第44話 『キミの隣で。』

 少し遠くに聞こえた轟音。


 その度に、辺りがやんわりと明るくなる。


 篠崎公園。その一角のアジサイ園。


 私は、頭上に咲いた花火を、消えたスマホの画面越しに見ていた。


 ドキドキといつもより早い心臓を落ち着かせるように、私は、息を吐く。


 大丈夫……大丈夫。


 そう、自分に言い聞かせて、カバンの中に手を入れる。


 そっと取り出したのは、あの思い出の缶バッジ。


 今思えば、これが私たちの始まりだった。


 1人で、打ちひしがれていた私を、助けてくれた隼人くん。


 彼にとっては、それが普通なのかもしれないけど、私にはまるで、暗闇に差し込んだ光のように思えた。


 それから、いろんなところに行って。


 好きなものは、好きって言っていいんだって。


 私は、私のままでいいんだって、教えてくれた。


 だから……伝えたい。


 好きな人に、好きって。


 これまでの気持ち。そして、これからの気持ちも、してみたい事も全部。


 全部、全部。


 だからお願い。


「どうか私を、選んでくれますように」


 メッセージを送ってから、既に20分が経過している。


 花火が終わりるまで、あと1時間。


 最後の花火は、彼の隣で見られますように。








 詩帆は言った。


 なにがあっても友達だよ。


 そう言って、2人でハグをして。


 私たちはお互いに背中を向けた。


 そして、事前の打ち合わせ通り、花火が始まったら隼人にメッセージを送る。


 『ここで待ってるね』って。


 そのメッセージはもう、20分も前のこと。


 私は今、市川橋の上で、花火を見上げていた。


 ほぼ頭上で上がる花火は、まるで大きな菊の花が弾けたみたいに優雅で、綺麗で。


 そして、この轟音が、バクバクと鳴る心音をかき消してくれるような気がして、なんだか安心した。


 だって、私は表情が薄いから。


 黙っていれば、クールそのもの。


 ……って、隼人も言ってた。


 ……でもね、隼人には言えなかったけど。


 私、ずっとドキドキしてたんだよ。


 なんとなく隼人の家にいる時も、いつも通りの朝だって。


 小学生の時、隼人だけが、私の絵を好きって言ってくれたあの日から。


 その声に、その表情に。その匂いに。


 ずっと、一日たりとも、ドキドキしてなかった日なんてないよ。


 でも、隼人は鈍感だから。たぶん私のことは、『気がつけば隣にいる幼馴染』としか思ってないかもね。


 だから、今日はしっかり伝える。


 これまでの感謝も。


 これから先の欲望も。


 そして、私の気持ちも、全部。


 私は、ふと、スマホに目を向ける。


 いつ着いたのかわからない『既読』の文字に、また心音が速くなる。


 もう、後戻りはできない。


 ……でも、これでいい。


 私は、スマホをカバンにしまうと、川下へと視線を向ける。


 詩帆は、篠崎公園にいる。


 その距離は、最短の篠崎街道を歩いても、徒歩で40分ほど。


 普通に歩いてもこの時間なのに、このごった返した中では、もっと時間がかかるだろう。


 でも、それでいい。


 それが、二手に分かれた理由だから。


 来てくれた方が、隼人と花火を見る。


 そういう約束。


 だから、私は願う。


「今年も隼人と、2人っきりで……」


 ……。


「この花火を見上げられますように」

 

 …………。


 ……。


 その刹那。


 とん。と肩を叩かれて、私はびくりと肩を震わす。


 え、うそ。


 そんな言葉が、口から出かけて。


 でも、私はふふっと、鼻を鳴らす。


 喜びよりも、安堵が先に来てしまうのは、やはり幼馴染だからだろうか。


 私は、持ち上がってしまった唇の端を誤魔化すように、ゆっくりと、口を開く。


「遅いじゃん。はや」


 …………。


 ……だけど。



「あ、すみません。間違えました」



 視界の先にいたのは、見慣れた顔ではない男性で。


 安堵しきっていた私は、なにも言えずに、生唾をこくりと飲み込んだ。


 不安になって、再びスマホを持つ。


 大丈夫……まだ、花火は終わらない。


 大丈夫……きっと、人が多過ぎて、時間がかかってるだけ。


 大丈夫……大丈夫……。


 その瞬間、暗くなったスマホの画面に、雨粒が垂れる。


 へ、雨? そう頭上を見上げても、花火がただ綺麗なだけ。


 でも、上を見上げて気づいてしまった。


 雨じゃない。涙なんだ。これ。


 じんわりとした目頭と、小さく震える唇。


 まだ時間はある。可能性は十分にある。


 分かってる……でも。


 そんな思考の端っこで、『隼人は、詩帆を選んだ』。


 そんな思考に、じわじわと侵食され始めた私の心に、やけに花火の音が突き刺さったのでした。

 


 


 

 


 


 


 

 


 


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