エピローグ 『それでも』
あの夏祭り以降、詩帆さんとは一度もあっていない。
それは紗季も同じようで、2人でいる時にも、「詩帆、大丈夫かな」なんて、心配そうな声を漏らしていた。
そうしているうちに、いつの間にか終わった夏休み。
気だるさと、名残惜しさが残るまま、1週間が経過した、ある日のこと。
突如紗季の元に、俺と紗季、2人分の文化祭の招待券が届いたのだ。
隣の女子校の文化祭。
それは女子校という観点から、『お嬢様学校』という所以なのか。そこに通う生徒からの完全招待制として有名な文化祭だった。
しかも、問題を起こした際、すぐに発覚させられるよう、他校の生徒は制服着用のルールがあるのだとか。
まるでフィクションでしか見ないようなドレスコートだらけの文化祭。
その招待状の送り主は、詩帆さんだった。
あれ以降一度もコンタクトがなかったため、何だか妙な緊張感に唾を飲み込んだのをよく覚えている。
そして当日。紗季と文化祭へとやってきた。
やはり、お嬢様女子校というだけあって、校舎も設備もそれなりに綺麗に整えられており。
何よりも、可愛いらしい女子生徒の多さに驚いた。
「文化祭へようこそ! はい、こちら記念品になりまーす!」
受付でチケットを見せた後、潜った門の先で、低身長で可愛らしい女子からハンドタオルを渡される。
「ありがとう」そう、言葉を返すと。その女子生徒は、エヘヘ。と微笑み、周りを見渡す。
すると、
「ね、お兄さん、身長高くてかっこいいね♪」
「あ、いや。そんなこと」
「ううん。そんなことあるよ。その制服、もしかしてお隣の学校?」
彼女の問いかけに。うん。と頷くと、
「そっかぁ〜。あ、それじゃ、もしよかったら、これ、もらってよ」
そう、セーラー服のスカートのポケットから取り出したのは、二つ折りにされたメモ用紙。
それを、ハンドタオルに挟むと。
「これ、私の連絡先♪ 連絡待ってるね♪」
ふふっと。魔性的な笑みを残して、女子生徒は去っていく。
視界の先で、ルンルンと揺れる可愛らしいポニーテールに思わず見惚れていると。
—— ポン。
という機械音が聞こえた。
そちらに顔を向けると、同じく制服姿の紗季が無表情でスマホを構えており。
「……へぇー。そういうことしちゃうんだ」
そう呟いて、再びスマホを指で触れる。
すると、先ほどの「これ、私の連絡先♪ 連絡待ってるね♪」と言う声が聞こえて、俺思わず身震いした。
「へぇー、私、隼人のこんな表情見たことないなー」
「いや、まぁ……」
「それに、隼人は優しいから、きっと連絡しちゃうんだろうなー」
「いや……その……」
「……」
「……すみません」
彼女の無言の圧力に、口からポロリと謝罪が溢れる。
すると、すぐにふふっと鼻を鳴らした紗季は、
「分かればいいよ。でも、この後ちゃんと構ってね」
と、スマホをポケットにしまった。
「あ、でも。今後さっきの動画はダシにさせてもらうから」
「えぇ……」
改めて、俺の幼馴染は敵に回さない方がいいなって、そう思った。
その後、屋台のクレープを食べたり、『可愛らしい』がコンセプトのお化け屋敷に入って、謎に集合写真を撮ったりと。
各教室の出し物なんかを巡った。
その途中、
「ちょっとお手洗い行ってくるから、そこらへんぶらぶらしてて」
と紗季に言われたので、適当に教室の出し物を眺めながら、歩いていた。
するとその時。
「おー。もしやもしやー? 隼人くんじゃないですかぁ〜」
そんな声に足を止め、顔を向ける。
するとすぐそこには、看板持ちをしている小柄な体格の女子生徒が、こちらをニヤニヤと見ており……。
「……あ、もしかして
「お〜。正解〜」
と、黒い前髪を揺らしながら、にへらと笑った。
彼女と会うのは、流れでカラオケに入ることになってしまった、あの日以来だろう。
しかし、茉莉さんがここにいるという事は……。
「もぉー! まーつーりぃー! 看板はもういいからこっち手伝う!」
そんな風に声を上げ、教室のドアから顔を出したのは、メイド服を着用し、長い茶髪と凛々しい目つきが印象的な、
その迫力に思わずびくりとすると、彼女もこちらに気がついたのだろう。
あ……、と声を漏らした後、視線を逸らした。
たぶんというか、必然というか。
あれだけ詩帆さんと距離の近い2人なのだ。もう、一件のことは小耳に挟んでいるだろう。
ということは、少なくとも彼女たちからすると、『友達の元カレが文化祭に来た』という事実が、心理的にはどうしても前面に出てくる。
そんなの俺も、この2人も、気まずいことこの上ないだろう。
俺は「この前はどうも……」と、苦笑いを浮かべる。
それに対する反応を得られないまま、「それじゃ、メイド喫茶頑張って」と、2人の横をを通り過ぎる。
だが、その瞬間だった。
「待って、隼人くん」
一香さんに呼び止められて、ゆっくりと振り返る。
そして、バツが悪そうに頭を掻くと、こちらに目を向けた。
「この前は……変な誤解しちゃってごめん」
「いや、一香さんのせいじゃ……ほら、俺だって騙してたわけだし」
「……ううん。隼人くんは、詩帆が傷つかないように、合わせてくれたんでしょ?」
そう言われて、息を呑む。
一香さんの表情は、本当に怒っているわけではなかったから。
彼女の言葉に、頷くことも、否定することもできずにいると、一香さんが、「でもさ」と口を開く。
「この後のライブには、絶対来て」
「え、ライブ?」
「うん。私たちでバンド組んでライブするんだけど、詩帆がボーカルだから」
その名前を聞いて、胸が締め付けられたような感覚が走る。
それは、詩帆さんをフってしまったと言う、後ろめたさなのか。
それとも、あの花火大会の時の、表情がまだ頭に張り付いているからなのか。
よく分からなかった。
「詩帆、絶対、隼人くんに来てほしいって、思ってるから」
そう言って、彼女は教室へと戻っていく。
その後、小さく息を吐いたのは茉莉さんで。
「まぁ、元カノ? のライブに行くっていうのも、中々緊張するよね~。あ、私ベースやるから応援してねー」
それじゃ待ってるよー。そう手をパタパタとふり、教室へと入っていった、茉莉さん。
詩帆さんが、俺に来てほしいって思ってる。
その瞬間、またあの表情を思い出して、胸が苦しくなった。
「へぇー、もうこんなに人いるんだ」
流石に暑いね。紗季はそう呟き、俺の隣で手をパタパタ仰ぐ。
薄暗い体育館の中、ライブが始まる5分前だというのに、ふと後ろに目を向ければ、もう引き返せないほど人が集まっていた。
恐らくその理由は詩帆さん、であることは間違いないのだろう。
現に『Shiho♡』と書かれた、キラキラなうちわが何個も見受けられたから。
俺は額の汗を拭い、スマホに目を向ける。
『ライブ見に来たよ。応援してる』
というメッセージに、既読がつかないことに不安になった。
やっぱり、詩帆さんを傷つけてしまったのだろうか……。
小さく息を吐いて、スマホをポケットにしまう。
だがその瞬間、ぶるりとスマホが震えた。
スマホを手に取り、画面に目を向ける。
すると、そこには……。
Shiho ―― 『伝えたいことがあります』
その瞬間、ステージ上の、えんじ色のカーテンが開き始め、光の照らされたステージには、久々に見た綺麗な金髪が目に入った。
中央でマイクを持った詩帆さんの横で、手を振る茉莉さんと、たぶん間に合わなかったのだろう。慌てて手に人って書いて飲み込む瞬間の一香さんが目に入った。
観客のほうもまた、ワッと歓声が上がり、『いちかぁー!』や、『まつりぃー!』という声が聞こえた。
やはりその中でもひときわ大きい『しほーっ!』という声に、改めて彼女の人気ぶりを思い知らされた。
笑顔で手を振る詩帆さんが、マイクに息を吹きかける。
しーんと静まり返った体育館に、華奢な声が響く。
「みんな、来てくれてありがと! 私たち、即興バンド『ホワイト・アザレア』です! ……えーっとね……あはは……なんか、めっちゃ緊張するー」
詩帆さんが苦笑を浮かべながらそう言うと、釣られたような笑いが観客からも響いた。
でも、その中から「しほーっ!がんばれー!」と会う声に、彼女は小さく手を振る。
ステージで胸に手を当てると、小さく息を吸った詩帆さん。
その刹那、マイクが拾った小さな呼吸音。
そして。
「……っ。」
顔を上げた詩帆さんと目が合った。
……いや、少なくともここは体育館中央。
ステージ以外は照明が落ちているわけだし、目が合うと言うのは考えられない。
それでも、綺麗な青い瞳は、遥か20メートル先からこちらを見つめていた。
真っ直ぐな瞳が、瞬きをすると。柔らかく微笑む。
—— 『伝えたいことがあります』
「……まず、始まる前に、私ごとなんだけど、ちょっとだけ言っておきたいっていうか、宣言? みたいなものがあります」
すると、周りがザワザワし始める。「何だろう」なんて、期待と不安が混ざったような声が広がっていく。
すると。
「私には好きな人がいます」
そんな詩帆さんの言葉に、会場が一気盛り上がる。
その様子はまるで、学校の屋上から、悩みをぶちまける。という某テレビ番組さながら。
でも……。と、詩帆さんがマイクに口を近づけると、また会場が静かになった。
「でも、その人には、もう彼女っぽい人がいて……。その彼女が、私にとって大切な友達でもあって……」
……。
「でもね、私やっぱり、その人のこと好きです。だから……」
そこで一息つくと、詩帆さんは再びこちらを見つめる。
その綺麗な青に、真剣な眼差しに。
また心臓がどきりと跳ねた。
すると、詩帆さんがふっと微笑んで。
「私、歌います! その人に、気持ちが届いてくれることを願って!」
それを合図に、一香さんの弾いた弦が、ギュインと唸りを上げる。
瞬間、ブワッと歓声の響いた体育館。
広がる手拍子。
その、どれもが文化祭っぽくて、青春っぽくて。
でも。
「響け、恋のうた〜!」
そんな風に、歌う詩帆さんは、まるで薄暗い体育館に輝く、一番星みたいに輝いていた。
詩帆さんのライブは、間違いなく大盛況だった。
それは彼女が持つ歌の上手さや、一香さんと茉莉さんの演奏技術が高かったため、そもそものクオリティーが高かったっというのもあるだろう。
だけど、ほぼ間違いない要因があるとするならば、やはり詩帆さんのカリスマ性だ。
その立ち振る舞いや、底抜けに明るい笑顔は、ステージに立つことへの説得力があった。
そして、あれから約1時間後。
「お……お待たせ……紗季……隼人くん」
そんな、控えめは声が聞こえたのは、文化祭の賑やかさとは真逆な、体育館裏だった。
視界の先でモジモジとする詩帆さんに、俺は言う。
「詩帆さん。ライブすごかったね」
「——っ! ……えへへ。ありがと。一生懸命、歌ったから……」
「うん。本当に良かった」
そういうと、詩帆さんが嬉しそうに微笑みながら、頷く。
まだライブの熱が残っていたせいか、その頬は薄らと上気している気がした。
すると、俺の横で小さく息を吐いた紗季が口を開く。
「あのさ、詩帆」
「……」
「……ふふっ、頑張ったね詩帆。ライブ感動した」
「……え。紗季、怒ってないの?」
きっと、あんな事やってしまった手前、紗季の反応が怖かったのだろう。
まるで素っ頓狂な反応をした詩帆さんに、紗季は微笑む。
「うん。怒るとか怒んないとかじゃなくて、私は単純に歌ってる詩帆が、キラキラしてて、なんていうか、エモいって思ったよ」
「——っ! 紗季……ありがと」
「……まぁでも」
するとその瞬間、紗季が俺の腕に抱きついてきて、
「みんなの前で宣言した手前悪いけど、私、絶対に譲る気ないから」
そう、ふふっと鼻を鳴らす。
幼馴染だからこそわかる。
詰まるところ、紗季は挑発しているのだ。
やられたらやり返す。ほんと
すると詩帆さんは、憂いげに目を細めて「……わかってる」と息を吐く。
だけど、あのライブみたいに大きく息を吸うと、彼女の青い瞳が、真っ直ぐと、こちらを見た。
そして、
「でも。隼人くんが私を好きになっちゃったら、仕方ないよね?」
そう、言葉を吐き出す。
その表情や、声色は、まるでこれが『星乃詩帆』だ、と言わんばかりに自信が満ち溢れていた。
やがてやってきた静寂に、見つめ合う紗季と詩帆さん。
そして。
「「ふふっ」」
2人は同時に鼻を鳴らした。
やんわりと微笑みあって、紗季が口を開く。
「それじゃ、次は私から奪わなくちゃね」
「うん。紗季には悪いけど、隼人くんを絶対に好きにさせるから」
「えー、自称恋愛マスター(笑)の詩帆にできるかなぁー」
「っ! 絶対にやるから! てかそれ、どこで聞いたの紗季!」
「あはは。面白いから秘密ー」
「もぉ! さぁーきぃー!」
そう、楽しそうに追いかけっこを始める2人。
正直、さっきの話を横で聞いている身としては、何だか、恥ずかしくなってくると言うのが本心だったが……。
「紗季! まぁーてぇー!」
「あはは。悔しいなら、捕まえないと。ほーらっ」
また、いつもみたいに戻った2人に。
思わず安堵のため息を吐き出す。
「じゃあ、隼人に決めてもらおっか。もし私のこと好きって言ったら、教えないし、詩帆が好きって言ったら教えてあげる」
「え、いや……そういうの困るんだが」
だけど。
「は、隼人くん!」
詩帆さんが、少し上気した頬でこちらを見つめる。
「私のこと、好きだよね? 私は、大好きだよ、隼人くんのこと」
そして、紗季も。
「ううん。私、一択でしょ? 好きすぎるもんね、私のこと」
2人の視線がこちらに集まり、こくりと唾を飲み込む。
それはまるで、2輪の全く違う種類だけど、各々魅力のある花を見ている感覚に近くて。
海のように青い視線と。夜のように黒い視線に、心臓を速くする。
そして。
「あっ! 隼人くん!?」
「えー、逃げるとかサイテーじゃん」
その重圧に耐えられなかった俺は、その場から踵を返して走り出す。
だって、2人ともあまりにも魅力的すぎるから。
「あっはは! 隼人くん、まぁーてぇー! ……っ!」
「詩帆!」
そんな声に、後ろを振り返る。
すると、詩帆さんが驚いたような表情で、体が前方へと傾いており。
「詩帆さん!」
俺は咄嗟に彼女を抱き抱える。
受けもを取るように、そのまま後方に倒れると、すぐに胸元の彼女へと目を向ける。
「詩帆さん。大丈夫? 怪我ない?」
「……ふふつ」
「詩帆さん?」
するとその瞬間、目の鼻の先で綺麗な顔がこちらを見つめる。
サラリと揺れる前髪と、その奥の綺麗な瞳。
それが、やんわりと細くなると。
「隼人くん、捕まえた♪」
眩しい笑顔で、そう息を吐く。
瞬間、ドキリと心臓が高鳴って。
「あ……。ふふっ。そっか、やっぱり私でも、ドキドキしてくれるんだ」
そんな詩帆さんの、魔性的な表情に顔を背ける。
「これは早いうちに、私の夢、叶っちゃうかもね♪」
「はいはーい、私の彼氏から離れて下さーい。それ以上はお金とりますよー」
そう言って、ぷくりと頬を膨らませたながら、詩帆さんを引き剥がしていく紗季。
あはは。と恥ずかしそうに微笑む詩帆さん。
そして、なんとも言えない感情の俺。
どうやら、この三角関係ラブコメは、もう少しだけ、続くみたいだ。
オタクなギャルを助けたら、他校で一番人気なギャルだった件 (完)
本作を読んでくださり、誠にありがとうございました!
あとがき、だいぶ長くなってしまい、申し訳ございません、こうして書き切った後になんですが、こちらが最終話でも良かったかもしれませんね……。
今作は、これにて一区切りとさせていただこうと思います。
一応、いくつか後日談も考えているのですが、そちらに関しては、現状確約はできないため、『いついつに後日談投稿します!』とは、あえて言わないでおこうかなと思います。
この作品が、誰かの密かな楽しみになっていたら、私は嬉しい限りです。
本当に長らくの間、コメント、評価。
何よりも、目を通していただき、ありがとうございました!
また次回作でお会いしましょう!
あげもち。
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