然大丈夫! 私こそごめんね!」


「いや、悪いのは私で……てか、怪我とかない? こんなに可愛いのに、傷になっちゃたら……」


「あはは。心配してくれてありがと。でも、どこも怪我してないから大丈夫だよ」


 ほら。と私は、くるりと一回転して見せた後、「ね? 大丈夫でしょ?」、と彼女の顔を覗き込む。


 きっと私に傷がないことを確認できて安心したのだろう。


 よかったぁ……。と胸を撫で下ろすと、彼女はやんわりと唇の端を持ち上げた。


「なんか、東京って狭くて歩きにくいね……って、こんなこと言うと私、田舎者ってバレちゃうか」


「ううん。その気持ち、私もすっごく分かる! 歩道の幅狭すぎだよね!」


 私は思わず同意した。なんて言うか、私と同じことを思っている人がいて、ちょっとだけ嬉しくなったから。


 すると、目の前の彼女も、そのパチリとした瞳を大きくしながら口を開く。


「やっぱりそうなの!? そっか、東京の人がそう言うんだから、私なら尚更そうなのかぁ。うんうん、納得納得」


「あはは。でも、私、東京には住んでないんだぁ〜」


「え、そうなの!? こんなに可愛いのに!?」


 そう驚きの声を上げた彼女。グイッと近づいた顔の、綺麗な瞳に思わずどきりとした。


「あはは……そ、そんなに可愛いって言われると、なんか照れる……かも。でも、えーっと……」


 そこで思わず言葉が止まる。


 あ、そうだ。まだ名前聞いてなかった。


 すると、あ。と息を漏らした彼女。


「私は沙織。長門ながと沙織さおり


 ……すごく凛としてかっこいい名前……確かに『長門沙織』って言う名前に説得力があるような顔をしてる。


「ありがと。私は『星乃ほしの 詩帆しほ! よろしくね。沙織♪」


「星乃詩帆……名前まで可愛いじゃん」


「えへへ。でも、沙織もすっごく可愛いよ! スタイルいいし、足も長いし! 身長も高くて美人だから、なんかお姉さんって感じがするし!」


 私がそう言った瞬間。


 ——こひゅっ!


 みたいな音が目の前から聞こえた。


 突然の出来事の思わず「へ?」と声を漏らす私。


 一方で沙織はというと。


「か……可愛いなんて……そ、そんなの……あ、だめ……顔、見れない……」


 そんな風に、顔を隠しながらモジモジとする彼女。私よりもだいぶ高いはずの身長も、背中を丸めたことによって、私の顔の高さぐらいになっていた。


 ……。


 え、ちょっと待って。この子めっちゃ可愛いんだけど。


 私は思わず心臓をどきりと鳴らす。


 かっこいい美人かと思えば、今は耳まで真っ赤にしながら、ヘニャヘニャしていて。


 きっと、ラノベのヒロインで言うところの、ギャップ萌えってやつなのだろう。


 私、女子校にいるからわかる。沙織、絶対に女子からモテる人だ。


 いわゆる『イケメンギャップ枠』。きっと世の女子はこの凛々しい美人な顔を、こんなふうになるまで、弄りたくなるのだろう。


 私はスマホで時間を確認すると、まだ顔を上げられない彼女に口を開く。


「ね、沙織はこの後用事あるの?」


「……いや、強いて言うのなら、千葉に住んでる友達の家に、行くだけ……かな」


「そっか。それってさ、ちょっと遅くなっちゃっても大丈夫?」


 私がそう言うと、え? と顔を上げた沙織。


 まだ上気した頬と、目尻には涙がちょっとだけ浮かんでいた。


「た、たぶん大丈夫だと思う。一応、お泊まり会だから、夕方ぐらいに着けば」


「うん、そっか。それじゃあさ……」


 そう言って、彼女の華奢な手を握る。


 ピクリと肩を動かし、驚いたように目を見開いた沙織に。


「私とちょっとデートしよっか♪」


 そう、微笑みかけた。

 

 




 





 


 


 

 

 


 


 


 

 


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