第41話 『夏の香』

 視界の先を流れていく、色とりどりの浴衣姿に、小さく息を吐く。

 

 吸い込んだ、じんわりとした湿気。


 何度もスマホの内カメラと睨めっこしながら、髪型、これで大丈夫か? なんて不安になった。


 内カメラ機能を閉じ、メッセージアプリを開く。


 『今出発したね!』


 そんなメッセージも、もう十数分も前の事。


 そろそろ着く頃か。なんて思えば思うほど、細かいところに不安が生まれる。


 詩帆さんと、紗季と俺の、3人での夏祭り。


 やはり極力おしゃれをしていくべきか。なんて、サマーニットや少し大きめのシャツなんかを見ていたのだが……。


「結局、いつもと同じかぁ」


 大きなガラスに反射した、自分の姿に苦笑する。


 すると、その瞬間だった。


「隼人くーん!」


 聞こえてきた声に、振り返る。


 いつも通り、「今日も暑いね」なんて、声をかけようとしたのだが。その言葉は、俺の口から出てくることはなかった。


 なぜなら、こちらに向かってくる2人の姿が、あまりにも綺麗だったから。


「お待たせ隼人くん。えへへ、もしかして結構待った?」


「はぁ、ほんと。詩帆がメイクに時間かけるから」


 そんなやりとりをする2人は、浴衣を着ていた。


 詩帆さんは、白に朝顔柄の浴衣。


 紗季は、深い紺に花火柄の浴衣。


 2人ともそれぞれ似合っていて。


 それぞれ、いつもと違う色気があった。


 すると、こちらに顔を向けて、声を小さくして言ったのは詩帆さん。


「ね、隼人くん……どう、かな?」


 そう白い浴衣の袖を持ち上げると、恥ずかしそうに口元を隠す。


 薄紅に紅潮した頬と、瞬きを繰り返しながらも、こちらを覗き込む深い青に、心臓の音が早くなった。


 緊張を飲み込むように、こくりと喉を鳴らして、俺は口を開く。


「……うん。いつもと雰囲気違うけど。すごく似合ってると思う」


「……っ! ……そっか。ありがと……えへへ」


 そう、どこか気恥ずかしそうに微笑んだ詩帆さん。

 

 薄い唇を綺麗になぞられた薄紅が、ふと微笑んで。また思わずどきりとしてしまった。


 すると、詩帆さんの隣にいた紗季が、「ん、うんっ」と喉を鳴らす。


 そちらに目を向けると、まるで「私の感想は?」と言わんばかりに、片目を閉じていた。


 俺は小さく息を吐くと、紗季に言う。


「紗季の浴衣も新鮮でいいと思う」


「えー。私、まだ何も言ってないんですけど。てか、絶対テキトーじゃん」


「まぁ、紗季にはこれぐらいがだよ」


「えー何それ。ふふっ。まぁいいけど」


 きっと彼女なりに満足はしたのだろう。


 ふふっと楽しそうに鼻を鳴らすと、綺麗な前髪をさらりと揺らす。


「あ、バスきた。なんか人も多くなってきてるみたいだし、ぎゅうぎゅう詰かも」


「あはは……。でもあっち着いたら、焼きそばとか、りんご飴とか、いっぱい食べよぉ〜!」


「詩帆さんって意外と、食べるの好きなんだね」


「っ! ち、違うからね!」


 そんな会話を交わしながら、やってきたバスに乗り込む。


 『瑞江駅行』の表示。

 

 紗季の言った通り、ごった返したバスの中。


 触れ合う、肩と肩。


「流石に人、多いね……隼人、もうちょっとこっち寄って」


「あはは……確かに、ぎゅーってなっちゃうね」


 浴衣の硬い感触と、天井からのクーラーに乗ってきた、甘い香。


 不思議と、鼓動を早めるような、夏の匂いがした。


 




 



 


 

 


 



 


 

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